家族との時間を増やすために起業した
独立してから、よく聞かれた。「なぜ起業したんですか?」「これからの展望は?」
「出版業界を変えたいから」「人生を変える本をつくりたいから」。いろいろある。でも、なんというか、こういった理由は表向きの回答でしかないような気がする。
決まって最後に僕はこう言い直していた。「でも結局は、家族との時間を増やしたかったからですかね」と。
出版業界はイメージ通りの過酷さだ。
日をまたぐなんて当たり前だし、入稿前はどうしても徹夜になってしまう。土日もない。ぼく自身も前職では、わざわざオフィスの近くに暮らし、夜中の2時ごろに自転車で帰って、ベットで眠る妻と生まれたての息子の寝顔を見て、朝の7時ごろ、「おはよう」とだけ伝えてまた家を出て行く、そんな毎日だった。(まだ「働き方改革」という言葉が浸透していない頃のことだ)
家族と過ごす時間は、平日1日1時間あれば長い方だった。計算すると「平日5日間×24時間=120時間」もあるのに、家族といる時間はたった5時間しかなかったのだ。土日も、頭の片隅に仕事のことがずっとあった。
たまたまそんな時期に、いくつかのタイミングが重なって、出版社として独立することになった。そして、2年が経ち、今に至る。
今のぼくの暮らしはこんな感じだ。
6時半ごろに子どもたちと一緒に起き、朝ごはんを食べ、積み木やパズルで遊びながら着替えを手伝い、8時半ごろに保育園に連れていく。それから1階のオフィス(住居は3階)に出社し、本をつくる。17時ごろに子どもたちが保育園から帰ってきて、オフィスでお菓子を食べながら少し話し、3階の住居に抱っこして送る。子どもたちがベッドに入る20時ごろにはできるだけ家に帰り、寝かしつける。
計算すると、家族といる時間は1日に約3時間ほどある。土日は、滅多なことがないかぎり仕事はしないし、そもそも仕事のことは考えない。「忙しくないですか?」とよく聞かれるが、起業して、家族と一緒にいられる時間が3倍にも増えたのだ。
自分の人生を幸せに思えるかどうか、というのは、大まかにいうと次の2つのどちらかの「長さ」にかかっている。
・自分を好きだと思える時間
・好きな人と一緒にいる時間
場所・時間・お金から自由になるために「複業」が浸透しはじめてきた。多くの人が、上記の2つの時間を増やすためにチャレンジしはじめている。自分の人生をできるかぎり自分でコントロールできるようにしようと。
この複業と同じような文脈で「小さな起業をする」という選択肢もあっていいと思うのだ。
一緒に独立した営業マンにも、ぼくの息子と同い年の娘がいた。同じマンションの1室で、同じ環境で、同じペースで成長している。会うたび、ふざけ合い、抱き合い、時にキスをしたり、幼馴染のような兄弟のような育ち方をしている。その姿が愛しくて仕方がない。
起業時から一緒に働いてくれている編集者も、6月に結婚し、会社にまた1つ家族が増えた。自分の家族だけじゃなく、共同創業者の家族、社員の家族と過ごす時間も増えてきた。幸せがいっぱいだ。
起業する理由は人それぞれにたくさんあるだろう。「世界を変えたい」「イノベーションを起こしたい」「スケールさせたい」。そんな大きな言葉たちの中に、「家族との時間を増やすため」なんて小さな理由が混じっているのも素敵なことじゃないか、と思っている。
もっと、「肩肘張らない起業」が少しずつ増えればいいなと思う。
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