小さな宇宙もまた巡る(後編)
ー「24:08にバスタに着く」
「それ終電ある?まああるか」
ー「タクシーにするか、荷物あるし」
久しぶりなのに当然かのように自然でなんてことないやり取りが私を安心させた。大抵待ち合わせする時は途中で行き方がわからなくなるので彼にアシストしてもらう。そういう時何故か彼はいつも妙に丁寧に教えてくれる。前はそういうところが好きだった。この日も同じくバスタまでの行き方がわからなくなり彼に聞きいつも通りわかりやすく教えてくれた。変わってなくてそれが少し可笑しかった。
そうこうしているうちに彼は到着し私たちは久しぶりに顔を合わせた。
タクシーで彼の家に向かう間、私たちは今までにないくらい会話が続いた。1年前の私は彼のことが好きだったのでいつも緊張していてあんまり自然に話せなかった。彼の前で素を出せたことがなんとなく嬉しかった。別にこれまでも気を遣うような相手ではなかったのだろうけど、何故かあの頃はできなかった。
彼の家に着いた。タクシーを降りてから歩くここまでの道は少し緊張した。1年前の今頃、夜中に急いで彼の家へと走ったこともあった。あの頃は彼のこととなるととにかく必死で、ずっと全力で追いかけていた。その全力さは結局届くことなく空回りを続けていた。
会わない月日が長くなるごとに追いかけることをやめ私は本来の自分を取り戻していき、勝手に傷ついていた私の心は、いつの間にか強くなっていた。
私は歯ブラシを買うのを忘れたので、彼がシャワーを浴びている間にコンビニに買いに行った。さっきコンビニまでの道を教えてもらったのにやっぱり間違えた。コンビニで歯ブラシと飲み物を買いすぐに戻った。コンビニまで往復10分もかからないのに、1人で歩く道はすごく長く感じた。
家に着くと彼はすでにシャワーを終え、いつものようにキッチンでタバコを吸っていた。そういえば彼の印象といえばこのキッチンでタバコを吸っているイメージが一番強いかもしれない。
ー「もう疲れたから寝る」
と彼は言い、ベッドに入った。
これはある意味、行為をする前の合図のようなものだ。
私は察して歯磨きを手短に済ませ、彼の隣に擦り寄った。久しぶりの彼の体温に幸せなため息が出た。彼は私を抱きしめた。この瞬間はきっと何歳になろうと堪らなく好きな瞬間だ。そこから先は、離れていた時間を忘れさせるくらい‘いつものように‘ことが進んだ。彼はいつもなんの感情もないように見えるが、私の好きな触り方をよく覚えているタイプだ。流石にこの日は1年も空いているので、覚えていてくれたことに驚いた。私に興味がないことはわかっているのにこういう小さな加点ポイントが私を勘違いさせる。ことが終わり寝る時だって振り払われるだろうなって思い試しに手を握って見たら握り返してくれた。少しの間手を繋いだまま寝た。
私はあの頃、多くを望みすぎていたのだと思った。例え体目的でも、この瞬間がこんなに幸せならそれで満足なんだ。少なからず私は毎度満たされていたのだと思う。強欲になるのも悪いことではないが、対彼に至ってはこのくらいがちょうどよくてベストなんだろう。それが私と彼の絶妙なバランス感なのだろう。
ひとりの男についてこんなに長期間にわたってなおかつ深く考えたことがなかった。男は皆単純というが、その単純さが私を複雑にさせた。この先もきっと彼については色々なことを考えながらいるのだろう。私はまだまだ彼に興味津々なのだろう。同じ人間だが、性別の違うひとつの生き物として知りたいことが山ほどある。彼が生きている限り、私を拒絶しない限り、同じような夜を繰り返しながら彼を勉強する。
久しぶりに泊まった彼の部屋は、今まで来た中で一番散らかっていた。
人間らしい一面を発見した私は、少し笑った。
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