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肩関節脱臼の解剖学的理解と臨床対応:最新の診断・治療・リハビリテーションの動向

はじめに


肩関節脱臼は、上腕骨頭が肩甲骨の関節窩から外れる外傷です。転倒、スポーツ活動中の衝撃、直接的な外力などによって発生しやすく、特に若い男性に多く見られます。本レビューでは、肩関節脱臼の発生頻度、機序、リスク因子、診断、治療、リハビリテーションに関する最新のエビデンスをまとめ、肩関節脱臼の包括的な理解を深め、今後の研究や臨床における指針となることを目指します。

1. 肩関節の解剖学と機能


肩関節は、ヒトの体の中で最も可動域が広い関節であり、腕の様々な動作を可能にする複雑な構造を持っています。肩関節は、複数の骨と関節、靭帯、筋肉によって構成されており、これらの要素が複雑に連携することで、腕の挙上、回旋、屈伸などの幅広い動きを実現しています。

骨: 肩関節を構成する主な骨は、肩甲骨、鎖骨、上腕骨です。
肩甲骨: 三角形をした扁平骨で、背中の肩甲骨上腕関節を形成します。
鎖骨: S字型の骨で、胸骨と肩甲骨を繋ぎ、肩の安定性を保ちます。
上腕骨: 腕の骨で、肩甲骨上腕関節を形成し、腕の動きを担います。

関節: 肩関節には、肩甲上腕関節、肩鎖関節、胸鎖関節、肩甲胸郭関節の4つの主要な関節が存在します。
肩甲上腕関節 (Glenohumeral joint): 肩の最も重要な関節で、上腕骨頭と肩甲骨の関節窩で形成されます。腕の屈曲、伸展、外転、内転、回旋などの多くの動きに関与しています。この関節は、浅い関節窩と大きな上腕骨頭という構造上の特徴から、本来不安定な関節であるため、脱臼しやすい構造となっています。
肩鎖関節 (Acromioclavicular joint): 鎖骨と肩甲骨の肩峰で形成される関節です。肩の安定性に貢献し、腕を持ち上げたり、肩を回転させる動作を支えます。
胸鎖関節 (Sternoclavicular joint): 鎖骨と胸骨で形成される関節です。鎖骨の動きを制御し、肩の安定性を維持する役割を担います。
肩甲胸郭関節 (Scapulothoracic joint): 肩甲骨と胸郭の間の関節です。肩甲骨の動きを制御し、肩の可動域を拡大する役割を担います。

靭帯: 関節の安定性を維持するために、様々な靭帯が骨と骨を繋いでいます。
肩甲上腕靭帯: 肩甲骨と上腕骨を繋ぐ靭帯で、肩甲上腕関節の安定性に貢献します。
肩鎖靭帯: 鎖骨と肩甲骨を繋ぐ靭帯で、肩鎖関節の安定性に貢献します。
烏口鎖骨靭帯: 烏口突起と鎖骨を繋ぐ靭帯で、肩鎖関節の安定性に貢献します。

筋肉: 肩の動きと安定性を支える様々な筋肉が、肩関節周囲に存在しています。
回旋腱板筋群: 棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋の4つの筋肉から構成され、肩関節の安定性と回転運動に重要な役割を果たします。
肩甲骨安定化筋: 僧帽筋、前鋸筋、菱形筋など、肩甲骨の動きを制御し、肩関節の安定性を維持する筋肉です。
その他の筋肉: 大胸筋、広背筋、三角筋など、肩の動きを担う筋肉群があります。

2. 肩関節脱臼の発生頻度と疫学


肩関節脱臼の発生率は、10万人年あたり約23.9~24.0件と推定されています [3]。
男性の発生率は女性よりも高く、全体の約70~72%が男性で発生します [3]。
最も高い発生率は15~20歳の若年男性で観察され、10万人年あたり80.5~106.9件となっています [3][7]。

3. 肩関節脱臼の機序とリスク因子


肩関節脱臼は、以下の要因によって発生します。

転倒: 特に高所からの転倒や、足が滑って転倒した場合に発生しやすいです。
スポーツ活動: 接触スポーツや、オーバーヘッド動作を伴うスポーツ (野球、バレーボール、テニスなど) で発生しやすいです。
直接的な外力: 肩への直接的な衝撃、交通事故、暴行などが原因となることがあります。
肩関節脱臼のリスク因子は以下の通りです。

年齢: 若年層 (30歳未満) は、関節周囲の靭帯や筋肉が未発達なため、脱臼のリスクが高いです。
スポーツ活動: 接触スポーツやオーバーヘッド動作を伴うスポーツの経験者は、脱臼のリスクが高まります。
解剖学的要因: 関節窩が浅い人や、上腕骨頭が大きい人は、脱臼のリスクが高まります。
過去の肩関節脱臼歴: 一度脱臼したことがある人は、再発のリスクが高くなります。

