特別になりたい私と普通になりたい僕(2021年03月31日)


タイトル「特別になりたい私と普通になりたい僕」
ジャンル:シナリオ
ストーリー:
親から暴力を受けている少女と自閉スペクトラム症の少年が徐々に互いを知り、傷つきながらも自分と向き合う物語。

あらすじ:
 高校2年生の夏、大倉玲菜は自閉スペクトラム症の柴村大智と出会う。偶然、発作を起こす大智を介抱したことがきっかけで、玲菜は彼を深く知ることになる。講師の佐々木花陽や大智の両親等の様々な大人に囲まれた大智と玲菜と深い絆を築いていくが、玲菜は「羨ましい」という感情を持つのだった。

登場人物:
大倉 玲菜(17) ダンス部の女子高校生。
柴村 大智(16)(13) 自閉スペクトラム症の男子高校生。
佐々木 花陽(22)帰国子女の塾講師。人間科学部の女子大生。
川田 俊(21)玲菜を担当する塾講師。
柴村 圭子(41)大智の母。
柴村 勇悟(43)大智の父。
友達A(17)玲菜の友達。
友達B(17)同右。 
社員 勇悟の部下。
母親 玲菜の母親。
通行人の男

     
○藤竺高等学校・体育館・掃き出し窓
蝉の声が響く中、部活動が盛んに行われている。部員の中で音楽に合わせて激しいダンスをする大倉玲菜。
玲菜「痛ッ」
傷を庇う様にその場に座り込む玲菜。
友達B「なに、仮病?」
玲菜「(痛みを隠して)ちょっと休憩」
友達A「れいれいが一番ダンスうまいんだからしっかりしてよ」
友達B「もうすぐ大会あるんでしょ?」
玲菜「二人こそなんでサボってんの」
友達A「えー、だって先生いないし。ね」
友達二人、首を傾げて共感する。
友達A「そーだ、今度玲菜の家行かせてよ」
友達B「確かに!玲菜の家行ったことない」
玲菜「え、無理無理。絶対ダメ」
友達、玲菜に文句。チャイムが鳴る。
玲菜「嘘、もう5時?私、塾行かなきゃ」
友達B「えー、夏休みなのに?」
玲菜「じゃ、皆によろしく」
玲菜、鞄を背負い立ち去る。
友達A「了解!顧問にサボったって言っておくから安心して!」
玲菜「(遠くで)冗談でも、家は絶対だめだからね!」

○雑居ビル・個人塾
玲菜、席に座り机に教材を出す。隣に座る川田俊と目が合う。
玲菜「先生ってさ」
川田「(イケメン風に)なあに?」
玲菜「黙ってればイケメンだよね」
川田、大げさに古めのリアクション。
玲菜、無視。
川田「玲菜ちゃーん、僕大学生だよ?(人差し指を振る)大人にタメ口は良くない」
玲菜「分かってるけど、なんか舐めちゃうん
だよなぁ。基礎ばっか教えるし」
川田「分かった、今日は基礎トレ問題やろう」
玲菜「もー!基礎は出来てるんだってば!」
川田に無言でぶつかり隣の机に座る芝村大
智。一点を見つめて動かない。川田、覗き
込み、大智に握手を求める。
川田「夏期講習から参加、かな?はじめまして……だよね?川田俊です。これから―」
大智、やはり動かない。川田、気まずく手を戻し、時計を見る。
川田「授業は十五分遅刻したけど……、今度からは遅刻は気をつけてね」
大智、川田が声をかけるが耳に届いていな
い様子。川田、頭をかく。
川田「えっと、テキストは持って来たかな?」
大智、急に頭を抱えて過呼吸になる。
予想外な反応に慌てる川田。
川田の肩に手をかける佐々木花陽。
川田「佐々木先輩……」
佐々木「任せて。私、その子の担当だから」
大智と目線をあわせ優しく声をかける佐々木。
佐々木「大智君大丈夫?落ち着いて。良かっ
たらコレ飲んで」
佐々木、プリン味の豆乳紙パックを置く。川田、大智くんが落ち着いた様子見て安堵する。大智、佐々木に背中を擦られながら豆乳を啜る。玲菜、隣の席から大智を見る。
玲菜「(川田に)誰?あの先生」
川田「あれ?二年生の佐々木花陽先生。さすがだな〜。帰国子女だからかな?いや、人間科学部だからかな?格好良いよね」
玲菜「先生、丸付け早くして」
川田「はいはい、(適当に)まるまるまる」
玲菜「先生、真面目にやって」
玲菜、川田の足を踏みつける。
川田「アウチ!」
✗ ✗ ✗
佐々木・川田、席を離れる。大智、玲菜の
鞄を見る。玲菜、大智の目線に気付く。
玲菜「(先生を確認して)ねぇグミ食べる?」
玲菜、グミの袋を差し出す。
玲菜「先生には内緒だよ」
大智、取ったグミを見つめ、食べる。
玲菜「甘いの好きなの?」
大智、目を合わせずに頷く。
玲菜「私、大倉玲菜。皆にはれいれいって呼ばれてる」
大智「僕は、柴村大智。皆には柴村大智って呼ばれてる」
玲菜、吹き出す。
玲菜「なにそれ、大智くん面白いね。……大智くんってさ、何か病気持ちなの?」
玲菜、大智の鞄に付いた赤いヘルプマークを指差す。佐々木、目線。
大智「まあ、うん。生まれつき」
玲菜「なにそれ気になる」
大智「言いたくない」
大智、椅子の上で体育座りをして、そっぽを向く。川田、席に戻る。
川田「おまたせ。何、ぼーっとしてんの」
川田、玲菜の頭を軽くプリントで叩く。
玲菜「あイタ」
川田「コレ、応用問題プリントしたから解いてみて」
玲菜「はーい」
大智、玲菜を横目で見ている。玲菜、川田にばれないよう大智に「内緒ね」のサイン。大智、玲菜を見て瞬き固まる。佐々木に話しかけられ我に返り、問題を解く。佐々木、問題を解く玲菜を意味深な表情で見る。
✗ ✗ ✗
大智、席を立った拍子に後ろから来た生徒とぶつかる。持っていた教材を床に落とす。しばらく棒立ち。佐々木、それに気付き、教材を拾う。
佐々木「大丈夫?帰るときは気をつけてね。不安なら、家まで送ろうか」
大智「気はつけてる。(暗記のように)塾の前の大通りは渡らないで、公園を突っ切る。信号は青信号になったら渡る」
佐々木、少し固まる。ぎこちない表情。
佐々木「じゃあ、また明日ね」
大智、鞄を背負って、塾から立ち去る。玲
菜、床におちている筆箱に気づく。
玲菜「(拾って)コレって……」
川田「それ、大智くんのじゃない?あれ?今さっき帰ったような……」
玲菜「私、今から渡してきます」
玲菜、筆箱を持ち、走って塾から出る。

