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HCAHPS日本語版を用いた患者経験評価:体系的なレビューと実践的活用ガイド
1. はじめに
本稿では、米国で開発され、世界で広く使用されている患者経験価値調査尺度であるHCAHPS (Hospital Consumer Assessment of Healthcare Providers and Systems) の日本語版について、体系的なレビューを実施し、その結果に基づいた実践的な活用ガイドを提案する。本稿では、HCAHPS日本語版の開発背景、調査項目、分析方法、活用事例、さらに近年注目されている患者中心の医療提供における重要性を深掘りし、医療機関における患者経験評価の有効活用を促す。
2. 患者中心の医療における患者経験評価の意義
現代の医療は、単に病気の治療を行うだけでなく、患者のQOL(Quality of Life)向上や、主体的な健康管理を支援する「患者中心の医療」へと進化を遂げている。この流れの中で、患者経験(Patient Experience, PX)は、医療の質を多角的に評価する重要な指標として注目されている。
PXは、患者が医療サービスを受ける際に得た具体的な「経験」を指し、単なる満足度とは異なる概念である。患者が医療サービスに対して抱く感情、認知、行動、そしてその経験がもたらす影響を包括的に捉える。
PX評価は、患者中心の医療提供において以下の点で重要である。
患者の声の可視化: 患者の経験を定量的に評価することで、患者のニーズや期待、そして改善点などを客観的に把握することが可能になる。
サービス改善の促進: PX評価の結果に基づいて、患者中心のサービス改善活動を効果的に推進できる。
医療の質向上: PX評価は、医療の質を向上させるために重要な指標となり、医療機関の質的向上に貢献する。
医療機関の透明性向上: PX評価の結果を公開することで、医療機関の透明性を高め、患者の選択を支援することができる。
3. HCAHPS日本語版の概要
HCAHPS (Hospital Consumer Assessment of Healthcare Providers and Systems) は、米国AHRQ (Agency for Healthcare Research and Quality) が中心となって開発した世界で広く使用されている患者経験価値調査尺度である。HCAHPS日本語版は、AHRQおよびCMS (Centers for Medicare & Medicaid Services) の承認のもと、日本ホスピタルアライアンスとの共同研究によって開発され、日本での計量心理学的特性が検証されている[1][5]。
3.1. 調査対象と評価領域
HCAHPS日本語版の調査対象は、18歳以上の入院患者である。主な評価領域は以下の8つである。
看護師とのコミュニケーション
医師とのコミュニケーション
病院職員の対応
病院の環境
薬剤に関するコミュニケーション
退院時の情報提供
病院の総合的評価
病院の推奨度
3.2. HCAHPS日本語版の共通項目
HCAHPS日本語版は、患者の入院経験を多角的に評価するために、以下の共通項目について質問します。
コミュニケーション
看護師とのコミュニケーション (看護師はあなたの質問に丁寧に答えてくれましたか?)
医師とのコミュニケーション (医師はあなたの病気や治療についてわかりやすく説明してくれましたか?)
痛み管理
痛みの管理 (痛みがあるとき、スタッフはあなたの痛みを管理するのを手伝いましたか?)
薬剤に関する情報提供
薬剤に関するコミュニケーション (あなたは新しい薬について説明を受けましたか?)
退院準備
適切な請求書と退院情報 (退院前に、あなたが理解できる言葉で説明を受けましたか?)
病院環境
病院環境のクリーン化 (病院の部屋やトイレは清潔でしたか?)
院内の静粛性 (病院の部屋は静かで落ち着いていましたか?)
推奨度
病院を推薦する意志 (この病院を他の人に推薦しますか?)
総合評価
病院全体に対する総合的な評価 (この病院はあなたの期待に応えていましたか?)
HCAHPS日本語版では、これらの共通項目に加えて、以下の項目も評価項目として含まれます [10]。
入院への準備
入院前に、あなたの治療について十分な説明を受けましたか?
入院前に、あなたが理解できる言葉で説明を受けましたか?
入院中の情報提供
入院中に、あなたの治療について十分な説明を受けましたか?
入院中に、何か困ったことがあったとき、すぐに相談できる人がいましたか?
退院後のケア
退院時に、退院後のケアについて説明を受けましたか?
退院時に、あなたが理解できる言葉で説明を受けましたか?
退院後に、何か困ったことがあったとき、相談できる人がいましたか?
以下は、HCAHPS調査の2023年版で、実際に出題される質問です。
1. 看護師とのコミュニケーション
質問1: この病院での滞在中、看護師はあなたに礼儀正しく接しましたか?
