マック技報_20TR04
マックエンジニアリング株式会社・技報担当
《マイクロリアクター専用ウェブサイト》
前回お約束したとおり、今回はマイクロスケールCSTRによるエステル化の実施例です。PFR(例:マイクロリアクター、チューブリアクター、カラムリアクター)については、論文で目にすることも増えましたが、CSTRについては、まだまだ珍しいというのが現状です。そこで、当社製品のCSTR(マイクロスケールCSTR)を使って反応を行った様子を、具体的にお伝えします。
1. 反応
実施した反応は、上記のごくありふれたエステル化です。ベンジルアルコール(CAS RN: 100-51-6)と無水酢酸(CAS RN: 108-24-7)との反応ですが、これにテトラメチル-1,3-プロパンジアミン(CAS RN: 110-95-2)を加え、反応を促進します。反応溶媒は、MTHP(4-methyltetrahydropyran)(CAS RN: 4717-96-8)です。反応温度は105℃で、反応時間(=滞留時間)は2時間です。
なお、連続フロー合成の実施に先立ち、バイアル(3mL)を使ったマイクロスケール(バッチ)合成を繰り返して反応条件を決めました。
実はここがとても重要で、次の連続フロー合成操作で問題になる点がこの実験でほとんど見えます。いつも行っているバッチ合成だから、あるいは、Org.Synth.などの文献をしっかり読んでいるからと言って、実験を仕込んだら「コーヒーでも飲もう」とすぐに目を離さないで下さい。バッチ合成ならば全く問題にならないことでも、連続フロー合成だからこそ問題になることは、意外に多いのです。
例えば、バッチ合成では当然のように使われる還流(reflux)がそうです。PFRであれば「(筆者の知りうる限り)還流条件での合成例は無い」と言って良いでしょう。CSTRであれば「還流条件も使える」のですが、注意が必要です。それは、「冷却器で液化した試薬が、元々あった(混合していた)反応液には戻ってこない」ということです。一度気化した溶媒や低沸点基質が再度液化して落ちる先は、流れてきた新たな反応液です。その結果、各反応基質のモル比が変わる可能性があります。定常状態になればモル比は変わらなくなるのですが、その比率が思惑どおりか否かは実験で確認して下さい。実際に(ラボスケールで)連続フロー合成を行い、GCやHPLCを使って収率を出せば、簡単に判断できますので。
一方、自然な流れとして、バッチ合成で行ってきた実験条件・操作の意味を考え始めます。その一例が「そのそも、還流とは何だろう」です。その答えはいくつかあるのでしょうが、「反応溶媒の沸点を利用した簡易温度制御法」が答えのひとつであることは間違い無いでしょう。したがって、PFRであれCSTRであれ、今どきの精密な温度制御装置を用いれば、多くの場合、還流条件でなくても合成できます。一般に、合成は加熱することが多い(⇒膨張&内圧上昇⇒耐圧&圧力制御⇒高価格)ので、反応自体、後処理、トータルコスト等に差し障りが無ければ、できるだけ高沸点の試薬を使うことをお薦めします。
2. 器具等一式
2-1. 全体イメージ
まずは、CSTR(マイクロスケールCSTR)によるエステル化の全体イメージを見て下さい。今回の例では、2種類の溶液(A液、B液)を混合するので、マイクロスケールCSTRへの注入用にシリンジポンプ2台、抜き出し用にチューブポンプ1台、それぞれ使用しました。
⇒ 補足説明あり
2-2. 器具 一般的な有機合成用実験器具が揃っていることを前提とします。
2-2-1. マイクロスケールCSTR(1セット)
マックエンジニアリング製品 CSTR本体材質:PTFE 撹拌羽根:第1槽から第5槽まで(計5個)
第1槽から第5槽までを反応槽、第6槽を受器として使用する。反応液が第6槽に入るやいなや、全てをチューブポンプで抜き出すイメージ(第6槽は空の状態を保つ)。後述の「液張り量」は、第1槽から第5槽にある液量となる。
《one point》
CSTR本体の材質には3種類あるので、使用条件により選択する。
PTFE いわゆるテフロン。熱伝導率は良くない(0.25)。急な発熱や吸熱への対応に難はあるが、断熱材(熱伝導率0.1未満が多い)とまでは行かないので定常状態では充分に熱が伝わる。酸性からアルカリ性まで広範囲の条件で使用可。
SUS316L 化学装置用ステンレスの代表格。熱伝導率(15)。主に、中性からアルカリ性条件で使用。
トーカベイトTK11 化学装置用不浸透性黒鉛。黒鉛材にフェノール系樹脂を含浸処理した材質。熱伝導率が良く(128)、しかも、酸性からアルカリ性まで広範囲の条件に使用可。(安全使用温度:-70〜170℃)
※TK11情報については、「グラファイト化工・化学装置用不浸透性黒鉛カタログ」より抜粋したもの。一部、単位換算あり。
