言葉の捉え方が変わった
クリニックに通って
だいぶ自分を客観的に見る事が出来て来た。これは年齢的なものもあると思う。
今までの自分は、直接相手に自分の事を話すのが苦手だった(寂しい、悲しいなど恥ずかしいとされる部分)
暖かい日は比較的弱まるのに寒くなると
考えたくなくても脳ミソがガンガン意見や考えを生産して来る。
強制的に自動発注を中止してくれるのが薬。
寂しい。怖い。辛い。現実逃避。楽をする。
全部、否定されるだろうなって思っていた
特にこの中で
寂しいに関しては今まで大嫌いな言葉でした
こちらの状況を無視して、自分の都合だけで放たれる言葉って認識してたから
寂しいって軽々しく口にして人を振り回す人もいるんです。まぁ振り回わされる方も悪いけど(苦笑)
そんな自分が愛猫を亡くし
人に直接、寂しい気持ちを口にしている。
忙しい人が自分のために時間を作ってくれて、しばらく会えないの寂しいなぁって言ってもらえる切なさと嬉しさ。
誰よりも辛い相手の死を少しずつ噛み砕くたびに、自分が生きるのにしなくてもいい事まで執着し、執着されてた事に気づく。
先生から
ずっとここにいなくてもいいんだから
って
言ってもらえたのがなんか、凄い有り難くて
母から愚痴の電話が来た時、自分もモヤモヤしてた事もあり友達のように話してたのも何だか嬉しくて
少しずつ歩み寄れている。
相手も頼られて嬉しいもの
自分はここまではできますが、ここは苦手なのでお手伝いして下さい。
そんな気持ちで人と付き合って行きたい。