パパゴリラ
六本木にいます。
何十年ぶりの六本木だろう。
羽のついた扇子を振り回していたバブルから随分と時が経ってしまった。
アマンドは綺麗に改装していたけれど、同じ場所にあった。
アマンドの前を通りながら、パパを想った。
「六本木のアマンドにはどうやって行けばいいんだ?」
「えー!パパ、六本木に行くの?」
六本木はお洒落な私の遊び場だよとちょっと自慢したくなったけれど、
その六本木にパパが行くのだと聞いてなぜか浮かれてしまった私はどうして六本木に行くのか理由も聞かずに懇切丁寧に行き方を教えた。
六本木への行き方を教えてからしばらくは、私が六本木で遊んでいる場面に遭遇しないといいなとキョロキョロしながら六本木界隈で遊び惚けていたけれど、パパの六本木行きのことは忘れてしまっていた。
我が家は自宅兼工場。
パパは仕事が終わり、遊びに行くときは、作業着を脱ぎ、お風呂に入り、
張り切ってスーツに着替えて出かける。
大きな身体で油まみれで真っ黒なパパは、お風呂で身体をゴシゴシと擦って本当に一皮むけたように白くなって、そしてスーツに身を包む。
夜の街に繰り出すのだ。
我が家から六本木まで電車を使うと1時間半は悠にかかる。
私の気付かないうちに、パパは六本木に行ったようだ。
ある日、アマンドは喫茶店なんだなと、ご機嫌で言ってきた。
アマンドを何だと思っていたのでろうか。
アマンドを何屋だと思っていたのかの方が面白くて、どうしてアマンドまで行ったのか考えもしなかった。
私の夜遊びにパパは厳しかった。
門限を破ると玄関で待ち受けていて、いつもいつも大声で怒鳴られていた。
もう寝ているだろうと、そーっと鍵を開けて入るのに、ずーっと待っていたのであろうか、ドアを開けるといつもそこにパパは立っていた。
そして大目玉を食らい、もう二度と門限は破りませんと出来ない約束をさせられた。
遊びたいのだから仕方ないバブル世代だったのだ。
ところが、パパは門限破りの私の帰りを待つことを止めてしまった。
嫌々、パパの方が遅いことすら何度もあった。
とっくに終電が終わっている時間に帰ってくることもあった。
それでも私、ママも妹たちも、そこの駅前で飲んでいるんだろうぐらいにしか思っていなくて危機感なんてまるっきりなかった。
だって、パパはゴリラみたいなんだもん。
大きくて、厳つくて、強面、声も大きいし。
ゴリラみたいだから。
そうだな、アマンドへの行き方を訊かれてから、季節が1つ、2つ変わった。
門限を破っても怒られないことに慣れてしまった私は、その日も門限を大幅に破り、ギリギリ終電、当然のごとくバスは無く、タクシーで自宅に横付けし、鍵を開けて中に入ると、そこに、烈火のごとく、鬼瓦のような顔をしたパパがいた。
私は首根っこをつかまれて、ヒールを脱ぐことも出来ず、引きずられてリビングで正座をさせられた。ヒール履いているんだけどね。
いつものパパに戻ったんだ。
怒られながら、パパの六本木行きが終わったんだろうなと思った。
想像だけど、パパは恋をしていたのではないかと思う。
ゴリラのようなパパはどこかの誰かさんを恋していたんだろうと。
相手がパパに恋していたのかはわからないし、多分、パパに恋心を寄せてはいないだろうと思うのだけれど、だってパパゴリラだから、でも、
パパの恋は儚く、六本木のアマンドで散ったのではないかと思ったんだ。
ゴリラのように大きく、厳つく、強面だけれど、
ゴリラのように繊細なパパ。
六本木にいます。
アマンドの前を通って、パパを想った。