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2023年のふりかえり

今年も色々あった。面白いオチなどないが、ふりかえる。



『大阪SFアンソロジー:OSAKA2045』に寄稿等

もう何度もSNSで言及しているので今さら感はあるが、今年の私的なトピックスのひとつ。商業出版に2年連続で載ってしまったのは、自分でもどうかしていると思う。他の作品群に比べれば凡庸なのは従来同様。公募(筆者名を隠しての選考だった)の拙作を選んでくださったのは私ではないし(開き直り)、刊行後に好意的な感想を目にする機会もあったので、よしとしたい。枚方の菊人形はもとより、南海トラフ地震を明確に描いた作品は他には無かったので、それなりの独自性はあったのかもしれない。

第3回かぐやSFコンテストは選外佳作だった。最終候補には残れなかったものの、これでも過分な評価をいただいたと思う。後述するが、書くことについては特に今年半ばから後半にかけては筆が進まなかったので。

関連して、11月のかぐやフェスティバル2023に、調子づいて「参加してしまった」のも、これまでの自分では考えられなかった行動だった。楽しかったからよしとする。

バゴプラとは異ジャンルになる。少し前、若手のソーシャルワーカーたちが新な団体を創設して活動を始めた際に話を聞いたことがあった。曰く、団体の設立動機の一つには、既存の専門職団体では満たせないものを自らつくる、があったように記憶している。かぐやレーベルの3年間を見ていると、雑誌や作家クラブとは違う、オルタナティブな選択肢や活動の場の提示という意味で近しいものを感じる。

今年は、大学以来の友人が、新たに資格取得をめざしたり団体の活動に本腰を入れている姿も見聞した。自分にはそこまでのパワーはないなと思いつつ、意欲的に取り組む人たちは応援していきたいと思う。

少しだけ発声に「開眼」したかもしれない

合唱は引き続き活動を続けている。2024年は本格的な演奏会の開催も予定している。ソロ(独唱)をとるチャンスもある。若手もひとりソリストに名乗りを上げている。選ぶのは自分ではないので、その意味では小説の公募に近いか。とにかくベストを尽くすしかない。

もう何年歌ってんだよという話でもあるが、今年はひょっとしたら、少しだけ発声に「開眼」した年かもしれない。なんだろう。自分のポテンシャルで出せるベストの声、に近いものはこれかもしれない、という瞬間(例によってその時は自分では〝つまらない状態〟なんだが)を感じることが何回かあった。この感覚かな、と。

きっかけというほどではないが、合唱祭の打ち上げで飲んでいる時に、自分の声がヘルマン・プライ(ドイツの名バリトン歌手)に近いと(酔っ払いの勢いで)人から言われたたことがあり、以後、指標として意識した影響もあるのかもしれない。・・実際には違うよ。たとえ少しは音色が似ていたとしても、何もかもレベルが違い過ぎる。それでも何がベストか分からないより、目指すもの、拠るべきものがあるとだいぶ変わる。

異動した

車通勤が電車通勤に変わった話は以前に書いた。つまり異動した。研修の運営から本の編集へ。「しゅう」しか合ってないじゃないかという感じだ。うちの職場は部署が変わるとやることもだいぶ変わる。なかなか満足できる仕事ぶりとはいかなかったが、こちらは現在進行形で年度末、それ以降に向けても動いている。

私的な環境変化

少し前に独立していった長女が、新型コロナの流行で見送っていた結婚式を挙げた。次女の就職内定が決まった。長男が家を出て独立した。といった感じで、我が家の環境も変わりゆく。分かりやすい範囲で言えば、同居人が減るとゴミが減るし光熱水費が減る。また、親族の間でもいろいろ環境が変わったり、中には天に召された方もいた。ご冥福をお祈りします。
来年も、我が家の環境は変わっていくことが予定されている。その時その時を楽しめるといいなと願っている。

世界大戦への漠たる不安

とはいえ、視野を拡げると安心できる状況にはない。
2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、まだ頭で考えていられて「ロシアはなんてバカな戦争を」と憤ることができた。戦争は今も続いている。日本がパトリオットをアメリカに売却し、ウクライナに武器供与をしたアメリカの対空ミサイル備蓄減を補う形で、間接的にこの戦争に関与する政策を、私は支持している。

しかし、2023年10月7日から始まったイスラエルによるガザ地区への侵攻は、その非道さや理不尽さに頭がついていかない。かつてホロコーストを体験した民族が、他民族のジェノサイドにこんなにも積極的に加担するものなのか。そしてそれを支持するアメリカはいったい何なのだ。・・数次に及ぶ中東戦争やミュンヘンオリンピックの人質事件など数多の経緯は知識としてある。それにしてもである。今回の酷さはとても見過ごしにはできない。私なんぞがつぶやいても何の力もないが、戦闘中止・停止に効果のありそうなことは微力でも取り組んでいきたい。巷間指摘されている企業の商品は避けるようにした。

加えて、ベネズエラによるガイアナ侵攻のおそれとの報道がある。スーダン内戦も継続中だし、アルメニアとアゼルバイジャンだってどうなるかは分からず、さらに世界各地の人道危機を数え出したら、これが新しい(連合国vs枢軸国みたいな分かりやすい構図ではない)形の世界大戦の始まりなんじゃないかと不安にもかられてしまう。

そんなことを考えていると、創作SFで何かを語り出す気持ちがなかなか生まれてこなかった。某短編の公募には申し込むべく、下調べやプロットづくりまで進んだが、最初の1節だけ書いて止まってしまった。年明けの別の公募にはなんとか参加したいものだ。準備だけはしている。
SNS(X)も以前ほど気楽にはつぶやいていない。あ、Blueskyを始めたので、日常のつぶやきはそちらに移行した。


そんな年の瀬を迎え、今から正月食品数多を抱えて実家に向かう。今年一年間ありがとうございました。2024年もどうぞよろしくお願いいたします。