ヒュー/マニアック・マニアクス
◆あらためまして、はじめまして。
先日、ありがたいことに、新進気鋭のSF短編賞である第二回『かぐやSFコンテスト』の最終候補作として拙作『ヒュー/マニアック』を選んでいただきました(イェ~)。
参加者は完全に匿名を徹底し、そのまま無記名のまま最終候補作を公開し読者投票も設けるという意欲的なフォーマット上で開催されたコンテストは運営の皆々様の徹底ぶりと頭が下がる数々のご尽力もあって(その節は本当にお世話になりました。豆に頂戴した「規約を遵守して、参加者全員で最後まで駆け抜けましょう!」というメール、非常にハートがウォーミングしました。こう、合宿みたいで……(?))、大いに盛り上がったのではないでしょうか。
投票期間中は必殺のエゴサーチがぶんぶん唸りを上げ、感想の数々、本当にありがとうございました。中には十作すべてを纏めてアンソロジー形式でレビューされた方などもいらっしゃって大変楽しく読ませていただきました。
残念ながら受賞には至りませんでしたが、多少なりともコンテストに貢献できたという晴れがましさのほうが遥かに上回っているのでわりとにっこりです。
みなさん、本当にお疲れさまでした! ……と、ここで一切を畳んでも良い具合とは思いますが、コンテスト後にも「かぐやSFコンはまだ終わっちゃいねぇ!(MUGENは仲間を見捨てねぇ!)」と言わんばかりにほかの方々がちみちみ最終選考作に纏わるあれこれを公開されているみたいなので、ボーナス・トラックがてらぼくも執筆に纏わる諸々を開示してみようと思います。
チェケラ。
◆顛末
コロナ禍許すまじ。感染拡大は今日も今日とて猛威を振るい、おいそれとは出歩けず、畢竟ささやかな趣味だった蕎麦屋での飲酒も取り上げられ、長きにわたるステイホームであらかた観たい映画やアニメも観尽くして(レンタルショップと移り変わるように台頭してきたサブスクリプション・サーヴィスは偉大)、いい加減に「暇だから、なんか書くか」という気持ちがふつふつと湧いて出た頃のこと(当然、各種文芸・同人イベントも軒並み中止で年に数回あった執筆機会も消え失せ、いやぁ、先立つものがないと本当になにも書かなくなっちゃうんですねぇ)。「そういえば、なんか面白い賞があって去年あたり盛り上がっていたなぁ」と記憶の端にぼんやりと引っ掛かるものがあったので『かぐやSFコンテスト』を調べたところ、ちょうど開催の真っ最中……というか、調べた時点で募集期間の半分を過ぎて締め切りまで十日を切っていたものの、「まぁ四千字くらいなら、二日か三日で書けるじゃろ、たぶん……」と軽率に乗り出すことに。それがいけなかった。
◆お題は「未来の色彩」
困った。非常に抽象的なテーマだ。というか昨年が「未来の学校」だったのに、いきなり観念方向に寄り過ぎでは……? なぞと嘆いても仕方がない。とりあえず、色彩だから気持ちカラフルというか、ヴィジュアルが栄えるやつがよろしいじゃろ……。と軽率にそっち方面からアイディアを出力し出す。
で、丁度流していたテレビのニュースで〈夜光虫(ノクチルカ・シンチランス)」の話題を取り扱っていたので、「これでええか……」と脊髄反射で題材に選ぶ。劇的な出会いである。
先立つものもなければ時間もないので、とりあえずヴィジュアル面からプロットを立ち上げ始める。夜の海面上に漂う青白い蛍光色──夜光虫が可視化されたネットワークと化し、それを擁する海域自体が意志を獲得するのはどうだろうか? 意思を有した海に取り囲まれるどこぞの地方の片隅で過疎化が進む鄙びた漁村。夜になると疑似回路と化した夜光虫の群れの中を発光しながらパルスが奔り、人間には理解できない情動を基幹として荒れ狂う海。海面は名状し難い複雑怪奇な光のうねりを生み出し、そして勃発する渦潮と高波。巻き込まれた漁船はほろほろと転覆し、村民の生活を繋ぐ海苔や貝の養殖場や設置していた置き網はけんもほろろに破砕される。なんとなく異常進化したクソでかい蟹やイカが大暴れし、なぜか灯台は盛大に爆発する。そんな異常な景観を受け入れ、怪しく輝く海と共生する村民たち。ここではタフでなければ生きていけない。漁村 is DEAD……。
ふむ。なんとなくバラードっぽくて、どこか感傷的でエモーショナルじゃないかしら? いや、夜光虫……というか、生体発光を回路化してそれを用いて神経系を形成できるかは知らんけど……。(今思うと、だいぶ小川一水先生の『天冥の標』のサンゴのくだりそのものですね)
よし、理屈が通るかどうかは知らないけれど、これでいこう。
斯様な具合で、突貫でプロットをでっちあげ、さてそれでは善は急げと取り掛かろうとした矢先……そういえ、ば昨年の受賞作を読んでみるか。あるやろ。傾向と対策みたいなやつ。と、おっとり刀で公開されているアクセスしたところ──えっ、おもしろ。というか、そもそも、てか、だいぶ、かなり想定していたものとカラーが違う……。
これじゃダメだ。こういう湿っぽくて破滅的なトーンじゃ戦えないとえっちらおっちらしたためたプロットを全廃棄する。
この時点で期日まで一週間を切っており、う~ん、どうしたものか……。
