声が聞きたくなった。

柔らかくて、鋭さがあって、たしかに温もりをもったあの声が欲しい。

人間が最初に忘れるのは声らしい。そんなこともないだろう、と昔は思っていた。

もう随分と前に亡くなったあの人の声を思い出せたから。それが反例になると思っていた。

でも、今でもずっと鳴っているその声に耳を澄ましてみて、ようやく理解した。

音と言葉だ。

音は波で、言葉は意味で、俺はそれを覚えていただけにすぎなかった。

思い出せていたのは意味を持っただけの単なるメロディで、古くに聴き馴染んだ歌を覚えているのと同じだったんだ。言い回しの癖も、笑み声も、あの声が一度も記憶の外にある言葉を再生したことはなかった。

新しい言葉が欲しい。少しずつ衰えていくその声と、また話がしたい。

もっと、記憶が欲しかった。


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