質問2: この病院での滞在中、看護師はあなたの質問に丁寧に答えてくれましたか?
質問3: この病院での滞在中、看護師はあなたのことを気にかけていると感じましたか?
質問4: この病院での滞在中、看護師はあなたの痛みを和らげるために何か行動を起こしましたか?
2. 医師とのコミュニケーション
質問5: この病院での滞在中、医師はあなたに礼儀正しく接しましたか?
質問6: この病院での滞在中、医師はあなたの質問に丁寧に答えてくれましたか?
質問7: この病院での滞在中、医師はあなたの病気や治療についてわかりやすく説明してくれましたか?
質問8: この病院での滞在中、医師はあなたの意見や希望を聞いてくれましたか?
3. 病院職員の対応
質問9: この病院での滞在中、病院の職員はあなたに親切で、礼儀正しく接していましたか?
質問10: この病院での滞在中、病院の職員はあなたの要望に迅速に対応してくれましたか?
質問11: この病院での滞在中、病院の職員はあなたのプライバシーを尊重していましたか?
4. 病院の環境
質問12: この病院での滞在中、あなたの部屋やトイレは清潔でしたか?
質問13: この病院での滞在中、あなたの部屋は静かで落ち着いていましたか?
質問14: この病院での滞在中、病院の食事はおいしかったですか?
5. 薬剤に関するコミュニケーション
質問15: この病院での滞在中、あなたは新しい薬について説明を受けましたか?
質問16: この病院での滞在中、あなたは薬の効果や副作用について説明を受けましたか?
質問17: この病院での滞在中、あなたは薬の飲み方について説明を受けましたか?
6. 退院時の情報提供
質問18: この病院での滞在中、あなたは退院後のケアについて説明を受けましたか?
質問19: この病院での滞在中、あなたは退院後の薬の飲み方について説明を受けましたか?
質問20: この病院での滞在中、あなたは退院後の受診について説明を受けましたか?
7. 退院準備
質問21: この病院での滞在中、入院前に、あなたの治療について十分な説明を受けましたか?
質問22: この病院での滞在中、入院前に、あなたが理解できる言葉で説明を受けましたか?
質問23: この病院での滞在中、入院中に、あなたの治療について十分な説明を受けましたか?
質問24: この病院での滞在中、入院中に、何か困ったことがあったとき、すぐに相談できる人がいましたか?
質問25: この病院での滞在中、退院時に、退院後のケアについて説明を受けましたか?
質問26: この病院での滞在中、退院時に、あなたが理解できる言葉で説明を受けましたか?
質問27: この病院での滞在中、退院後に、何か困ったことがあったとき、相談できる人がいましたか?
8. 総合評価
質問28: この病院を他の人に推薦しますか?
質問29: この病院はあなたの期待に応えていましたか?
9. 病院への総合評価
質問30: 0を「最悪」10を「最高」として、この病院を評価してください。
質問31: あなたは、この病院をあなたの友人や家族に勧めたいですか?
10. 患者さんの理解
質問32: この病院での滞在中、スタッフはあなたの好みや、家族や介護者の好みを考慮して、あなたの医療の必要性について決定しましたか?
質問33: この病院での滞在中、退院時に、あなたが自分の健康管理について責任を持つために必要なことを理解していましたか?
質問34: この病院での滞在中、退院時に、あなたが服用する薬について、その目的を理解していましたか?
11. 患者さんの状態
質問35: 全体的に見て、あなたの精神状態や感情状態はどうですか?
質問36: 全体的に見て、あなたの健康状態はどうですか?
質問37: あなたの最終学歴は?
質問38: あなたはスペイン語、ヒスパニック、またはラテン系の起源または出自ですか?
質問39: あなたの民族は?
質問40: あなたは家で主にどの言語を話しますか?
