魔術師に魔法は使えない
その昔、不器用ながらも研鑽重ねた末
言葉を自在に操り、あらゆる事を思いのままに
多くの称賛と羨望を集め「自分は万能だ」と
さながら魔術師気取りの男がいた
実の所は魔術師の集まりの中では普通で
下働きでしかなかった
それでも誇りを持って力を奮う事で自信を得ていた
男は錬金術で身を立てる事を夢見ていた
ある時、魔術師の集まりが何も知らない人々を
都合よく扱って搾取している事に気付いてしまう
何も知らない人々の為に立ち回るうちに
男の心は蝕まれていった
地道に積み重ねてきた錬金術の成果が見え
魔術師の集まりから独立することを決めた
一般的な人間の顔をして
少しの魔術と錬金術を扱いながら
自分の思うより良い世界との関わりを目指した
少しばかりお人好しなところのある男は
伴侶とした女に裏切りを受けてしまう
男の過去の栄華にしか興味がなかった為
地道な人としての暮らしに嫌気がさしたのだ
そうして一段と浮き世から遠ざかる男は
夜に、日陰に地道に生活していく
人は一切の関わりを持たずに生きられない
多少の関わりから少しずつ…
世の中と関わり始める…
少し世界の広がった男は恋に落ちた
成り行きではなくて
彼女の熱いアプローチのせいもあった
それでも男は合理的な思考ではなく
彼女を愛した
地道に愛を育み、足場を固めることに
男は幸せを感じていた
ところが彼女は何処かで
もどかしさと寂しさを抱えていた
幸せは永く続きはしなかった
初めての感覚に絶望して
うちひしがれて
生きる希望も失った男を救ったのは
儚げな歌姫の歌声だった
男は歌姫の歌声を守る事に決めた
地道な蓄えも魔術も錬金術も注ぎ込んで
それが男の憧れた
「人の為になって人を救える」事になると
歌姫の歌声を広く届けたならば
多くの人が救われると…
そうして歌声を影から見守り
出来得る限りの力を注いだ
時には歌姫を護衛するヒーロー気取り
「気取り」…
男は歌姫を愛していた
美しい歌姫に不釣り合いな自覚も
裏切りの過去も合わせて
男は見返りを望まなかった
「愛した」が恋をしようとしなかった
そんなある日
酔いと、気の緩みから歌姫に
「好意」と過去を漏らす男
開く距離感…
不完全であれ影響力は不安要素
恐怖心の対象でしかなくて…
切なく、寂しい気持ちで過ごす男
それでも役に立ちたかった…
これまでの何よりも大事にしたかった
人知れず、あれこれと力を尽くした
大した成果は得られなかった…
男はこれまで知らなかった
魔術師に奇跡は起こせないこと
そして魔法使いには成れない事を思い知る
「僕は君の不安になれども
特別大事な存在には成れないらしい…」
「救いを、愛しさをありがとう…」