吉村明伸
吉村明伸はある時用事があって車で246を走っていた。
六本木の交差点に差し掛かるとアマンドが見えた。
「あ・・・布袋と氷室が待ち合わせたところだ」
と思った。布袋と氷室の待ち合わせ場所。として喫茶店を認識する事を思った。
数年前吉村はある児童施設で働いていた。学童保育の送迎の仕事で運転手としてつとめていた。
一年に一回行事で運転手の出し物をするコーナーが有って吉村と他の二人の運転手も各々なんらかの芸みたいな事を児童たちの前で披露する。
吉村はその施設に五年ほど勤めたのだが毎年となりのトトロの散歩という歌を歌った。
五年目の出し物の行事が近づいた時にやはり他に適当な歌が思い浮かばず「散歩」を歌う事にした。
吉村は学生時代にコピーバンドをやっていたのでギターが弾けた。それでギターの弾き語りで「散歩」を歌う事にした。
吉村がなぜ毎年毎年この散歩を歌っていたのか。というと単に考えるのがめんどくさいから、という事も否定はできないところはあったのだが。この「散歩」という歌が好きだったから。
作詞が中川李枝子、作曲は久石譲でどことなくビートルズ的だなと思って曲も好きだったし「いやいやえん」「空色の種」など児童文学の大家である中川李枝子の歌詞が吉村は特に大好きだった。
色々な事が散歩の道の途中にあるけれども私は元気に歩いていくんだと言い切っている。私は元気。と。
これ以上の曲は無い。とまで思って吉村は5年間児童の前で歌い続けていた。
五年目のことだが他の二人のうちの運転手で松本さんという人がいてその人が森のくまさんを歌う事になった。松本さんは森のくまさんを替え歌にして歌う事にした。
事前に歌詞を見せてもらうと児童施設の子供たちのことや先生のことが替え歌で歌われており非常に素晴らしい内容だった。それで吉村ともう一人の運転手で伴奏をする事になった。
本番の日を迎えた。延べ130人程の児童の前で吉村はほんのり緊張状態で散歩を歌った。心なしか盛り上がりにかけるような気がした。
なんとか3番まで歌いきって。次に松本さんの森のくまさんの番になった。
児童館の子供たちや先生のことを歌った歌詞の内容に会場は熱狂の渦に巻き込まれた。替え歌で歌詞の内容はわからないはずなのに子供たちは間の手も歌い出した。
違いが分かりやすく綺麗に出ていた様な気がした。
吉村は自分の思い入れのある曲を自分なりに心を込めて歌ったが松本さんは子供たちのことを思いやって歌を作ってきていた。それがダイレクトに子供達に響いたのだと思った。
吉村は自分は間違っていたと思った。
そしてその気づきを与えてくれた児童館と運転手の松本さんに感謝した。