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クリープハイプはそばに

この2月から生活保護を受給している。生活保護課のある区役所の3階窓口に列を成す人々は60代以上と思われる高齢男性がほとんどで、30代女性である私は完全に浮いていた。仕事を解雇され借金もあり、メンタルダウンして仕事が見つからない状態の私に区は支援の手を差し伸べてくれた。
3月11日、楽しみにしていたクリープハイプのアリーナツアー 2023「本当なんてぶっ飛ばしてよ」幕張メッセ公演初日。これを最後にしばらくはライブにも行けないのだろう、と考えながら座席についた。

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私がクリープハイプに出会ったのは2015年1月、映画館で観た「百円の恋」でのことだった。
その時、わたしは映画の主人公、安藤サクラさん演じる一子と同じく、ぼろぼろの状態にあった。
30歳、遅すぎる初めての交際相手に妻子がいることが分かり、さらに他の女もいて、私は完全に捨て駒だった。そんなクソ男だと言うのに、なかなか別れることが出来ず、首から下だけでも愛してよ状態。何とか離れてからも連絡を取り続けてしまっていたが、一念発起してガラケーとノートパソコンを広島に住む友人に送り、無理やり連絡手段を絶ったのがその頃だった。
映画を見たいような心境ではなかったが、ふと目に留まったポスターが忘れられなくて、朝刊で映画の上映スケジュールを調べ、シネ・リーブル梅田で見たのだった。
エンドロール、ぐすぐすと涙声の一子の声の背後から、「もうすぐこの映画も終わる。こんな私のことは忘れてね」という語りのような声が旋律を奏でている。この声がその日から今日に至るまで、私の心を捉えて離さないのだ。
エンドロール中、加速するリズムと共に、きこえる声が「いたいいたいいたいいたい」と叫んでいる。私は久しぶりに心臓の昂りを感じていた。なんてものに出会ってしまったのだろう、強烈なショックを受けた。エンドロールに出るであろう歌手名を目で追い、その時「クリープハイプ」を知ったのだった。

映画を見終わり帰宅してから、「クリープハイプ」のことを調べようにも、手元にインターネット環境がないことに改めて気がついた。仕方がないのですぐに、電車で2駅先にあるレンタルショップへ向かった。レンタルCDの棚の「ク」の列を探し、見つけたのが3rdアルバム「一つになれないならせめて二つだけでいよう」だった。男とも女とも取れない、蒼白い顔が半分に分かれているその印象的なジャケットのアルバム、そのタイトルの一文だけで胸がいっぱいになった。このバンドは一体なんなんだ。その時点で私はボーカルが男であるか、女であるか、メンバー構成も何もわかっていなかった。

家に帰り、ブックレットを開いてメンバー構成と名前を知った。ボーカル・ギター、尾崎世界観。世界観? ますます男女どちらかわからないが、なんでもいい。とにかくCDを再生した。1曲目の「2LDK」から12曲目の「二十九、三十」まで、全ての曲に魅了された。何度もブックレットを見て、その歌詞に胸を射抜かれた。そのほとんどの曲の作詞作曲が尾崎世界観によって生み出されている。歌詞とメロディ、演奏、その全てが素晴らしいが、何よりも、この音楽を表現する、尾崎世界観の声が私の心の奥にまで突き刺さる。
翌日、電車に乗って大阪に出て、CDショップで3rdアルバム「一つになれないならせめて二つだけでいよう」初回限定版と6thシングル「百八円の恋」を購入。その際棚に並んでいた2ndアルバム「吹き零れる程のI、哀、愛」のジャケットを見て、初めてメンバーの容姿を知る。全員男性なのか。それまではブックレットに載る名前と担当する楽器しか私には情報がなく、その名前から尾崎世界観と長谷川カオナシの性別が定かではなかった。(まずはその2枚を購入したのだが、結局1週間以内にはそれまでに発売された全てのCDを購入することとなる)帰りの電車内で我慢できずに開封すると、初回封入特典の2015年全国ホールツアーチケット先行抽選受付シリアルナンバーが封入されていた。そして2015年4月16日木曜日、オリックス劇場で行われた全国ホールツアー「一つじゃつまらないから、せめて二つくらいやろう 後編」が私にとって初めてのクリープハイプのライブとなる。物販で購入したTシャツとトートバッグは今でも大切に愛用している。