6. HCAHPS日本語版を用いた調査方法
6.1. データ収集
対象患者の選定: 18歳以上の入院患者で、1泊以上の宿泊をし、退院時に非精神病診断を受け、生存して退院した患者から無作為に抽出される[1]。
調査実施: 選定された患者に対して、約27の質問からなるHCAHPS日本語版アンケートが実施される[1]。通常、患者は退院時にアンケートを受け取るか、オンラインで回答する。
6.2. データ処理
データの収集: 患者から回収されたアンケート結果は、HCAHPSデータウェアハウスに提出される[1]。
データクリーニング: 収集されたデータは、不完全な回答や不適切なデータを除外するなど、クリーニングが行われる。
データ分析: クリーニングされたデータは、専門のスタッフによって分析される[1]。分析には、統計ソフトを用いて、各項目のスコア算出、比較分析、改善点の特定などが行われる。
7. HCAHPS日本語版を用いた分析結果の活用
7.1. 結果の活用
スコア算出: 各項目についてスコアが算出され、病院の全体的なパフォーマンスが評価される。
比較分析: 他の医療機関との比較や、過去のデータとの比較分析が行われる。
改善点の特定: 分析結果から、病院サービスの改善が必要な領域が特定される。
公開: 分析結果は、一般消費者向けにウェブサイトで公開されることがある[1]。
7.2. 結果の活用方法
サービス改善: 分析結果に基づいて、病院は患者とのコミュニケーション改善や環境整備などの具体的な改善策を実施する。
スタッフトレーニング: 低スコアの領域に関して、病院スタッフへの追加トレーニングが行われることがある。
経営戦略への反映: 分析結果は病院の経営戦略に反映され、長期的な改善計画の立案に活用される。
8. HCAHPS日本語版を用いた他病院との比較と独自項目の追加
8.1. 他病院との比較
ベンチマーキング: HCAHPS日本語版の結果を用いて、他の医療機関とのベンチマーキングが可能である。
全国平均との比較: 日本ホスピタルアライアンス(NHA)が実施するPXサーベイに参加することで、全国約80病院のデータと自院のデータを比較することができる。
経時的比較: 自院の過去のデータと比較することで、改善の進捗状況を把握し、継続的な改善活動を行うことができる。
8.2. 独自項目の追加
HCAHPS日本語版は標準化された調査ツールであるが、各医療機関の特性や目的に応じて独自の項目を追加することが可能である。
地域特性の反映: 地域の特性や文化に関連した質問を追加することで、より詳細な患者経験の把握が可能になる。
診療科別の項目: 特定の診療科に特化した質問を追加することで、より専門的な観点からの評価が可能になる。
病院独自のサービスの評価: 病院が提供する特別なサービスや取り組みに関する質問を追加することで、それらの効果を測定できる。
患者ニーズの把握: 患者のニーズや期待をより詳細に把握するための質問を追加することができる。
独自項目を追加する際の注意点:
標準化されたHCAHPS項目との区別を明確にすること。
追加項目が全体の調査の長さや回答率に悪影響を与えないよう配慮すること。
追加項目の妥当性と信頼性を確保すること。
9. 患者中心の医療提供におけるHCAHPS日本語版の重要性
近年、患者中心の医療提供が重視されており、患者のニーズや期待を理解し、それに応えることが求められている[8]。HCAHPS日本語版は、患者の視点から病院サービスを評価し、患者中心の医療提供の質を高めるために役立つツールである。
患者の声の可視化: HCAHPS日本語版は、患者の声、特に患者が重視するポイントを可視化し、医療従事者にとって貴重なフィードバックを提供する。
患者中心の改善活動の促進: HCAHPS日本語版の結果に基づいて、患者中心のサービス改善活動を推進することができる。
医療機関の透明性の向上: HCAHPS日本語版の結果を公開することで、医療機関の透明性を高め、患者の選択を支援する。
10. HCAHPS日本語版の導入における成功例と失敗例
10.1. 導入成功例
自動化による効率化: ABBYYのような自動化ソリューションを導入することで、HCAHPS調査の処理ワークフロー全体を自動化し、エラーを減らし、期日通りのデータ提出が可能となり、診療報酬の減額を防ぐことができた。
患者満足度向上: HCAHPSスコアが高い病院は、患者満足度の向上とともに、メディケアからの高い報酬を受けることができ、財務的成功を収めた。
10.2. 導入失敗例
スコアの低下によるペナルティ: HCAHPSスコアが低い病院は、メディケアの資金制限を受け、財務的ペナルティを受けることがあった。
不適切な対応: 医療従事者がスコアを上げるために、重要な質問を避けるなど、医療の質を低下させる可能性がある行動をとることが問題となった。
11. HCAHPS日本語版の実践的活用ガイド
HCAHPS日本語版は、医療機関の患者経験評価、サービス改善のための強力なツールである。以下に、効果的な活用ガイドを示す。
11.1 データ収集と処理
データ処理の自動化: スコアの正確性と提出期限の遵守を確保するために、データ処理の自動化を検討する。ABBYYのようなソリューションの導入が有効である[7]。
データのセキュリティとプライバシー: 患者情報の適切な管理とセキュリティ対策を講じ、プライバシー保護を徹底する。
11.2 分析と結果の活用
多角的な分析: HCAHPS日本語版の結果を、単にスコアとして捉えるだけでなく、各項目間の関連性や、患者層、診療科別の傾向などを分析することで、より深い洞察を得ることができる。
比較分析の活用: 他病院とのベンチマーキング、全国平均との比較、自院の過去のデータとの比較を行うことで、自院の強みや改善点を見つけ、具体的な改善策を検討する。
改善目標の設定: 分析結果に基づいて、具体的な改善目標を設定する。SMART(Specific、Measurable、Achievable、Relevant、Time-bound)の基準を用いることで、より効果的な目標設定が可能となる。