○同・廊下
玲菜、走る。佐々木、引き止める。
佐々木「待って、大倉さん」
玲菜、振り返る。
佐々木「大智君とは今日初めて会った?」
玲菜「え?」
佐々木「良かったら、仲良くしてあげて。私、人間科学部の学生で、塾で色々不自由な事が多い彼の面倒を見ているの。発達障害って知っている?彼、無口で表情も乏しいけど、素直でいい子なの。人が多い環境に来ると、誰に傷つけられる分からないでしょ?守ってくれる人が居なかったり、不安定な事が多いの。繊細な子ほど傷きやすいから、ちょっと心配でね。でも、大倉んはとても優しい子で良かった。だって直ぐに走り出しちゃうんだもん」
玲菜「(少し驚いて)……佐々木先生って、いい人ですね」
佐々木「え、あ、そうかな」
玲菜「じゃあコレ、渡してきますね(走る)」
佐々木「(叫ぶ)きっと、塾の前の公園らへんにいると思うわ」
玲菜「(走りながら)わかりました!」

○市役所・オフィス
デスクパソコンに向かう柴村勇悟。
社員の声「柴村課長、お先失礼します」
勇悟「お〜、おつかれ〜」
社員の声「柴村課長はサービス残業ですか。
偶には家族の為に早く帰ってあげたほうがいいですよ」
勇悟「まあな」
社員の声「そういえば、柴村課長ってあまりご家庭の話しないですよね」
勇悟「新婚ヤロウはのろけ話しないで、とっとと帰ってやれ」
社員の声「はいはい。じゃ、お疲れ様でした」
社員、ドアが閉まる音。
勇悟「ったく(少し笑う)」
勇悟の携帯のアップ。マナーモード。

○公園・出入り口
玲菜、公園内に大智らしき姿を見つける。
大智、棒立ち。玲菜、目を細める。
玲菜「(観察して)大智…くん?」
大智、空を仰ぎ胸を抑え、倒れこむ。
玲菜「大智くん!!」
大智に駆け寄る玲菜。必死に声をかけるが、
呼吸の緩急が激しくなる大智。
玲菜「どうしよう……。誰か!誰か来て!誰か、お願い!助けて!」
玲菜、必死に叫ぶ。佐々木、公園に駆け付ける。ヘルプマークを見つけ、携帯を取り出す。へルプマークの文字のアップ。
文字『私は発達障害があり疲れやすく倒れ込む事があります。緊急時は救急車ではなく下記に連絡してください。電話番号』
佐々木、番号を打つ指先がやや震えている。それに気づく玲菜。佐々木、電話をかける。
佐々木「もしもし……」
不安げに大智を見て胸に手を当て祈る玲菜。
✗ ✗ ✗
車、公園に来る。大智、車に担ぎ込まれる。安堵する玲菜。佐々木、車から降りると柴村圭子からお礼を言いわれる。
女「息子を助けていただき……、なんてお礼を言ったらいいか」
棒立ちで見ている玲菜の手を引っ張り、圭子の前に出す佐々木。
佐々木「お礼はこの子に言ってあげて下さい」
驚いた後、少し照れて目をそらす玲菜。
圭子「お名前は?」
玲菜「(ぎこちなく)大倉玲菜、一七歳。大智君と同い年です」
圭子「(微笑み)ありがとうね、玲菜ちゃん」
玲菜、上からの圭子の手に少し怯える。圭子、玲菜の頭を撫でる。肩を落とす玲菜。
圭子「じゃ私はコレで。大智の看病しないと」
圭子、車に乗り、発進しようとする。
佐々木「あ、あの!大智君の事、詳しく聞きに行ってもいいですか?私、塾の講師で。今後の為にも、もっと知っておくべきかな、と。(玲菜の表情を伺って)ね、大倉さん」
玲菜「(予想外で)……えっ!?」
圭子「(車から顔を出して)あら、そうなの?じゃあ、良かったら家に来て。コレ」
圭子から名刺を受け取る玲菜。名刺に住所。
玲菜「あの、大智君のお母さん。今直ぐ行ってもいいですか?」
圭子「いつでも大歓迎よ」
車を出す圭子。玲菜・佐々木、車を見送る。
玲菜、憧れの目。
佐々木「ねえ、あれって本気?」

○柴村家・自宅前(夕)
インターフォンを押す、手。玄関の外で待
っている玲菜・佐々木。
佐々木「(独り言)本気だった……」
圭子の声「はーい!あら、玲菜ちゃん。佐々木先生も。ちょっと待っててね―」
玲菜、ワクワクと少し緊張した表情。

