飛んで火に入る夏の虫

この前まで敬語で上司と話をしていた後輩がタメ口になった事に気づいたのは、去年の夏頃だった。わざとなのか油断しているのかわからないまま時は流れて、敏感な女性職員たちがざわめき始める。見てないふりで仕事しながら、壁に耳あり障子にメアリー状態。公休が重なってるだの、スマホの契約を二人同時に変えただの、USJに行ったらしいだの。面白がってるのは私だけだったようで、周りは風紀委員長が急に増えた様相を呈していく。恋だねぇ、不倫だねぇ、両方とも馬鹿だねぇ、バレてるねぇ、ワクワクするねぇ、家で今ごろ子どもが待ってるねぇ…。

張本人の嫁様が病に倒れたのは年末あたりか…。重病説も流れる中、深刻な風もなく淡々と仕事をしているふりでイチャつく二人。
「自分が幸せならいいんですぅ、他の人の事なんかどうでもいいんですぅ」と、曰う張本人の彼女は嫣然と微笑み、恋をすると美しくなるのは本当だなと見惚れてしまった。まつ毛は伸び月に一度は髪を切り、みるみるうちにオシャンになっている。男性職員が次々と手玉に取られているという噂は満更嘘ではなさそうだ。ムチムチしたボディをロッカーでチラ見するたびに、ほほぉーんとなってしまう。なるほどなぁ。彼女はいま青春満開なのねん。

桜が咲く頃張本人の離婚が成立し、二人は晴れて不倫関係ではなくなった。張本人の嫁様の呪いの叫び声が職場に届いてる気もするが、彼らには聞こえないのだろう。隙間時間にキャッキャうふふしているようだが、薄目で見るとそれはそれで面白い。風紀委員長は増え続け、今や職場のトップの知るところとなった。なんせ二人が仕事中にしょっちゅう休憩室に消えるのだ。とばっちりを食う委員長たち。怒涛の飲み会。罵詈雑言溢れる深夜のLINE。とうとう、意見書を上司に出すことになり上司が白目で唸っている。

私は今日も真面目に働き、人の為に尽くしてお金を稼いだ。
悪いことをしたことが無い人間はいないかもしれない。嘘をついたことの無い人間も。間違ってるとわかってても止められない弱さも理解できる。
人は弱い。人は間違う。狡くて情けなくて馬鹿な生き物だ。
一人は淋しくて哀しくて縋りたい。
愛されたいし大事にしてほしいし、笑わせてほしい。彼等もそうなのだろう。満ち満ちた日常ならば、脱輪したまま走ることはなかっただろう。脱輪した車は傾いたまま走り続け、やがて行くべき方向にも行けず、尖った石を踏みバーストする。
弱い彼等が白日の元に晒されるのは時間の問題なのだが、私は今日も明日も真面目に働くのみである。何故ならそれが一番他人のことがよく見えて、面白いからだ。

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