4. 肩関節脱臼に伴う損傷


肩関節脱臼は、単に上腕骨頭が関節窩から外れるだけでなく、以下の様な合併症を伴うことがあります。

靭帯損傷: 関節周囲の靭帯は、肩関節の安定性を維持するために重要な役割を果たしています。肩関節脱臼が発生すると、肩甲上腕靭帯、肩鎖靭帯、烏口鎖骨靭帯などの損傷が起こることが多く、再発のリスクを高める要因となります。

Bankart病変 (前下方関節唇損傷): 前方脱臼の73~85%に認められます [8]。関節窩の前縁にある関節唇が剥がれる損傷で、肩の安定性を維持する重要な構造であるため、損傷すると再発のリスクが高まります。

Hill-Sachs病変 (上腕骨頭後外側の圧迫骨折): 上腕骨頭が関節窩に衝突して発生する骨損傷です。

その他の損傷:
回旋腱板断裂
神経損傷
血管損傷

5. 肩関節脱臼の診断


肩関節脱臼は、以下の方法によって診断されます。

問診: 患者の症状や既往歴などを詳しく聞き取ります。
身体診察: 肩の可動域や痛みなどを調べます。
X線撮影: 脱臼の確認、合併骨折の評価を行います。
MRI: 必要な場合、MRI検査で軟部組織の損傷 (Bankart病変、肩甲上腕靭帯損傷など) を評価します。
肩鎖関節脱臼の診断: 肩鎖関節脱臼では、ピアノキーサインと呼ばれる特徴的な徴候が見られることがあります。鎖骨が上方に変位し、下方に押し下げると元の位置に戻る様子がピアノの鍵盤のように見えることから、この名前がつけられています。

6. 肩関節脱臼の治療


肩関節脱臼の治療法は、脱臼の程度、患者の年齢、活動レベルなどを考慮して決定されます。

整復: 脱臼した上腕骨頭を関節窩に戻す処置です。早急な整復が重要で、24時間以内の整復が推奨されます [9]。
固定: 整復後、数週間の固定を行います。従来は内旋位での固定が一般的でしたが、近年は外旋位での固定が検討されています。
リハビリテーション: 固定解除後、可動域訓練、筋力強化、プロプリオセプション訓練を行います。
手術: 若年で反復脱臼や大きな関節唇損傷、靭帯損傷がある場合に検討されます。

7. 肩関節脱臼のリハビリテーション


肩関節脱臼後のリハビリテーションは、再発防止と機能回復を目的として行われます。

可動域訓練: 肩関節の可動域を徐々に回復させるための運動を行います。ペンデュラム運動、肩のストレッチ、アイソメトリック運動などがあります。
筋力強化: 回旋腱板筋群、肩甲骨安定化筋、三角筋、上腕二頭筋、上腕三頭筋などを強化する運動を行います。
プロプリオセプション訓練: 空間認識、バランス、関節位置感覚を改善する運動を行います。バランスボード、片脚立ち、ボール投げなどがあります。
神経筋コントロール訓練: 関節の動きを制御する神経と筋肉の連携を改善する運動を行います。

8. 肩関節脱臼の予後


肩関節脱臼の予後は、損傷の程度、年齢、活動レベル、リハビリテーションの経過などによって異なります。適切な治療とリハビリテーションを行うことで、多くの場合、日常生活やスポーツ活動への復帰が可能です。

9. 今後の展望


肩関節脱臼に関する今後の研究方向としては、以下の様な点が挙げられます。

より効果的なリハビリテーションプログラムの開発
新しい治療法や手術技術の開発
長期的な予後に関する研究
再発防止のための予防策の開発

結論


肩関節脱臼は、若年男性に多く見られる外傷であり、適切な治療とリハビリテーションが重要です。本レビューでは、肩関節脱臼の発生頻度、機序、リスク因子、診断、治療、リハビリテーションに関する最新のエビデンスをまとめました。今後、さらなる研究を通して、肩関節脱臼の治療と予防に関する知見を深め、患者のQOL向上に貢献していくことが重要です。

参考文献


[1] Mechanisms of shoulder trauma: Current concepts - PMC - NCBI
[2] Mechanisms of traumatic shoulder injury in elite rugby players
[3] Has the management of shoulder dislocation changed over time?
[4] Traumatic Shoulder Injuries: A Force Mechanism Analysis—Glenohumeral Dislocation and Instability | AJR
[5] Frontiers | Case report of old anterior dislocation of the shoulder joint and review of the literature
[6] Shoulder Dislocations Overview
[7] Acromioclavicular Joint Injury - StatPearls - NCBI Bookshelf
[8] Overview of Shoulder Dislocation Reduction Techniques
[9] Management of primary anterior shoulder dislocations: a narrative review - Sports Medicine - Open
[10] Incidence of shoulder dislocations in the UK, 1995–2015: a population-based cohort study

注釈
本レビューは、文献調査に基づいて作成されたものであり、医療アドバイスを目的としたものではありません。
肩関節脱臼の治療やリハビリテーションに関する詳細な情報については、医療従事者に相談してください。

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