【いつの時代も若者が正しい】
いつだって若者の感性が、表現が、音楽が、その時代にジャストだ。
人間は現実の時間と空間から逸脱(脱出)しては生きられない。好むと好まざるとに関わらず、時代の空気を吸って生きることしかできない。仙人でない限り。
ならば私は死ぬまで、その時どきに生まれる若い人たちの音楽を好んで聴いていたい。好きになれなかったとしても、まず傾聴したい。その姿勢を、年寄りの日和見とも迎合とも思わない。
よく聴きもしないで「最近の若いもんのつくる音楽は分からん」などとは言いたくない。
「閉ざされた耳を固持する」ことは、あらゆる機会の損失に他ならない。
だから、開かれた耳を持つ。
未知との遭遇。未知なるものへ、自分の感覚と身体を投げ入れる。いつでもその準備をしておく。
さあ私は未来のその時どきに、ジャストな音楽に出会い続けていけるのかな?
今からどきどき、同時に、そわそわする。
#開かれた耳を持つ
#わたしが私として生きるためのエッセイ
#息をするように音楽をする
#日常は日常のままで別次元
#fujisakihirokazu