◆徒手空拳になったものの、ある程度の指針は掴めていた。
先述したとおり、お題は「未来の色彩」。中々にファジーな要件だけど……昨年の受賞作を踏まえると、おそらく求められているのは「未来っぽい舞台上で展開される色彩のSF」ではなく、それ自体で「未来への展望を感じさせる色彩のSF」なのだ(ので、ビカビカ光る殺人海域が無節操に人間を殺しまくる話はちょっと毛色が違う……筈)。
なんとなくポジティブな方向性の未来っぽい色彩の話……なんか、こう、「色を使って人を喜ばせたり幸せにしたりする人間とか行為」の話……まで、つらつらと考えて思いつく。
そうだ、パーソナルカラー診断だ。
パーソナルカラー診断SF。コレでいこう。この線でいこう。はからずとも常日頃から摂取している美少女コンテンツ(等)の登場人物の使用コスメなどについて考えていた猟奇的行為が実を結ぶ(結ばないで……)。なんとなく他の人たちとだだ被りしそうだけど(と自分では思ったのですが、実際どうだったのでしょう?)、まぁ殺人発光海域よりかはなんぼかマシだろう(あとしれっと中国内でパーソナルカラー診断が流行っているらしく、そういう打算的な観点もあったり)。
題材は決まった。ここから先はわりとするすると決まり……せっかくなら飛躍して、無駄にスケールを大きくしよう(プリズムジャンプは心の飛躍なので)。肌の色どころか形状すら振れ幅のある多種多様な種族が登場する、宇宙のパーソナルカラー診断所の話にしよう。と現状のかたちに纏まる。
そうと決まれば善は急げである。なにせ時間がない。「はよせな」と慌てふためきながら書く。
かねてからいわゆる「お仕事もの」にはそれなりに興味があったので、なんとなく『伊藤計劃アンソロジー』に収録されていた吉上亮先生の『未明の晩餐』をぼんやりと下敷きにして、自信と経験に裏付けられた立ち振る舞いをみせる格好良いプロフェッショナルが依頼人の無理難題に応える話とか、なんかそういう感じのやつをガーッと書く。時間がないので考えながら書く。
噂を聞きつけて診断所に不安げに足を運ぶケイ素生物のご婦人にメタバース経由で出現する情報生命体、そもそも色を持たない透明肌の依頼人(字数の関係であえて深堀りしなかったけど、たぶん軟体生物なんだろうな……)、彼の人の悩みを解決するための肌を変色させるための白色矮星、そこから生じるガンマ線バースト(三方先生リスペクト)……。などの要素を取り留めもなく盛り込んだところ、四千字の規定に対しておよそ七千字くらいのものが仕上がった。バカなのか?
なんてことだ。半分くらい内容をカットする必要がある。
参加した方ならわかると思いますが、この四千字という規定はあからさまに意図されたハードルとして機能しており、そもある程度の描写や解説を必要とするSFにおいてこの上限は絶妙に足りない。話が本題以外の枝葉にそれようものならあっという間に規定に達してしまうし、そも本筋だけでもカツカツなのでかなりの瞬発力勝負だ。
ので、はじめの依頼人として登場するケイ素生物のご婦人や診断所の立地の話(中継地点にあるので多種多様な星系の人々が訪れる立地という設定があった)、主人公が今まで診断してきた数々の依頼人の話などを泣く泣く削る。
最近文筆界隈で話題の『文体の舵をとれ』というル=グィン先生謹製の鬼畜小説技法本の終盤に例題として出題されている「一度書いたものを半分程度に圧縮する」という高難易度のドリルを実践することになる(本当につらい)。
渾身のガンマ線バーストギャクなどを「どうにかならんか?」と右往左往しつつもけっきょく全カットすることになり、そんな自分で掘った穴を自分で埋めるかのような自虐行為が実を結び、なんとか締め切り三日くらい前にでっち上げることができた。依頼人も投射光によって悩みの種だった自分の肌の色を変えることができ、まるっと全部解決です! めでたしめでたし。やったね。
なんて、一応の解決をみせるも……ふつふつと心中に「本当に、そうかな?」とどこか釈然としない想いが鎌首をもたげてくる。一度その手の懸念が浮上してくるともう駄目で、日中の仕事の合間にも(まじめに働け)気になって仕方がなくなってくる。
「問題を解決したから(本人が喜んでるんだから)、もういいじゃん」「この期に及んで書き直すのか? 正気か?」「今はまだ書き上げた直後なので、もうちょっと頭が冷えたら気にならなくなるだろうさ。きっと」という低きに流れてしまいたいという安穏さで覆い隠そうとするも、いや、な~んか気持ち悪いんだよな……。という言語化出来ない気持ち悪さが脳髄に絶えずもにょもにょ付き纏い、夜な夜な日課となっているアニメ版『美味しんぼ』を視聴して画面内で癇癪を起こして暴れ狂うグルメ・ヴィランやそいつを焚き付けて更に問題を大きくする山岡士郎の蛮勇ぶりを眺めながら、ふと思い至る。
そうか、持って生まれた肌の色を塗り替えて、それで「善し」としているところが非常によろしくないのだ。
たしかにそれも解法のひとつだが……多種多様な宇宙人を取り扱っているからこそ、だからこそ持って生まれたものをそのまま肯定する「多様性」を強調する必要があるのでは……?
