「何もしなくてもいい」と書いている
月のものが来て、腰痛と気力のなさで、朝から横になっていた。
せっかくの連休、それも唯一予定のない日。とても残念。
そう言えば昨日、妹の畑の手伝いに行ったときも、最初からからだが重くて、ウキウキしていなかった。いつもなら、嬉々として草刈りをするのに。
あれは、そういうことだったか。
横になりながら、頭の中をぐるぐるしている劣等感をひとつずつ、手放していった。結局いつの間にか眠ってしまっていたけど、起きたときには、少しスッキリしていた。まだまだやる気はなかったけど、ふらふらと机の前に座り、本棚に置いてあるメモ帳に今の気分を書き始めた。
「何かをしなきゃ、と思う気持ちを手放そうよ
何もしなくてもよいのだ、本当は
生きているだけで本当にそれでいいのだ
よくなろうとも思わなくてもいいのだ
思っているだけで何もしないのが
いちばん苦しいだろう
なら、思うのをやめよう」
と書いていた。
何もしなくていい、と書く…書くことをしているじゃないか、本当に書くことが好きなのね。
午後からはすっかり元気になり、カラーボックスの棚板用の差し込みダボをホームセンターに買いに行ったり、庭にモッコウバラを植えたり、ガザニアを植え替えたり、退色してきた髪にヘナをしたりした。したかったことが全部できた。
あのとき、紙に鉛筆でなぐり書いたことがよかった。頭の中をそのまま紙に表すのは楽しかったし、
書くことで、突破できるのかもしれない、と思った。
自分をダメだと思うことを
うらやましいと思うことを
なりたい自分になれないことを
誰かのために書くのもいい。
でもそのためにはまず自分のために書いて、自分を知ることが必要だ。
カッコつけることなく、自分しか読めない字で。
吐き出せ吐き出せ吐き出せ吐き出せ
紙に鉛筆というのがわたしには合っているようだ。思っていることがスラスラと書ける。スマホのメモ機能やボールペンではそうもいかない。
いつも、紙と鉛筆を持っていよう。
わたしにとって、わたしの声こそわたしの真実なのだから。大切にしたい。
写真は、砺波のチューリップフェアで見たモッコウバラ。これをみて、自分の庭にも欲しくなったのです。
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