妹ができました①
妹がこの世に生まれたのはボクが17歳のとき。高校2年生だった。
忘れもしない期末テストの最終日。それにも関わらずボクは塾をやすみ、焼肉屋のバイトをしていた。バイト中に電話が鳴った。「お電話ありがとうございます、担当の森倉がお受けいたします」「あんた塾行ってへんやろ」ぎくっ!めちゃくちゃ怒られた。
その晩、母は赤ちゃんを産んだ。
テストが終わって病院に行くと、ガラス越しに母の姿があった。母は赤ちゃんの手を握り見つめている。すごく分厚いガラスなのでボクの声は届かないのだろう。かといってガラスを叩くのは良くない。動物園でも「よい子のみんなはガラスをたたかないでね、どうぶつがびっくりします」と張り紙があるのだから。
考えたボクは手を振ることにした。大きめに手を振ることにした。おーいおーいの感じではなくて、わーい!わーい!くらいの幅で手を振った。
新生児室の前でわーい!わーい!していると看護士さんが声をかけてくれた。それから看護士さんと一緒にわーい!わーい!……はしなかったが、中に入って母に声をかけてくれた。
母は小さく手を振り、赤ちゃんを抱いて見せてくれた。赤ちゃんは寝ていた。母は笑っていた。
ボクは何だか照れくさくて、妹の名前が書かれた新生児のお名前プレートに目をやった。かわいいトラとライオン、リスが笑っている。おい、リス逃げろよー……。とひとりで突っ込んだりした。
お兄ちゃん。なんとまあ、優しい響きでしょうか。ボクは物心着いた時にお兄ちゃんになった「ナチュラルボーンお兄ちゃん」ではない。物心つきまくって、なんなら思春期バリバリのお兄ちゃんだ。
「言いたいことあんねんけど」
ある日、母がボクに切り出した。ボクは母が作った焼きうどんを食べていた。なんだなんだ。母はなにを言うんだ。言いたいことあんねんけど…?子どもが親に頼み事をするかのようなセリフにボクはどぎまぎした。男子高校生になにをお願いするのだ。こわいこわいこわいこわい……
「赤ちゃんができました」
ボクは「オオッフ」とよく分からないことを言った気がする。赤ちゃんができました。
ん?母=妊婦さん。出産。赤ちゃん。お兄ちゃん。
給食のときに「食べ物はよく噛みなさい」と言われたけれど、このときほど、ものをよく噛んで飲み込んだことはない。
お兄ちゃんになるという事実を飲み込んだときに浮かんできたのは、純粋な不安だった。
母はバツイチで、ボクが小学校5年生のときに再婚した。母とボクの家には「お父さん」が加わった。音楽と漫画が好きな人だった。
ボクは母の連れ子。つまり、これから産まれてくる赤ちゃんとボクはお父さんが違う。
これまでの家族の構図は「ボク+母」と「父」だったのに、新しい赤ちゃんができることで「母+父+赤ちゃん」と「ボク」の構図になってしまうんじゃないか?これが本当に怖かった。
お兄ちゃんという未経験の職種に加え、大きく変化した職場環境。
「未経験でもOK!たのしい職場です!環境に慣れながらどんどん覚えていきましょう!」そんなわけないじゃん!
俺「お兄ちゃんとしてやっていけるかなあ」
母「そんなんならんでええよ」
俺「えっ……(解雇?)」
母「ヒロキはヒロキのままでええから」
その言葉を、今でも覚えてる。
あの日新生児室で会った妹。ちゃんと可愛かった。だいすきだとおもった。父親がちがう?なにを言っとるんだキミは。ボクと妹は、母と父のたったふたりの子どもじゃないか。
それから母と妹は退院し、我が家にやってきた。
②につづく
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