それからの半年間の私の全てはクリープハイプだった。あんなに素晴らし時間はこの先あるだろうか。それまでに発表されたすべてのCDをデッキで再生して楽曲を聴き尽くす贅沢な時間だった。インターネットカフェに通いクリープハイプの情報を調べ、カラオケに行って「あ」から順に歌う。
初めてのフェスは2015年12月27日、FM802 ROCK FESTIVAL 「RADIO CRAZY」全国ライブハウスツアー「わすれもの〜つま先はその先へ〜2016」は残念ながらチケット落選し、初めてライブハウスでクリープハイプを見たのは2016年3月8日、なんばHatchで行われた全国ツアー「たぶんちょうど、そんな感じ」だった。
そうこうしているうちに心療内科に行く必要がなくなり、仕事も再開。ガラケーとノートブックを引き取り、ラジコに加入してからは月曜SPARKを必ず聴き、メッセージを投稿することが楽しみとなった。頂いたステッカーを愛車(原付バイク)に貼り、その原付バイクで九州を旅して回ったり、もうメンタルは完全復活した。

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あれからまた何度も引越しをして、何度か恋をして、失恋をして、回復をして、失敗をして、借金をして、地獄を見て、夢を見続けて……クリープハイプを追いかけ始めた2015年、思いもしなかった生活保護生活に突入し、生きていたらいろんなことあるよな、あったな、と感慨深い。
当面お金もないし、幕張メッセ公演を最後にしばらくは見れないのだろうな、と考えながら座席に着く。
最後の曲、「二十九、三十」とともに、尾崎さんがコロナ禍に見続けた、渋谷の定点カメラを思わせる映像と共に考えていたことは、

無理だ。

十年前は気にもならなかった脇汗を気にしながらのハンズアップ、恥じらいもなく叫んだ「セックスしよう!」相変わらず座席は遠く、遠い遠い舞台上のクリープハイプに手を伸ばしながら、クリープハイプを追い続けることも諦めないし、生きていくことも諦めない。心にまた火を灯してくれたライブだった。尾崎さんの言っていた通り、普通に最高だった。感極まって泣くかと思ったけど、ただ楽しくて、でもいつものライブよりもずっと最高な普通のライブだった。明日も当たり前が続いていきますように、願ってます。

©️かずさ2023「惹き語り」



そして私の誕生日、3月29日には久しぶりのEP発売。我慢しようと思っていたけれど、削りに削っている食費や光熱費をもっと極めた節約をすればいいだけのこと、手洗いで洗濯をすれば、排水溝に流れていく濁った水を見て今日も生きたなあ、という実感が湧くし、卵白を駆使して材料費をかけずにお菓子を作る技術も身についた。節約は我慢ではなく、もはや趣味となっている。
そんなわけでEP「だからそれは真実」を自分へのお誕生日プレゼントとして購入した。

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こうやってクリープハイプのことを書こうとしても、結局自分の事ばかりで情けなくなるよ、と思うが、自分の思考を起動させてくれるのがクリープハイプだ。曲に込められたメッセージをそのまま享受するのではなく、クリープハイプの曲のメロディ、リズム、歌詞、演奏、声が、私だけの答えを求める。だからファンはしばしば、まるで私のことだ、と思うのではないだろうか。それぞれの中にある、その人だけの思考を駆動する既有な楽曲たち。

まだまだ、EXダーリンにはならない、ずっとずっとクリープハイプはぞばに。

歌詞の引用
「キケンナアソビ」「百八円の恋」「本当」「自分の事ばかりで情けなくなるよ」
作詞:尾崎世界観

水彩画 参考資料
「百円の恋」

3rd ALBUM「一つになれないなら、せめて二つだけでいよう」
https://www.creephyp.com/discography/detail/31/

「寝癖トートバッグ」

「exダーリン 弾き語り MUSIC VIDEO」https://youtu.be/fYVTXYEgjXc

山崎洋一郎の「総編集長日記」

#だからそれはクリープハイプ

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