○市役所・オフィス
勇悟、スマホを打つ。メッセージ画面。
文字「ごめん。さっき電話取れなかった」
スマホ、受信音。
文字「大智、倒れた!(めまい顔の顔文字)」
勇悟、慌てて電話を掛けるも、留守番電話。
勇悟「(携帯に向かって叫ぶ)おい!」
勇悟、会社内の視線を感じる。焦って、恥ずかしがるように立ち去る。

○柴村家・リビング
圭子・玲菜・佐々木、テーブルに対面して
座っている。圭子のスマホが光るが、気づ
かず話し始める圭子。
圭子「うちの大智を見ていて、何か感じたことはある?」
玲菜「なにかって……」
圭子「大智、障害を持ってて。初めは他の子より理解する速度が遅くらいの認識だったけど、小学校に入った時に所謂自閉症特有の行動が顕著に目立つようになっていってASDと知的のグレーゾーンって診断されたの」
玲菜「……ASD?」
佐々木「自閉スペクトラム症って呼ばれる、対話や対人関係が苦手で強いこだわりや限られた興味を持つ特徴がある、発達障害のひとつのことなんだけど。自閉症とか高機能自閉症、アスペルガー症候群とかって、聞いたことない?」
玲菜「花陽先生、すごーい!」
佐々木「まあ、大学ではそこを専門にしてるからね。でも、大学に行かなくても、大人になるうえで、大切な知識よ」
玲菜「そうなんだ」
圭子「大智は学校でチョークの音や鉛筆の音が耳に響いて、片耳を塞いで鼻で息をしながら音を消していたそうなの。私はその特性に気づけなかった。文字を書く事や文字を読む事ができない事もあって、先生から漢字で書きましょう、と添削されていたわ。大智が誰にも相談できず苦しんでたと思うと……。本人にできる事とできない事が極端にある事を理解されなくて、これはできるから、これもできるでしょうと思われたり、できるのにやってないって誤解をされることも多々あったわ」
佐々木「今も漢字は苦手ですもんね」
玲菜「……大智くんは悪くないのに」
圭子「その時に知的面、情緒面、運動面に心
配がある子供をもつ保護者対象の就学相談に参加して、小学生時代は学級支援員の先生を中心にいろいろ助けてもらったの。今は凄く大智にとって恵まれてる。まあ、他の子と同じ教育を受けるのは、当たり前の権利なんだけどね。臨床心理士と個別相談をして、色んなアプローチをしてくれたわ。気がのらない時は、先生とオセロをしたり、大智と向き合える時間を上手く活用したり。学校で偶に自分で乗り越えられない事もあったけど、大智はしっかり人と向き合おうと努力してたから、陰ながら応援してた」
佐々木「そうだったんですね」
圭子「学年が上がるにつれて、自分と他人を比較するようになった大智は、凄く戸惑ったと思う。どう対応したらいいか分からなくて、不登校になったこともあった」
佐々木「よく自閉症の子は、他者の気持ちを
想像できないと言うけど、想像する能力がないというより、自己と他者の境目が同じになっていると私は思うんです。他者の気持ちを想像する能力をあえて使用していないとも言う人もいますけど……。もし他者への興味がないから、自己と他者の区別が曖昧になるなら、それって凄く辛い事じゃないですか……」
圭子、キッチンで自分のコーヒーを注ぐ。
圭子「……人それぞれだと思うな。実際、自閉症と同じ病名が診断されても、同じ症状が見られない子もいるし。私はそれも本人なりのコミュニケーションだから、大人を模倣して相手を理解しようとする気持ちがあるのかなって思っちゃった。だから不登校になって外部を遮断したとしても、大智は相手に興味とか、人のことを理解したい気持ちはあるんだと思う」
玲菜「今の大智くん、すっごく頑張ってます。
と言っても、塾でしか会わないけど」
佐々木「そういえば、塾でも指示後すぐに動けない事がありました。塾で預かった大智君のプロフィールを確認した所、(ノートを見て)DCD、ADHDに加えて吃音症という二次障害もあると書いていましたが」
佐々木のノート、専門用語がびっしり。
圭子「ええ。名前が稚児しくて御免なさいね」 
佐々木「いえ、学べる事が多いです。大学で学べない複雑さが大智君にはあるのかも」
玲菜「私も大智君の事詳しく知りたいです」
圭子「あら嬉しい」
佐々木「やっぱり、障害が多いと大変な事も多いですか?」
圭子「確かに興味の切り替えの難しさや、興味を持ったもの対して強い執着、同じ手順を繰り返すこだわりとか、正直とても手を焼くことが多い子だったわ。凄く育てづらくて、当時は旦那も手伝ってくれなくて、まさにワンオペ状態。でもそれが、大智。私には大智の特性を否定する事ができなかった。心も繊細だし、表現も苦手。大智のアイデンティティーを受け入れなかった事で、可能性を奪ってしまう因果が起きてほしくなかったの。誰かに流されるより、大人になるにつれて徐々に相手に合わせられるようになる方がいいと思う。だから診断名じゃなくて大智本人を見てほしいな。それは大智だけじゃなくて、自閉スペクトラム症の子も。佐々木さんには彼ら自身、個人個人で見てほしいの」
佐々木「(気まずく俯く)……すみません、そういうつもりじゃ」
圭子「責めた訳じゃないの。確かに彼らを属性じゃなくて個人個人で見てもらえない事の方が、きっと多いのかもしれない。でもね、私は大智の母だから特性を理解しているとかじゃない。大智が自閉症でも自閉症じゃなくても、大智は私の血を継いだ息子。佐々木先生を傷つけてしまったなら、ごめんなさい」
佐々木「診断名ではなく個人を見る。そこ迄
見据えていませんでした。大学では統計学
を学ぶ事が多くて。……想像が湧かなくて」
玲菜「障害じゃなくて、個性の方が合ってる気がします。今の大智君は、大智君のお母さんがいたから存在してるんですね」
圭子「子供は私よりも長生きするしさ、本人は一生付き合っていく問題ってことを想像しないと、生きていく上で親が子供を手助けできるのは今しかないと思う。ちゃんと未来を見据えないと、自分しか見れなくなる。言い方はきついかもしれないけど、きっと考えるのを放棄してるんだと思う。昔の旦那は、そんな感じだった。大智も旦那も理解できない同士、お互い触れるのが怖かったんだと思う」
急にドアが開く。勇悟、汗だくで立ってい
る。佐々木と目が合う。
佐々木「(固まった後)きゃー!誰ですか!」
勇悟「違う!違う!いや違う!大智は!?」