(注)熱伝導率 単位:W/mK
2-2-2. ホットスターラー(1セット)
IKA:C-MAG HS 4 digital
《one point》
マイクロスケールCSTRと組み合わせるホットスターラーは(限定はしないものの)相性があるので、事前に撹拌羽根が回転することを確認すること。
推奨機種 東京理化器械:RCH-1000、IKA:C-MAG HS 4 digital
2-2-3. シリンジポンプ(2セット)
ワイエムシイ:YSP-101
2-2-4. チューブポンプ(1セット)
東京理化器械:MP-2000 マック技報_20TR03記載のDIYしたもの。
2-2-5. 冷却管(1本)
ACE GLASS:9567-23
2-2-6. クライゼン管(1本)
ACE GLASS:9574-24
2-2-7. ディスポーザブルシリンジ(2本)
アズワン品番:1-2387-04
2-2-8. 1/16インチPFAチューブ(1m × 2本)
アズワン品番:2-9421-01
2-2-9. 1/8インチPFAチューブ(1m × 1本)
フロンケミカル型番:NR7032-013
2-2-10. ルアーコネクター(2個)
エムエス機器(IDEX製品)型番:P-628
2-2-11. 1/16インチチューブ用ナット&フェルール(2個)
ナット エムエス機器(IDEX製品)型番:P-201X フェルール エムエス機器(IDEX製品)型番:P-200NX
2-2-12. 1/8インチチューブ用ナット&フェルール(1個)
ナット エムエス機器(IDEX製品)型番:P-301X フェルール エムエス機器(IDEX製品)型番:P-300NX
2-2-13. あると便利な備品
2-2-13-1. ディスポチップ
アズワン品番:2-9055-02
ディスポーザブルシリンジに試薬を吸入するのに使用。
2-2-13-2. SK11差替式皮ポンチセット極小 6PC
藤原産業製 1/16インチチューブ用であれば穴直径1.5mm、1/8インチチューブ用であれば穴直径3.0mmのポンチを使って、クライゼン管のパッキンやCSTR用パッキン(またはガスケット)に穴を開けるのに便利です。
穴直径3.0mmのポンチは他社にも製品がありますが、穴直径1.5mmのポンチは少ないです。
千枚通しの様な針状のものでパッキン(またはガスケット)に穴を開けると、穴の周囲に小さい割れが生じて、漏れが発生しやすくなります。
2-2-13-3. フランジレスナットタイトニングツール
エムエス機器(IDEX製品)型番:P-399 ナットの増し締め用です。今後、継続して連続フロー合成を行うのであれば、必須かもしれません。
2-3. 試薬
2-3-1. ベンジルアルコール
CAS RN: 100-51-6 bp.205℃
2-3-2. 無水酢酸
CAS RN: 108-24-7 bp.140℃
2-3-3. テトラメチル-1,3-プロパンジアミン
CAS RN: 110-95-2 bp.145℃
2-3-4. MTHP(4-methyltetrahydropyran)
CAS RN: 4717-96-8 bp.105℃
2-3-5. ジフェニルエーテル
CAS RN: 101-84-8 bp.257℃ GC測定による収率算出のための内標準として使用
【参考】酢酸ベンジル
CAS RN: 140-11-4 bp.212℃
3. 操作
3-1. 試薬調整
A液、B液ともに、100mL調整しておき、必要量使用します。
3-1-1. A液 100mL
ベンジルアルコール 100mmol
テトラメチル-1,3-プロパンジアミン 120mmol
ジフェニルエーテル 50mmol
MTHP (メスフラスコを使い)必要量加え溶液全体を100mLとする。
3-1-2. B液 100mL
無水酢酸 110mmol
MTHP (メスフラスコを使い)必要量加え溶液全体を100mLとする。
3-2. 非定常運転(その1)⇒立ち上げ
3-2-1. 運転条件
3-2-1-1. 設定温度(内温):105°C ホットスターラー設定温度:115℃
設定温度と実際の内温(液温)には必ず差があり、事前に実測する。
3-2-1-2. 圧力:常圧
3-2-1-3. 撹拌スピード:約1000rpm
使用ホットスターラーの撹拌設定がアナログのため、おおよその数字。バッチ合成の結果を参考に決めるが、「厳密に同じ」でなくても良い。
3-2-1-4. マイクロスケールCSTRの外蓋を固定するネジ
ネジ(6本)は、漏れが無い範囲で締め付ける(決して締め付け過ぎないように)。
3-2-2. 液張り量確認
3-2-2-1. 溶媒注入:MTHP(20mL)
ピペットにてマイクロスケールCSTRの中央槽から静かに注入する。
