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電車で偶然見かけた人

D子? ——電車の中で見かけたのは、一度だけ酔った勢いでキスした昔の友人か。

その人は妊婦さんでした。吊革に掴まるその人を見たとき、私は「おい誰か座らせてやれよ」とは思いませんでした。それは後から思ったことです。

まず思ったのは「え、D子?」

あれは人生が大渋滞を起こした時代。私だけでなく、なんかもう猫も杓子もみんな気紛れで辛いというか。シッチャカメッチャカな人が集まって毎日多重事故を起こしている。そんな日々の中で起こるべくして起こった一瞬の出来事——軽い接触事故でした。

深夜過ぎ。ふたりはしこたま飲んでいました。とうに終電はなく、朝まで時間を潰せる場所を求めて六本木を彷徨っていました。飲み直そうと言えるほどの余裕はもうどこにも残っていません。ただ、ひとまず落ち着きたかった。

六本木交差点からさほど遠くない場所だったと思います。私たちは終夜営業の店を見つけて入りました。店内は薄暗く、大人のラウンジバーといった風情です。天井から床に達するレース状のカーテンウォールで仕切られた半個室に、大きめのビーズクッションがゴロリと2つ3つ置かれています。

そのクッションに肩を寄せ合うように寄りかかって、私たちはキスをしました。

そもそも。結婚の決まったD子が独身最後だからと言うので、飲みに連れてってくださいとか何とか、そんな話でした。

最初は渋谷のバーだったと記憶していますが——定かではありません。とにかくどこかのバーで「結婚を控えた彼女とそれを見送る男友達」という主題でオリジナルカクテルを作ってもらいました。そういうどうでも良いことは覚えているものです。

キスは思いのほかハードでした。

D子が舌を入れてきました。私はその舌を包み込むように吸って舌を絡めました。これはもう脊髄反射のようなものです。D子に対してその手の欲望を感じたことはなかったし、まったくタイプじゃない。友達以上で友達以下つまり友達です。

私たちは「お互いの顔が10cmの距離にあって、なおかつお酒が入っていた場合にのみ有効な起爆装置」のようなものを起動させてしまったのです。

D子が唇を放し「病気持ってないですよね?」と訊いてきました。

 (おまえな……)

それからまたキスをしました。すると今度はD子が私の股間を弄(まさぐ)り始めました。

パンツ(ズボン)の上から性器を揉んだり、上下に扱(しご)くように動かしたり、下から私を覗き込むように見て「勃ってますよ」と言ってきたり——

私は私でD子の胸を揉んでいましたし、そんなこんなですっかり火がついてしまったので、思わずブラジャーの中に手を入れて乳首を触ったり、指で摘んだりコリコリと揉みほぐしたり、指先で乳輪をなぞったりしました。

わりと鮮明に覚えている。自分でもビックリです。

そんな火遊びが終わりを告げたのは、D子が私の性器を——ファスナーを下ろして直接性器を触ろうとしたからです。

それは流石にまずいだろ、と私は言いました。どちらかと言うと「そういう店じゃないだろ」程度の意味だったのですが、無駄な衝動を抑えるのにちょうど良い合言葉になりました。

そのD子が今、同じ電車に?

いやまさかね、別人だろう、似ているような気はするけれど、他人の空似かな、それにしても似ているな、などと考えていると降りる駅が来てしまい——

という訳で、あの日のD子の本心、現在の状況、今の私に対する気持ち、彼女の未来をタロットカードを使って占ってみたいと思います。フォーカードスプレッド。ボトムカードを補足として参照します。

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