○同・大智の部屋前
大智の部屋を覗く勇悟。
勇悟「……(安堵して)よかった〜。(振り返って)大丈夫なら、折返し電話かけてよ」
圭子「電話?(確認し)あらホントだ」
玲菜を背に守り、戦闘ポーズの佐々木。
佐々木「だ、誰ですか」
圭子「あ、うちの旦那」
圭子、勇悟の肩に手をかける。
勇悟「どうも、お客さんだったんですね」
勇悟、ネクタイを緩めシャツを扇ぐ。
佐々木「大智君の父親?全然イメージと違う」
玲菜「大智君を心配して走って帰って来るなんて、大智君のお父さんはいい人ですね」
勇悟「え?(扇ぐ手を止める)」
圭子「大智のこと、知りたいんだって(肘でつついて)ね、佐々木先生」
佐々木「あ、は、はい」
勇悟「おぉ。(少し笑う)じゃあ話そうか」

○回想・柴村家・大智の部屋
勇悟N「大智が他の子と違うと気付いたのは、中学生の頃。今思えば、本当はもっと前から察していたような気もするし、受け入れられなくて気づかないふりをしていたのかもしれない。入学祝いに新しいパソコンを大智に買い与えたんだ」
勇悟、机の下に潜り込んで、配線を繋ぐ。勇悟を後ろから不思議そうに見ている大智。
勇悟「ちょっと待ってな」
大智「……パパ、それなあに」
勇悟「パソコンって言って、世界と繋がれる機械だ。学校に行かなくても、友達ができるかもしれないぞ。ほら、座って」
大智、座り画面を見る。固まる。横顔のア
ップ。汗と緊張、やや過呼吸。
勇悟「中学にもなれば皆ネットを使うだろ?コミュニケーションは子供の頃からそれなりの高度なシステムが必要になるからな。大智分かるか?まずはボタンを押してみろ」
大智、癇癪を起こし部屋から飛び出す。
大智「(頭を抱えて)あー!怖い怖い!分からない分からない!あー、あー」
大智、扉の外でうずくまる。勇悟、部屋で取り残され深刻な表情。
勇悟N「初めて見たよ、大智が苦しんでいる姿。あの時は、全く理解できなくて、大智がなに考えているかも、何が大事で何が怖いのか、考えようともしなかった」

○柴村家・リビング
勇悟「いつかの為に部屋に置いたままだけど、あれ以来大智はパソコンを触ってない。軽いトラウマにさせてしまった」
圭子「まあ、パソコンの件はあなたは大智といる時間が少なかったし、新しい物に触れて、パニックになっちゃたのよ」
勇悟「いや、俺も大智をちゃんと見てなかった。あの後受け入れるのに苦労したよ。正直まだ難しい。職場の皆にも大智の話はできてないし、ホント、親としてどうなのか」
玲菜「大智君のお父さんはまだ受け入れてい
る途中なんですね」
勇悟「そうなのかもな……。大智が残念な子、と世間に思われてしまう気がして辛かった。大智も圭子も悪くない。だからたちが悪い。大智の事はどんな状態でも愛しているけど、大智を理解しようとしてなかった。現実と向き合うのが嫌で、自分を守っていたんだ」
圭子「思い込みって凄く怖いことなの。もっと恐ろしいのは世間体を気にして人の目に振り回される事。この人はどちらかと言うと子育て向いてないし、大智の距離感もまだ勉強中。だけど親は皆初心者なの。初めは病名もわからないし、対策もわからない」
玲菜「大智君のお母さんって凄く強いですね」
圭子「まぁ、誰かの目を気にしても我が子を育ててくれる訳じゃないから。健全に産んであげられなかったとか、他人の目が気になって胸を張れないとか、我が子が発達障害であってほしくないとか。親には悩みがあるけど、それは今しか見てない気がして」
玲菜「とってもネガティブな悩みですね……。そんな悩み、世の中にあって欲しくないです。どんなに後ろ向きな気持ちがあっても、他人に自分の子を馬鹿にされたら嫌です」
佐々木「確かにあるべきじゃない」
勇悟「いつか、世間よりこれからのことを考えようって話、したな」
圭子「考える事を放棄しないでくれて私達に寄り添ってくれる選択をしてくれて結婚して良かったって思った。親のあるべき姿じゃなくても貴方は親失格なんかじゃないよ」
勇悟「なんか、照れるな」
佐々木・玲菜「(釣られる様に)照れますね」
圭子「昔と比べれば、大智は成長とともに自分をコントロールできるようになってるし、高校にも塾にも通えてる」
佐々木「一番努力したのは、大智君だったりして……。なんて」
四人、笑う。
勇悟「(微笑みながら)どうだろうな」

