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金銭解雇による補償は賃金の12ヶ月分が妥当という話

前提条件の整理

解雇規制の緩和が話題ですね。日本での解雇規制の緩和って要は金銭解雇を認めるかどうかという話です。国士な皆様は労働者を解雇する際の手続きがスッゲー面倒でいかにこの国の流動性を傷つけているかについて強調しますし、アカい皆様は雇われた以上その会社に居るのは当然の権利として金銭解雇などもってのほかという態度を取ります。

一応、労働に関する力関係から言うと、労働者というのは雇用主に対して弱い立場にあるとされています。雇用主にとって労働者というのは経営資源の一つに過ぎませんが、労働者にとって雇用主というのは今日の食い扶持をくれる絶対的な存在だからで、転職先というのもそう簡単に見つかる訳ではありませんし、その間どうやって食いつなげというのかという訳です。

金銭解雇ルールが必要な理由

とまあ、こういう議論をのほか、裁判所が出してきた基準(整理解雇の4要件)あたりを援用しながら日本の解雇規制というものは存在していて、それは白人様が治める欧米と比べて強いのか弱いのかとかいう出羽守な議論だったり、そもそも中小企業と外資は解雇規制なんか守ってねえじゃねえかという議論があったりして議論は混乱している訳ですね。ちなみに大企業だって訴えられなきゃ解雇規制なんて守らんよ。不当解雇で訴えられたところで手切れ金の相場は安いですからね。訴えてこいってなもんですよ。

ちなみに労働者側も負けてないもので、機密情報を盗み出したり担当顧客引き連れて同業に転職するなんてのも結構多いです。ゲーム理論で言えば、ゲームの最終回に裏切らない人は少数派です。

こうなると、違法だかグレーだか知らないけど首切ったもんの勝ち、労働者の裏切りもやったもんの勝ちという無法地帯が生じるわけで、だからこそ解雇のルールをきちんと決めて、雇用契約の終了という悪事を働く動機・機会・正当化が最大化する局面で悪事を働く奴を雇用側・労働側ともにとっちめようぜという文脈で、金銭解雇というものが出てくるわけです。今の日本では整理解雇の4要件を満たすか、自己都合退職に追い込むか、訴えられなければどんなひどい辞めさせ方をしてもタダですからね。

どうして12ヶ月が妥当なの?

先ほども書きましたが、現状の雇用慣行というのは雇用契約の終わりに雇用側にも労働側にも悪事を働くインセンティブが働くわけです。なので、雇用側の悪事も労働側の悪事も止めるための仕組みが必要です。ですが今回はそこまでは踏み込みません。今回は金銭解雇のお値段を推定するのが記事の趣旨で、「悪事はお互い働かないよ。その上でお値段いくら?」という考えで記事を書いているからです。

失業すると10.5ヶ月分のお金を失う

さて、解雇されると何が起きるかというと、お給料が貰えなくなります。これは雇用が継続されると思っていた労働者にとっては大きな損失です。雇用継続への期待がなければこんな給料では働かなかったかもしれないし、働くにしても適当に働き、副業や転職活動に精を出すべきだったと考えるでしょう。

なので、その損失に見合うだけの補償が必要です。その金額算定としては、労働力調査(R5年1~3月)のデータから、失業した時の平均的な損失額を計算してみました。次の画像がそれです。縦軸は失業期間で、人数は失業期間ごとの人数(万人)です。端数処理の関係なのか、足しても元データの合計人数とわずかに合いません。失業期間はそれぞれのカテゴリにいる人たちがどれくらい失業しているのかを見積もった数字です。ここは異論を歓迎します。こうして平均失業期間を計算してみると、10.5ヶ月と出ました。実際には半分ぐらいの人が6ヶ月未満で失業者脱出に成功していますが、加重平均で見ると解雇=10.5ヶ月分の損失です。

この数字は四半期ごとに変わりますが、昭和の頃はもっと短かったものの平成になってから延びてきて、震災後、民主党政権だった2011年10-12月に最長の13.1ヶ月を記録、以後は少しずつ短縮してきています。

そういうことを考えると、景気状態による変動も加味して、12ヶ月分の臨時手当があれば失業期間を乗り切れる人が多いと言えるのではないかと思います。

金銭解雇があっても労働需要は変わらない

こういう時に特に左がかった人から「解雇規制を緩和したらみんな解雇されて失業者が街にあふれる」という趣旨のことを言われますが、これは間違いですね。企業、特に大企業は人減らしをしたいなと思った時、まずは新卒採用を絞るんですよ。なので不景気になると新卒採用で若者が苦労して氷河期世代のように「世代丸ごと平均所得が他の世代に比べて低い」なんて事態が起きるわけです。氷河期世代だけ特に無能ということもないので、要は新卒カードでいい所に入れず、労働市場の流動性が低いので転職などでの逆転もしにくいからこうなる訳です。

話がそれましたが、景気や経済環境が変わらなければ社会全体での労働需要も変わることはなく、大規模な解雇が起きても同じだけの新規雇用が発生し吸収されていきます。労働市場が硬直的だと、ある分野では人が大きく余り、別の分野では全然足りない、ある分野では仕事の割にいい給料が貰え、別の分野では働いても働いても安月給になる、そして失業者は多くなるということが置きます。

今の日本がそうですね。現場仕事は人手不足がひどい状況なのに給料が挙げられない、事務職は大きな人余りで高給という事態が起きています。硬直的な労働市場は職業を身分として固定化する役割があり、職業差別の温床になります。こうしたことから労働市場を流動化する必要性は明らかに存在しており、それにあたって市場が失敗するであろう箇所(つまり失業から再就職までの期間が存在するということ)に対し規制、すなわち金銭解雇ルールを持ち込んで対応する必要があるのです。

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