少なくとも、我々の暮らす現代ではそっちのほうがより「未来」を感じさせるメッセージを含むはずなのだ。
そうと決まればやることは決ま……エッ? ここまで頑張って削ったのに、更に展開を足して──足した文量だけ更に削ることになるの……??? マジで??? 狂っているのか???
と目を白黒さえるも、いや、ここは一番大切なところだから、堪忍、堪忍してくだせェ……と締め切り直前まで、ヒーヒー七転八倒し続け、そうして完成したのが本作なのです。はい。こういうライブ感に満ち満ちたアクティブな行程を経ているため前半の文章が比較的ガタガタになってしまった気もしますが、まぁ良いでしょう(よくないよ!)。
◆その他の些末なあれこれ
執筆中、「色彩」を取り扱うにあたって色相(hue)の、色相環なんかを眺めることがあり、当たり前だけど隣り合うことで発生する観念なのだとつらつら考えてみたり。
よくある話ですが、ヒトは単一では人間足り得ず、ヒトとヒトの間に適切な距離や それこそ社会などを形成することで、適切な「間」を形成することでヒトは「人間」になるのだと、わりとそういうことを考えたりするのでわりと近しいところにある観念だな。面白いな~と思った次第です。はい。
あと色というのは、とどのつまりクオリア云々の感覚なので厳密には個々人の感じるそれには差異があるので、にも関わらず単一の価値観として当然のように取り交わされているのが面白いな~とか、あとなるたけ登場人物の性別を規定してしまわないよう気をつけたつもりですが、どうでしょう(どうでしょう、とは?)。
まぁ、だいたいそんな感じです。そういう感じで書いたので、そういう部分を僅かなりとも拾って頂けたのなら作者冥利につきます。重ねて読んでくださった皆々様には厚く御礼申し上げます。
妙ちくりんな話だったと思いますが読んでくださり、ありがとうございました。感想の数々、とても嬉しかったです。
素敵な場を設けていただいたバゴブラさんや審査員の皆さまにも五体投地しつつ、本当に楽しいコンテストだったので皆さんもカジュアルに参加してみてくださいね。……なんか、次回開催は2023年らしいですが、備えよう。
ここまで書いて気づきましたが、たぶん本文よりも長く書いてますね。
本作を書くにあたって、本当に妻には助けられました。
一度プロットを廃棄し、苦戦しながら話を編み直し、書き直す最中、いつでも妻はぼくの傍らに寄り添い続け、啄ばむようなキスをしながら一緒にアニメ版『美味しんぼ』を視聴して、その間、彼女は絶えずあの柔らかな笑みを浮かべ続け、そしてかたちのいい唇を折り曲げて、こう言うのです。
「お前は誰だ?」
……ああ、そうだ。思い出した。私には妻はいない。妻どころか家族も、友人も……どうして、そんな思い違いをしていたのだろうか。
覚醒に伴い、周囲を覆っていた色彩が取り払われてゆく。私の脳髄を浸していた虚飾が、ずるりと……。
周囲を埋め尽くすのは、打ちっ放しのコンクリートで塗り固められた単色の殺風景だった。そこには私が腰掛けているパイプ椅子以外、なにもなかった。そして私はこの部屋から、もう何年も出ていない。
頭上では巨大な換気扇が軋むような唸り上げを漏らしながら頼りなく旋回している。よろよろとした単調なリズムで、今にも止まってしまいそうな速度でそれは流転する。
換気扇は外界と繋がっているらしいが、そこには硬質な分断があった。プリペラが切り取る外へと至る経路……その隙間から微かに投げ出された乾いた光に全身を塗り潰しながら、私は椅子の上で身体を折り曲げ、しばらくひとりで啜り泣き続けていた。
(Happy END)