○同・大智の部屋
四人、扉の隙間から覗く。大智、寝ている。
大智「(隙間の光に気づき)大倉さん……」
電気をつける圭子。玲菜、声に気づき大智の側に行き起き上がる大智を手伝う。
大智「……ありがとう」
玲菜「え?」
大智「助けてくれて」
玲菜「(驚いて微笑む)どういたしまして」
部屋の外から二人を見て微笑む、三人。
部屋に電話が鳴り、電話をとる玲菜。
玲菜「……もしもし。うん。……わかった」
玲菜を見ている、大智。
玲菜「親からです。私、そろそろ帰りますね」
玲菜、テーブルに戻り、帰る支度をする。

○同・玄関
玲菜、靴を履く。三人、玄関に立つ。
玲菜「今日は色々お話聞けて楽しかったです。
また、大智君と塾で話しますね」
圭子「夜道、気をつけてね」
玲菜「はい、お邪魔しました(出ていく)」
圭子・勇悟、佐々木と顔を見合わせる。
佐々木「(苦笑い)じゃあ、私もお暇します」

○雑居ビル・個人塾・入口付近
佐々木、大智と揉めている。塾に来る玲菜。
佐々木「あなたの世話は誰がするの?」
大智「その……、僕は……」
佐々木「貴方はまだ一人で行動すべきじゃない。また別日に私と一緒行きましょ」
玲菜「大智君おはよ。もう体調大丈夫?佐々木先生、どうかしたんですか」
佐々木「それが、大智くんが……」
大智、口をモゴモゴしている。暗記を言う
様に小声で何かを言いたげだが聞こえない。
大智「あ、あ、あ、あの、大倉さん」
玲菜「何?」
大智「一緒にケーキ買いに行きませんか?」
玲菜「なんで敬語」
大智「えっと、ケーキがその……」
玲菜「いいよ!でもなんで?」
大智「ママが誕生日なので」
佐々木「だから一人で行きたがっていたの」
玲菜「大智君硬苦しいよ!じゃ、授業が終わったら帰りに駅に寄ろっか」
大智、嬉しい。
佐々木「大倉さんなら安心ね。大智君宜しく」
玲菜「……はぁい(違和感の表情)」

○同・授業席
玲菜、授業中。大智を見る。
大智「うーん、うーん」
佐々木「この文章は、どんな気持ちかをその前に読みとる表現があるのは、分かるよね」
大智「うーん、うーん」
佐々木、教材に赤ペンで書き込もうとする。大智、佐々木の腕を掴み赤ペンを奪い、立ち上がる。ペンを投げようとするも、我に
返ってペンを机に叩きつける。顔を抑えて
大きなため息をつく大智。ペンを置いた衝
撃で、机の角の豆乳の紙パックが倒れ、ストローから落ちた水溜りが床にできている。
佐々木「(小声で)…こんなにやっているのに、どうしてなの…」
隣の机から黙って一部始終を見ている玲菜。

○ケーキ屋・ショーケース前
玲菜、覗き込む。
玲菜「どれがいいかな」
大智「うーん」
玲菜「大智くんはどれが好き?」
大智「チョコケーキ」
玲菜「こっちにホールもあるよ」
大智「美味しそう」
玲菜「甘そう。私はコッチのほうが好きかも」
大智「じゃあコレにする」
玲菜「即決!?値段大丈夫?」
大智、鞄と衣服のポッケを探す。
玲菜「どうかした?もしかして……忘れた?」
大智「……まさか(探し続ける)」
玲菜「はぁ、(意地悪げに)もー、仕方ないなぁ。貸しだよ?」
大智「大倉さん、絶対忘れない」
大智、首にかけたメモ帳に“大倉さんに借金”と書き込む。玲菜、財布を開く。
玲菜「(深刻そうに)……まさかね」
玲菜、大智を見る。
玲菜「1000円足りない」
大智「!?」

○通学路・橋の上(夕)
玲菜、ケーキを持っている。
玲菜「いやすっかりお金下ろすの忘れてたよ」
大智「折角ママの為に朝から覚えてたのに」
玲菜「誰でもあるよ、忘れ物なんて。私が証明したでしょ?結果的に最初に大智君が選んだケーキになったし、結果オーライだよ」
大智「そうかな」
玲菜「お母さんは私が選んだケーキより大智
君が選んだケーキの方がきっと嬉しいよ」
玲菜、解けた靴紐を結ぼうとしゃがむ。
大智「(合わせて止まる)夕日きれいだね」
玲菜、夕日を見て結ぶ手を止める。
玲菜「ほんとだ。美しすぎるくらい」
壮大な夕日。玲菜、靴を脱ぎ橋の段差に足をかける。手に持つケーキの箱を落とす。大智、滑り込んで箱をキャッチする。
玲菜「この橋を渡ると、いつも思うの。ここから落ちたらどうなるのかなって。生まれ変わって新しい人生を歩めるのかな、って」
大智「………それってどういう意味?」
夕暮れに手を伸ばす玲菜。腕に痣が見える。
玲菜「ねえ大智君。空の向こうには何が広がってるのかな。他の人と違うって、羨ましいよ。それって“逃げ”なのかな」
玲菜、より近づこうと手を伸ばす。危ない。
大智「……天国」
玲菜「(振り向いて)?」
大智「ママが言ってた。雲の上には天国があ
るって」
玲菜、固まる。
大智「……」
玲菜「(涙を堪えて腕をさする)私、特別になりたい。私あんな大人と同じに成りたくない。私、幸せになりたいよ」
大智「僕は何かが特別秀でてる訳じゃない。ピアノが弾ける訳じゃなし、絵が上手い訳じゃんない。特別記憶力がある訳でもない」
玲菜「親は皆、高望みするんだ……」
大智、不器用そうに、腕の裾を引っ張る。
大智「僕から見た大倉さんは特別な人間だよ」
玲菜、大智を見る
大智「…かっこいいし」
玲菜、照れてニヤける。
玲菜「大智君って面白いよね。私も大智君の事そう思う」
大智「……」
玲菜「かっこいい」
大智「……」
玲菜、大智のほっぺを摘む。
玲菜「私、褒めてんですけど」
二人、にらめっこ。暫くして笑い合う。
玲菜「やっぱ大智くんって変なやつ」
二人、追いかけっこしながら再び橋を歩む。
大智N「大倉さんは大変な人生を送ってるんだなと思った。言ってる事は分からなかったけど、悲しい目をしてた。僕はそれ以上聞かなかった」

