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『君のひとみは10000ボルト』それは「片目で」なのか「両目で」なのか

考えてみたら、それどころじゃなくなった。


ずっと気になっていた問題

1978年の楽曲『君のひとみは10000ボルト』。

フォークグループ・アリスのメンバー、堀内孝雄がソロとしてリリースしたシングルである。当時まだ生まれてなかった私でも、知らぬ間に知っていたほどのヒット曲だ。
元々は資生堂のCM曲として制作された経緯があり、2022年には同社の創立150周年CMにも採用されている。

40年以上にもわたって人々の耳と肌をうるおす名曲だが、私には最初に聴いたときから消し去れない疑問があった。

「君のひとみは10000ボルト」と言うが、人間には瞳が2つある。

「左右の瞳がそれぞれ10000ボルトずつで、合計すると20000ボルト」なのか?
「左右の合計が10000ボルトであり、片方の瞳は5000ボルトずつ」なのか?
どちらを意味するのか、歌詞からは読み取れないのだ。

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情報の正確さが求められる現代において、これは重大な問題だ。
コンタクトレンズの値段を調べていて「片目の値段なのか両目の値段なのか」が明記されてなかったら不安になるだろう。この楽曲はそれと同種の危うさを抱えているのだ。

今こそ、君の仕様をはっきりさせよう!

とにかく聴いてみよう

何はともあれ、まずは楽曲を聴いてみる。最も確実な情報源からあたるのが調査の基本である。

ギターに絡まる堀内孝雄の美声を浴びていると、0分39秒からサビが展開される。ここで私は早くも糸口をつかんだ。

君のひとみは 10000ボルト
地上に降りた 最後の天使
君のひとみは 10000ボルト
地上に降りた 最後の天使

「君のひとみは10000ボルト」と2回繰り返している。
1978年に「なんで2回言うねん」というツッコミがあったかどうかは知らないが、私は理由を推測できる。

1回目で右目、2回目で左目のことを歌っているのでは?

2回の繰り返しによって、暗に「左右の目がそれぞれ10000ボルトである」と示しているのだ。これは納得度が高いぞ。
なんだ、もう結論が出ちゃったじゃないか。

と思った次の瞬間、堀内孝雄が異議をとなえ始めた。そう、二番の歌詞である。

君のひとみは 10000ボルト
地上に降りた 最後の天使
君のひとみは 10000ボルト
地上に降りた 最後の天使

このように、二番のサビでも2回繰り返している。うろたえている暇もなく最後のサビに突入、そこからは延々とループして8回も歌っている。
この楽曲には「君のひとみは10000ボルト」が合計12回登場するのだ。

瞳が12もあるってことは、すなわち「君」は6人いる!

ただのナンパ師やないか

一番までで止めておけば純真なラブソングだったのに、続々と新たな女が登場し、歌えば歌うほどゲスが極まる仕上がりになってしまった。どこが「最後の天使」やねん。いっぱいおるやないか。

ここまでで判明した。
「瞳の数だけ『君のひとみは10000ボルト』と歌っている」
という仮説を推し進めると、堀内孝雄のソロ1曲目が6股野郎の口説き文句になってしまう。CMに起用した資生堂の立場も危ういぞ。
どうやら考え方を間違えていたようだ。いったん全てを忘れて振り出しに戻ってみよう。

何のための10000ボルトなのか

そもそも、10000ボルトとはどれぐらいの電圧なのか。

発電所から我々の家庭に届いている電圧は100ボルト。一般的なビルの場合でも、供給されている電圧は6600ボルトだという。(参考:すみともキッズ
それらをも超える10000ボルトという高電圧を、君は何に使うつもりなのか? この角度から考えてみよう。

「考える」と言っても、そんなに悩むことではない。答えは歌詞にある。

君のひとみは 10000ボルト
地上に降りた 最後の天使

今、堀内孝雄は『地上に降りた最後の天使』と証言した。君はもともと天界に生を受けた天使だったのだ。
そして真相に迫るのは、またしても二番の歌詞である。

まぶしすぎる朝に 出会った時の
そんな心の ときめきを
知らぬ間にふりまき 消えていった

君は知らぬ間に消えていった、というのだ。そんな殺生な。まだ君の電圧もわかってないのに。
いったい君はどこに消えていったのか?

……天界だな。そうに違いない。
おそらく、「君」は資生堂の販促キャラクターとして地上に滞在していたのだが、キャンペーンの終了とともに契約期間が切れてしまったのだ。天界で次の案件が待っているんだろう。

ここで、私の頭脳に10000ボルトの稲妻が走った。
天界に戻るための動力源が、瞳に実装された10000ボルトなのではないか?

「天使」と言うからには翼の1つや2つ持ってるだろう。だが、天界は宇宙空間にあるのでいくら羽ばたいてもたどり着けない。そこで発動するのが10000ボルトの電源である……と考えればどうだろうか?

