【しあわせが聞こえるためには】

自分の固定観念を洗い流そうと努めること。自分の価値観を留保すること。
理性よりも感情が反射的に先立つ人間という生きものにとって、これらのことが、どれほど難しいか。

けれども、囚われている自分を否定したり貶めたりする必要は全然ない。ああ、私、いま囚われているな、と自覚することが第一歩。自覚できていないと自制することができないから。

自分の囚われを自覚しつつ、それを洗い流そう、留保しようと努める。この行為を続けていくことの中に音楽の喜びが、人生の喜びがある。

行動が喜びを生む。
喜びのあとで、しあわせがやってくる。
行動が無ければ、しあわせは決して聞こえてはこない。
しあわせが行動に先立つことは決してない。

一年前に書いた「即興音日記#123 しあわせが聞こえる」を聴きながら。
https://youtu.be/W38JlU2Ovh4


以下、一年前にこの曲をfacebookに投稿したときの全文。この文章を読み返して更に考えたのが上の文章。
「家の外にも中にも、しあわせはある。それが聞こえるか否かはこちら次第。普段の私の耳についている固定観念という垢をどのぐらい溶かし流せるか。自分の耳を純粋にフラットな状態にするのは難しいかなあ。でもそのように暮らそうとする姿勢は楽しくもある。」
 

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