○雑居ビル・個人塾・自習室
大智・玲菜、勉強している。
大智N「今の僕は夏休みの大倉さんしか知らないけど、大倉さんは不思議な人だ。家に帰りたくないのか、塾が終わっても図書館や塾の自習室で僕と勉強する事が多かった。初めて友だちができて僕は嬉しかった」
大智、国語の教科書を読み上げる。段落が序所にずれていく。玲菜、優しく指摘する。
✗✗✗
大智、漢字を書く。部首が間違っている。
玲菜、見本を見せる。
✗✗✗
先生の目を盗みグミを交換する玲菜と大智。
✗✗✗
大智・玲菜、対面で読書している。
大智「昔、友達に大智は孤独な人間だっていわれたんだ。僕は何処に居ても孤独。でもママはそれでいいって言うんだ」
玲菜「どういう事?」
大智「わからない。ママは相手を理解できたら理解すればいい。全員を受け入れるなんて神様じゃないとできないよって言ってた」
玲菜「神様か〜。哲学だね」
大智「大倉さんはインターネット持ってる?」
玲菜「インターネット?ネットは携帯で使うかな。調べたりする時とか」
大智「……そうなんだ」
玲菜「大智君、パソコン持ってるんでしょ?」
大智「うーん。……理解できない物が怖くて」
玲菜「検索の仕方、教えてあげる」

○柴村家・大智の部屋
パソコンに向かう大智と勇悟の後ろ姿。
大智の声「最近お父さんにパソコンの使い方を教えて貰った。これも大倉さんのおかげ」
勇悟、マウスを持つ大智に手に重ね、パソ
コンの使い方を教えている。
勇悟「ここをクリック。ほらやってごらん」
大智、マウスの右クリックをする。
勇悟「おお、凄い凄い」
大智「パパ、大袈裟だよ」
勇悟「あ、そうだったか…。パソコン楽しいか?何回でも押していいぞ」
大智「……ふふ」
部屋外から二人の後ろ姿を見て微笑む圭子。

○アパート・大倉家・玄関外
雨が降る中、遠くで誰かを待っている大智。
玲菜、玲菜の母親と玄関から出てくる。
大智、立ち上がる。玲菜、気づかない。
大智「……」
雨の音が激しい。母親と口論する玲菜。大智、聞き取れない。
大智「……」
玲菜、泣き出す。玲菜の頬を叩く母親。
雨の音が徐々に大きくなる。
玲菜「……痛いッ」
大智、母親に向かい走り、無言でタコ殴り。
玲菜「やめて、大智君!」
母親「ふざけんな!誰だよ、こいつ」
母親、荷物を拾ってその場から立ち去る。
大智「(パニックになって)……ごめん、嫌がっていると思って。僕人の気持ち、読み取るの、苦手で。会話とか、感情を共有する事が」
ジェスチャーをして何かを伝えようとするが言葉が出てこない大智。玲菜、見ている。
大智「その……、帰るよ」
大智、玲菜と目を合わせず帰ろうとする。
玲菜「(腕を掴み)待って……。びしょ濡れじゃない。コッチきて」
大智、玲菜に連れてかれ、家に入る。

○同・大倉家・玲菜の部屋
玲菜、涙を手で拭い、髪を括る。
玲菜「多分うちの親、暫く帰って来ないから」
玲菜、負けず嫌いな表情。
大智、挙動不審。
玲菜「(大智を誘導して)座って」
大智、戸惑いつつ玲菜のベッドに座る。
玲菜「タオル持ってくる」
大智、シャツを脱ぎ、上半身裸。
玲菜「(目を塞ぐ)ちょっと!急に脱がないでよ」
大智「(半裸で固まる)……」
玲菜、少し呆れ、背を向けて濡れたブレザーをハンガーにかける。シャツになる玲奈。
玲菜「大智君は大人になったら何になるの?」
大智「僕は、ずっと僕だよ」
玲菜「そうじゃなくて、塾に通ってまで勉強してる理由とかあるでしょ?私はあるわ。私はこの家から出たい。家を出て、特別な人間になるの」
玲菜、タオルを大智にかぶせ、隣に座る。大智、固まる。
玲菜「女の子と付き合ったことないの?」
目をそらす大智。視線の先に玲菜の腕に痣。玲菜、大智の手を自分の心臓に手を当てる。
玲菜「私の音、聞こえる?」
大智「(驚いて)だ、ダメだよ大倉さん、頭がくらくらする」
玲菜「私を守ろうとしてくれてありがとう。人なんて、皆、相手の気持ちなんてわからないよ」
大智、過呼吸。叫んで部屋から飛び出る。
✗✗✗
道路(夜)、暫く街を全力疾走する大智。

○柴村家・玄関外
圭子、外で待っている。大智に気づく。
大智、疲労困憊で俯いて歩いている。
大智「(圭子と目を合わせて)ただいま」
大智を抱きしめる圭子。大智を家に入れる。
圭子「(安心して)遅かったね、心配した」