結果の可視化: データ可視化ツールを用いることで、分析結果を分かりやすく視覚化し、関係者への共有と理解を深める。
フィードバックと継続的な改善: 患者やスタッフからのフィードバックを収集し、HCAHPS調査の結果を定期的に見直し、改善策を継続的に実施するサイクルを構築する。
11.3 患者中心の医療への応用
患者とのコミュニケーションの強化: HCAHPS日本語版の結果に基づいて、患者とのコミュニケーションの質向上に取り組む。患者が理解しやすい言葉で説明を行うこと、患者の質問に丁寧に答えること、患者の意見や希望を尊重することが重要である。
患者のエンパワメント: 患者が自身の治療や健康管理に主体的に参加できるよう支援する。退院前に、退院後のケアや服薬に関する情報を提供する、患者教育プログラムを実施するなどの取り組みが有効である。
11.4 独自項目の追加
病院の特性や目標に合わせて、HCAHPS日本語版に独自項目を追加することで、より詳細な患者経験を把握し、改善策を検討することができる。
独自項目の設計: 独自項目は、明確な目的を持ち、調査全体の質を落とさないよう慎重に設計する。
信頼性の確保: 独自項目の妥当性と信頼性を検証する。
データの分析方法: 独自項目から得られたデータを適切に分析し、その結果を病院の改善活動に役立てる。
12. 結論
HCAHPS日本語版は、日本の医療機関における患者経験の評価と質改善活動に貢献する重要なツールである。本稿で示した体系的なレビューと実践的な活用ガイドを参考に、HCAHPS日本語版を効果的に活用することで、患者満足度向上、医療の質向上、そして患者中心の医療提供の実現に繋げることが期待できる。
参考文献
[1] Aoki, T., Nagata, K., Amano, R., & Sugimoto, Y. (2020). Development and validation of a Japanese version of the Hospital Consumer Assessment of Healthcare Providers and Systems survey. BMJ Open, 10(8), e039032.
[2] Aoki, T. (2023). HCAHPS日本語版の開発・検証と分析事例. Researchmap. Retrieved from https://researchmap.jp/takuya-aoki/presentations/31320732
[3] 医療の質評価の全国展開を目指した調査研究. (2018). MHLW Grants. Retrieved from https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/28060
[4] 小児患者およびその保護者の入院医療に関する経験を評価するChild ... (2023). 大阪公立大学医学部医学科 医学研究科. Retrieved from https://www.omu.ac.jp/med/info/news/entry-04725.html
[5] 入院患者満足度の総合評価に関連する要因の探索. (2009). J-Stage. Retrieved from https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbfsa/21/2/21_1/_pdf
[6] HCAHPSサーベイ:調査とは何か、そしてどのように改善するか | QuestionPro https://www.questionpro.com/blog/ja/hcahps%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%99%E3%82%A4%EF%BC%9A%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%8B%E3%80%81%E3%81%9D%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%A9%E3%81%AE%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%AB%E6%94%B9/
[7] HCAHPS(患者満足度調査)の処理を自動化 - ABBYY https://www.abbyy.com/ja/solutions/healthcare/hcahps-processing/
[8] 宮崎 智行, 小林 克哉, 大西 克彦, 上野 敬, 永田 賢治, 加藤 淳, & 木村 正裕. (2010). 入院患者満足度調査(HCAHPS)の実施と患者満足度向上のための取り組み. 日本病院会雑誌, 84(4), 220-226. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhm/19/4/19_220/_pdf/-char/en
[9] 日本ペイシェント・エクスペリエンス研究会メールマガジン/Vol.277 - 一般社団法人日本ペイシェント・エクスペリエンス研究会 https://www.pxj.or.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B9%E7%A0%94%E7%A9%B6%E4%BC%9A%E3%83%A1-248/
[10] 患者の経験調査(HCAHPS, NHS)の活用について, 患者経験調査(HCAHPS, NHS)の活用について | 患者中心の医療推進支援センター https://jq-qiconf.jcqhc.or.jp/wordpress/wp-content/uploads/2024/01/Ref4_PX_hcahps_NHS-1.pdf