河川上の軌跡

ふと橋の上で足を止めた。
日が落ちたばかりの薄暗がりの中、数十羽の蝙蝠が上空を乱れ飛ぶ光景に見入る。
起き抜けの空腹を満たすため、川面を飛ぶ虫を捕らえに集まっているらしい。
いつもはもっと遅い時間に通る場所だからあまり気付かなかったが、活動し始めの時間帯はこんなにも数が集まるらしい。
一羽一羽の独特の飛翔の軌跡に見惚れる。
同様の光景が昼間では燕で見かけられるが、急降下にしても方向転換にしてもその軌跡はもっと鋭く、かつ優美だ。そして一羽一羽の距離がもう少し疎である。
蝙蝠たちは密な距離を保ちつつお互いを躱しながら獲物を追って複雑な軌跡を宙に描いている。
正しく乱舞というに相応しい光景だ。
辞書を引くと蝙蝠は〈反響定位に解剖学上適応した夜行性の哺乳動物〉とある。
反響定位、つまりエコーロケーション。イルカなどに代表される超音波の反響を利用して周囲環境を観測する能力の事だ。
テレビの解説映像などでは同心円が広がりながら飛んでいくイメージでよく表現される。
目の前の乱舞の軌跡に、そのイメージを想像で重ねてみる。
川面の上を同心円が重っては消え、消えては重なり、絡み合っては複雑な紋様を描き出す。
せっかくの暗がりだ、同心円を蛍光色に。
「…あぁ、これはキレイだな」
思わず口元に浮かんだ笑みを気取られぬよう、ごく自然にその場を離れた。
横目で蝙蝠たちの舞を捉えつつ川沿いの道を駅までゆったりと歩く。
誰にも見えない光の軌跡の余韻に浸りながら、私はその場を後にした。