○雑居ビル・個人塾・事務スペース
佐々木、事務作業をしている。
佐々木「大智君、風邪だって。夏風邪かな」
玲菜「へえ……」
玲菜、いつもの席に座る。
玲菜「(ため息)はあ〜。……塾来ないんだ」
玲菜、圭子の名刺を眺める。机にうつ伏せで寝る。川田、玲菜に気付く。
川田「ちょっと、お嬢さん。起きてください」
川田、玲菜の顔に近づく。叫ぶアクション。
玲菜「そうだ!お見舞いだ!」
玲菜の腕が起きた拍子に川田の顔にぶつかる。振り返る玲菜。川田、気絶。

○柴村家・大智の部屋
大智、暗い部屋で布団に入っている。眠れず起き上がる。テレビを付け、体育座り。
テレビ「続いて特集です。先週も取り上げ…」
大智、暗い中、テレビの光に照らされる。テレビの音声を小声で暗唱する大智。

○雑居ビル・廊下
玲菜、帰る。佐々木、玲菜を追いかける。
佐々木「大倉さん、大智君のお見舞い?」
玲菜「え?……はい」
佐々木「じゃあ、私も行くわ。ちょっと待ってて。直ぐ支度してくるから」
玲菜「(違和感の表情)……佐々木先生」
佐々木「ん?」
玲菜「昔ここで佐々木先生っていい人ですねって言いました。先生は私に大智君と仲良くしてあげてって。先生は過保護すぎます」
佐々木「え?……大倉さん、どうしちゃったの?何かあった?」
玲菜「先生は自分では気付いてないかもしれ
ないけど、頑張り過ぎです。大智君の“できない”は、障害のせいかもしれない。けど先生も人間で完璧じゃない。何でも大智君の為に尽くたら先生が壊れちゃいます。人間は不完全な存在なんです」
佐々木「そんな事ない、純粋に大智君が心配だから」
玲菜「大智君のお母さんの話を聞いて思ったんです。先生はカサンドラ症候群じゃないかって」
佐々木「え?」
玲菜「発達障害者への報われない支援の毎日から、精神的苦悩や疲弊が大きく膨らんで、サポートする側が精神的に追い詰められてしまい心の余裕がなくなる。尽す思いが強過ぎて空回りしている様に見えます」
佐々木「まさか……私が?」
玲菜「大智君のペースにずっと合わせる事は自覚がなくても先生の負担になってます。確かに、大智君は繊細で傷つきやすい心が
あるかもしれない。対話や感情の調節、苦
手な事ばかりかもしれない」
佐々木「ええ。十分理解しているつもりだわ」
玲菜「だけど!傷ついた大智君の心を手当する度に、自分もその破片で傷ついてしまう。もっと自分を大事にして下さい。大智君の心に近づき過ぎて理解できない事も理解しようと、理解できなくて苦しい事もある」
佐々木「そんな事したら心無い人間になってしまう。心無い人間から守ろうと私は……」
佐々木、その場に崩れ落ちる。
玲菜「寄り添わなくていいんです。全く違くて、別々。それが自分と他人。理解しようと努力する程、自分が死んでしまいます」
佐々木「じゃあ、もう開き直って、お互いに勝手にやれっていうの……」
玲菜「お互いが向き合えたら、分かり合える。
自己中な部分は自己中で対抗するしかない。自分を殺してまで相手に合わせる事はお互い望んでません。大智君といる時の先生は
とても苦しそうです」
佐々木「背負い込み過ぎてたのかな私……」
玲菜「うまく寄り添えるなら寄り添えればいい。それじゃ、ダメですか」
佐々木、吹っ切れたような大きなため息。
佐々木「大倉さんに説教されちゃった……。でも、ちょっと気が軽くなった気がする」
玲菜「大智君と出会ったから分かった事です」
佐々木「ふふ、そうかもね……。よし!行って来い!私は塾に戻るわ」
玲菜、少し驚いた表情。
玲菜「(覚悟したように)……はいっ!!」

○柴村家・大智の部屋
覚悟を決めてパソコンを触る大智。風邪・寝れないと検索。薄暗い中、画面の光に照らされる。検索スペースに発達障害・将来何になると入れ直す。少し考えてパートナーを付け足す。検索結果に甘くない大人の発達障害まとめスレが表示される。記事
をクリックする大智。以下、文字。
愛だけでは解決しない あまりの非常識
ぶりに「この人を助けてあげないと
大智のアップ。無表情。
今では、後悔のみ
パソコンの機械音が徐々に大きくなる。

○同・玄関
機械音を途切る様にインターフォンが鳴る。
玲菜「御見舞に来ました。コレ、ケーキです」
圭子「あら、ありがとう」

○同・リビング
圭子「座って、座って。大智、多分まだ寝てると思う。タダの風邪よ」
玲菜「(独り言で)なんか責任感じちゃって」
圭子「プリン味の豆乳でいい?」
玲菜「はい!……え。プリン?」
冷蔵庫から業務用サイズの豆乳を出す圭子。
圭子「あの子の拘りでストックしてるの。騙
されたと思って一回飲んでみて」
玲菜「あ、じゃあお言葉に甘えて」
圭子、ニッコリして、豆乳をコップに注ぐ。
圭子「最近どう?部活夏休みもあるんでしょ」
玲菜、豆乳をを飲む。
玲菜「はい。(食い気味に)あ、美味しい」

