花屋
花屋の配達員をやっている鎌田龍介は搬入先のフラワーショップの店員吉崎麻衣子と懇意になった。
麻衣子はシングルマザーで4歳の娘と10歳の息子がいる。
鎌田と麻衣子は何度か仕事終わりに喫茶店で少し話すなどをしていたが大体数十分で麻衣子が子供を迎えに行く時間になりお開きになっていた。
「あの・・・・麻衣子ちゃんさ、、、今度良ければなんやけど、、、子供達と一緒にどっか行けへん?」
「え?、、良いんですか?」
「いきなり知らんおっさん来られても子供ら面食らうかなあ?」
「ああ・・・そうね、、、でも子供達に聞いてみますね?、、、でも二人ともビッくりするかもねえ・・・鎌田君大きいから」
後日子供達のオーケーが出たとのことで鎌田と吉崎家3人で動物園に行くことになった。
娘の愛菜は割と直ぐになついて鎌田の手をひいて動物を見て周った。お兄ちゃんの幸祐も鎌田が話しかけると何でもしっかりとした受け答えで返答した。
「ものすごいしっかりした子ぉ等やねえ」
広場のベンチに座って休憩中に鎌田が呟いた。
「そおですか?・・・結構厳しくしつけたつもりだからそお思ってもらえると嬉しいけど」
「麻衣子ちゃん・・・頑張ってきたんやねぇ、、、」
子供達は二人から少し離れて広場の芝生にしゃがんでいる。
幸祐が虫を捕まえて愛菜の掌にポトリと落としてやった。
「わあぁ・・・虫さんダァ、、、ママー、、、お兄ちゃんが虫とってくれたー」
愛菜が小さい手に虫を大事そうに抱えて麻衣子のもとに走り寄ってきた。
両手を開くと小さな蟻が愛菜の掌の上をチョコチョコと蠢いていた。
「愛菜よかったねぇ。幸祐にありがとう言いな・・」
「お兄ちゃん、、虫ありがと」
鎌田は世界は美しいと思った。もし仮に神様の様なものが居るとして誰かを祝福するのならばこの吉崎家の人々を真っ先に祝福して欲しいと心から思った。
動物園を見終わった吉崎家と鎌田は近所の回転寿司に行った。
幸祐も愛菜も沢山寿司を食べた。
嬉しそうに寿司を頬張る愛菜と幸祐を眺めていると鎌田はとても幸せな気持ちになった。
そんな風にして鎌田と吉崎家の麻衣子、愛菜、幸祐は週末の休みを利用して何度か一緒に出かけたり食事をしたりしていた。
ある時一緒にお風呂に行こうということになり鎌田の提案で少し離れた所にある山間の町営温泉に行くことになった。
鎌田の車で3人を迎えに行って温泉に向かった。
幸祐とは何度も会ううちにだいぶ打ち解けてきていてこれなら一緒に大衆浴場に行っても大丈夫だろうと思い鎌田が提案した事だったのでとても嬉しい気持ちでハンドルを握った。
町営の小さな温浴施設で食堂も有りそこで食事してから帰っても良いなと思っていた。
4人分の入浴券を購入し受付を済ませると幸祐と鎌田、麻衣子と愛菜それぞれ男湯と女湯に分かれた。
幸祐と鎌田は体を洗い湯船に浸かると幸祐が露天風呂に行きたがったので二人で露天風呂に移動した。
カラカラと露天風呂と室内風呂を隔てるドアを開けて外に出ると一人先客がいた。
歳は40代くらいでがっしりとした体格で湯船につかってはいたが背も高そうだった。背中に刺青が入っているのが見えた。
二人は静かに湯船に浸かった。
幸祐は初めて刺青の入った男を目の当たりにしたのかチラチラと男の背中に入った不動明王を見ていた。
「幸祐君、、、失礼だからあんまり人の事をじろじろと見るものじゃないんだよ」
と幸祐を小声で嗜めると刺青の入った男に少し頭を下げて
「どうもすみません、、、うちの子供が」
と謝まった。
「いやいやこちらの方こそお子さんをびっくりさせてしまってすみませんでした、、、、、坊やごめんね・・・こんな絵が背中に描いてあって怖かったかな?」
と刺青の男が言ってきた。
幸祐は恥ずかしそうにモジモジとしていた。
「可愛い坊やですねぇ、、、お母さん似なのかな?」
「いやあ、、実は女房の連れ子でして」
「はああそうですか、、、、これは失礼」
そんな風なやりとりがあった。
風呂を出て脱衣所で着替えると先ほどの刺青の男が着替えを終えて出ていく所だった。
鎌田は軽く会釈をすると男が近寄ってきた。
「先ほどは失礼なことを聞いてしまってすみませんでした、、、お兄さんは真面目そうな方なので用はないかとは思いますが、、、何か有りましたらご連絡ください」
そう言うと名刺を渡して脱衣所を出て行った。
名刺には〇〇組 藤原寛司
と有り電話番号が記してあった。
そんな風なことが有った。麻衣子にもその経緯は話したのだが名刺を貰ったことは言わなかった。