よし、方向性が定まった。
「電気で宇宙に飛び立つには何ボルト必要なのか」を算出しよう!
そうすれば天使が瞳に秘めている電圧が判明し、本記事のテーマである
「片目で10000ボルトなのか両目で10000ボルトなのか」
の解が得られるのだ!

さあ、現代科学の出番だ!

10000ボルトで足りるのか

宇宙に飛び立つ手段といえば、広く知られているのはロケットだ。
しかし、我々がニュースで打ち上げ映像を見るようなロケットは、電気を動力としたものではない。

ロケットは「化学推進ロケット」「電気推進ロケット」に大別される。

ロケットの推進方式(非常にざっくりとした図解)

地上から炎と煙を巻き上げて発射されるのは、例外なく化学推進ロケットである。燃料と酸化剤を反応させてガスを生成し、それを噴射した反動で飛ぶ仕組みだ。
一方、電気推進ロケットには種々の方式があるが、代表的なのはイオンエンジンである。キセノンガス等の推進剤に電圧を加えてプラズマ化し、ビームとして噴射することで推力を得るのだ。

イオンエンジンは、化学推進ロケットよりも寿命が長いという利点があるものの、推進力が弱いため地球の重力を振り切るのには向いていない。宇宙空間において、探査機の軌道修正などに使われるのが主だという。

……あれ、なんか不安になってきたぞ。
天使がイオンエンジンを搭載しているとして、10000ボルトぐらいの電圧があれば地上から宇宙に帰れるのか? パワー不足で墜落したりしないのか?

そこで私は天界の技術者になったつもりで、宇宙空間に到達するために必要な電圧を計算してみた。一応計算過程を載せておくが、結果は後で書くので飛ばしてもいいよ。

天界に戻るために必要な電圧の計算過程(まだ続くよ)
実際にロケットを飛ばすとなったら物理的な制約が諸々あると思うが、理論値ってことでご理解頂きたい

さあ、計算結果が出た。
宇宙にある天界にたどり着くために必要な電圧は……

50400000000000000000000000000000000ボルト!
はい!?

真面目に計算したら、504こうボルトという凄まじい数値が出てしまった。こうとは10の32乗。万の上が億、億の上が兆、兆の上の上の上の上の上がこうである。天文学的とはこのことだ。

つまり、仮に両目で20000ボルトあったとしても、目標には50399999999999999999999999999980000ボルトも足りない。まるで話にならないぞ。
どうすんだ天使? その程度の電圧じゃ帰郷できず、ずっと地上で暮らす羽目になってしまうのでは……

……あ。
気づいちゃった。

どうか10000ボルトであってくれ

説明しよう。
「君のひとみは10000ボルト」、これは事実を歌ったものではないのだ。

鳶色とびいろのひとみに 誘惑のかげり
金木犀きんもくせいの 咲く道を
銀色の翼の馬で 駈けてくる
二十世紀の ジャンヌ・ダークよ

金木犀きんもくせいの咲く道で、銀色の翼の馬を駆る天使を目撃した青年。
彼はIQ10000の頭脳によって、天使の瞳に地球脱出用の電源が仕込まれていることを見抜き、その電圧504こうボルトを瞬時に導いた。

金木犀の咲く道で天使の電圧を導出する青年

だが、同時に彼は大変なものを盗まれてしまった。
幻想的な風景の中で颯爽と駆けていく、歴史上の聖人を彷彿ほうふつとさせる気高い天使。その美しさに心を奪われてしまったのだ。そう、まるで感電したかのようなときめきに囚われたのだ。

しかし、彼女の出自は天界である。頭脳明晰な青年には、彼女がイオンエンジンをふかして帰還する確実な未来が視えてしまう……
待ってくれ、そんな未来は耐えられない!

どうかずっと地上に居てほしい! 瞳が持つ電圧も、せいぜい10000ボルト程度であってくれ! それでビル1棟分はまかなえるんだから地上で暮らすには十分だ!

……という悲痛な願いを込めた歌詞なのである。「10000ボルトもあるなんてすごい!」ではないのだ。

もちろん、青年もわかっている。
天使の電圧は10000ボルトどころじゃない。いずれは資生堂との契約を満了し、莫大な電気を注ぎ込んだ天界フライトへと洒落込む運命、そんなことは重々承知している。だからこそ! 叶わぬ願いと知っているからこそ!「君のひとみは10000ボルト」と何度も何度も歌わずにおれないのだ!

こうして、当初のテーマであった
「片目で10000ボルトなのか両目で10000ボルトなのか」
の解は、
「そんなレベルの歌じゃない」
ってことになってしまった。アリスってすごいや。


西暦2072年、資生堂が200周年を迎える。
そのとき資生堂は、また天使と契約してくれるんだろうか。

最後の天使は、何度でもよみがえる。

【参考文献】
● 宮澤政文.宇宙ロケット工学入門.朝倉書店.2016年
● 栗木恭一・荒川義博.電気推進ロケット入門.東京大学出版会.2003年
● 的川泰宣.トコトンやさしい宇宙ロケットの本 第3版.日刊工業新聞社.2019年


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