○同・大智の部屋
大智、パソコンの光に顔が照らされている。文字を暗唱する大智。

本人は変わりたくても変われない 悪気が無い 自分が傷つく事は敏感なのに、他人を傷つける事は露程思ってない 本人に治そうとする意思があるのか

大智、徐々に過呼吸。スクロール。

自分にしか関心がないので一見優しく見える 心(気持ち)がないから、自ら行動を起こす事もなければ、記憶にも残らない 過去も未来も家族(妻子)も当事者の頭の中にはない、あるのは今現在の自分自身
の都合だけ 自分しか考えられない相手との信頼関係など築けない


大智、心臓を抑え、上を仰ぐ。

愛する夫の苦しみの原因になっているのが自分であることは辛い 改善しても、先にこちらが壊れてしまいそう 理解できない私がおかしいんだ、私がもっと強くなればと、ずっと自分を責め続けて来た

大智、頭を抑えて唸る。パニック。文字を読み上げる声が重なる。輪唱状態。

どんなに愛し、寄り添っても上手くいかない自分の我慢・努力・心身ギブアップ 全く噛み合わないので疲れ果てしまった 振り回されて傷ついた 悪意はないから周囲が理解しろという記事や放送内容にますます苦しめられる この苦しみをどこかに吐き出したくて堪らない サポートだけの感情だと年月を重ねる分苦しいだけの日々
頑張ることに疲れた

しばらく改行が続く。

助けて

大智、椅子から転げ落ち、尻餅をつく。
✗✗✗
言葉がフラッシュバック。
佐々木「あなたの世話は誰がするの?」
勇悟「あの時は、全く理解できなくて」
玲菜「幸せになりたいよお」
佐々木「……こんなにやってるのに」
✗✗✗
大智、発狂し、慌てて部屋から出る。

○同・リビング
階段を降り崩れ落ちる大智。震えている。圭子・玲菜、大智に気付く。大智に駆け寄り毛布でくるむ圭子。
圭子「……震えてる。悪夢でも見た?」
大智の額と合わす。
圭子「熱は引いたみたいね」
大智「ねえママ、僕と一緒にいると苦しい?」
圭子のアップ。玲菜のアップ。
大智「将来僕と一緒になったパートナーは幸
せにならないのかな。僕は誰かの幸せを奪
う存在なのかな」
圭子「どうしたの」
大智「僕が障害持ちだから……僕が……」
玲菜「(棒立ちのまま)大智くん……」
圭子、抱きしめる。
圭子「誰だって分かり合えないって凄く辛い事よ。それは障害持ちだからとかじゃない」
大智「嘘だ、嘘だ!皆、僕のせいで困ってる」
圭子、大智の頭を撫でる。
圭子「……鶴の恩返しって話、知ってる?」
大智「……うん」
圭子「あの話は、人間の傲慢さに鶴が犠牲になる話なの。鶴は恩返しができていない罪悪感の中、数少ない羽で飛び立ち自由になろうとする。けれど、激怒したお爺さんに鶴は銃で打たれ、もっと早く逃げていればと鶴は後悔するの。でもね、実際は鶴の感情なんてわからない。結局は、鶴の立場は人間でも起こりうるってことなの。本当は、どちらに心があるのか」
大智「心?」
圭子「鶴の心にお爺さんは踏み込みすぎたの。鶴に心がないと思ってしまったお爺さん。どっちも人間で、距離を間違えるとどちらかが傷ついてしまう」
大智「傷つきたくない、傷つけたくない……」
圭子「その経験があれば大智もきっと大丈夫」
玲菜「……」
大智「……ホントに?」
圭子「私は大智に障害があっても特別扱いはしないでしょ?何かを守る事で違う弊害が出てほしくない。それは大智が特別だからじゃない。怖いなら逃げていいし、苦しいなら助けを求めてほしい。皆、そうして大人になっていくの」
 玲菜のアップ。

○並木道(夜)
大智、玲菜を見送る為に二人で夜道を歩く。
玲菜「特別ってなんだろうね。私、さっきのお母さんの話聞いて、特別になりたがってる自分が恥ずかしくなっちゃった」
玲菜、大智の一歩先を歩いている。
大智「………」
玲菜、振り向き、後ろ歩きで話す。
玲菜「大智君といると今まで見えなかった世
界が見えるの。ほんとだよ?目の前にばーっと。よく相手によって住む世界が違うっていうじゃない?人間ってさ、たいしてそんなに違わないじゃないかなって。私が特別だと思ってた人はそんなに違わないし、自分自身も人を傷つける醜い人間の一匹にすぎないって」
玲菜、止まる。
玲菜「でも、それが私達。それが人間だって」
大智「僕は、感情があるから人間っていいなと思う。苦しい時があるかもしれない。だけどそれが人として生きる醍醐味だと思う」
玲菜、大智にやっぱ変だな、という顔。
二人、再び歩き出す。
玲菜「私、人間は魂が大事だと思うの。だから、大学に行ったら誰もが人の気持ちに寄り添えるような研究をしたい。病名とか障害の種類とか、難しい事はわからないけど、大智君は大智君だし。大智君みたいな人も誰かの気持ちを支えたり、寄り添えるように。メンタルが弱い人が誰かを頼って、誰かに頼られる。お互い頼り合えて、互いが生きやすく生きる仕組み、なんて」
大智「それは、(少し悩んで)良い社会だね」
玲菜「それにね、大智君の環境や生まれつき
の個性に抗い共存する姿はとても素敵だよ」
大智、立ち止まる。大智の顔のアップ。
玲菜、大智に気づかず一歩先を歩いている。
大智、我に返り玲菜と少し離れた距離を縮めるように小走りする。
玲菜「早く大人になりたいね」
二人、空を見上げる。
大智「うん、ちょっと怖いけど」
玲菜「大丈夫だよ、大智君なら」
並木道の空、美しい星。
<了>

補足:前半は玲菜目線で、後半は大智目線となっている。佐々木花陽の症状はカサンドラ症候群である。

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