3-2-2-2. 撹拌開始
始め300rpm程度で3分間ほど撹拌し、次に反応時の撹拌スピード(ここでは1200rpm)に変更し、5分間撹拌する。
3-2-2-3. 反応液抜き出し
第6槽に入る反応液を全て抜き出すために、槽底まで1/8インチチューブを差し込み、チューブポンプを作動して反応液を抜き出し、その液量を測る。
《one point》
第6槽の底まで1/8インチチューブを差し込むと言っても、反応液が流れるように、少し槽底から浮かせると良い。固体を含む(スラリー状の)場合には、さらに浮かせる工夫も必要になる。その位置は1/8インチチューブ用ナット&フェルールで固定するが、パッキンだけで固定できる場合も多い。
3-2-2-4. 液張り量の見積もり
抜き出し量がおおよそ5mLだったので、液張り量を15mLと決めた。液張り量とは、第1から第5槽に入っている液量(運転時)。
3-2-3. 立ち上げ操作
液張り量確認操作に引き続き、溶媒のみCSTRに入った状態で、運転条件にて加熱・撹拌する。
3-3. 定常運転
3-3-1. 運転条件(反応条件)
3-3-1-1. 設定温度(内温):105°C ホットスターラー設定温度:115℃
3-3-1-2. 圧力:常圧
3-3-1-3. 撹拌スピード:約1000rpm
3-3-1-4. 送液量(シリンジポンプ2台使用)
今回は2液を等量混合させたいので、同量(各3.75mL/h)で、合計量(7.50mL/h)が液張り量(15mL)を目標滞留時間(2h)で置き換える(総入替する)設定とする。
A液:3.75mL/h B液:3.75mL/h
3-3-2. 定常運転操作
3-3-2-1. 立ち上げ操作で運転条件どおりに安定したことを確認する。
3-3-2-2. A液またはB液を吸入したシリンジを備えたシリンジポンプを作動させ、設定送液量にて2液を中央槽にそれぞれ注入する。
3-3-2-3. 注入と同時に抜き出し用チューブポンプを作動させる。動画のように気体と液体の間隔が短くなるように、抜き出しスピードを調整する。(シリンジポンプとのバランスをチューブポンプで調整し)「わずかな気体と大部分の液体」となれば、最も良い状態。
3-3-2-4. A液とB液をマイクロスケールCSTRに注入後2時間経過すれば、定常状態になる。定常状態到達以降に抜き出された反応液を正式な反応液とする。定常状態到達以前に抜き出された反応液は、別途、評価する。
3-4. 非定常運転(その2)⇒反応停止
3-4-1. 運転条件
3-4-1-1. 設定温度:ホットスターラー加熱停止
3-4-1-2. 圧力:常圧
3-4-1-3. 撹拌スピード:約1000rpm
3-4-1-4. 送液量(シリンジポンプ1台使用)
溶媒のみでマイクロスケールCSTR中の反応液(15mL)を30分間で置き換える(追い出す)設定とする。
MTHP:30mL/h
3-4-2. 反応停止操作
3-4-2-1. シリンジポンプ(2台)の作動を停止して2液注入を止めるとともに、ホットスターラーの加熱を停止する(撹拌は継続)。
3-4-2-2. 停止したシリンジポンプのうち1台に、MTHPを吸入したシリンジをセットした上でポンプを作動させ、設定送液量にて中央槽に注入し反応液を追い出す。一方、チューブポンプはそのまま作動させる。気体と液体の間隔は気にせず、どんどん反応液を抜き出す。
3-4-2-3. MTHP注入後30分以上経過すれば、反応液は大部分抜き出されるのでシリンジポンプの動作を停止する。さらに、抜き出し液が無くなれば、チューブポンプの動作を停止する。これで、連続フロー合成操作は終了(反応停止)となる。
3-4-2-4. マイクロスケールCSTRを含むシステム全体が室温になるのを待って、分解・洗浄する。
3-5. GC-FID測定
GC-FID測定データをもとに、内標準法により収率を算出する。
内標準:ジフェニルエーテル
4.結果と考察
4-1. 収率について
基本的に、連続フロー合成の収率はバッチ合成と比べ遜色ありません。
バイアル(3mL)を使ったバッチ合成例:95%
マイクロスケールCSTRを使った連続フロー合成例:94%
4-2. 運転(反応)条件について
基本的に、連続フロー合成の条件をバッチ合成と同等にすれば、良い結果が得られます。もちろん、必要に応じて微調整する場合もあります。
バッチ合成における「反応時間」については、連続フロー合成における「滞留時間」と読み替えて下さい。
4-3. バッチ合成から連続フロー合成へ移行するにあたり、工夫が必要な点
4-3-1. 適切なポンプの選択
シリンジポンプ、チューブポンプ、プランジャーポンプ、等。反応条件に相応しいポンプを選択することが、非常に重要です。そのためには、ポンプの形式やメーカーに関し幅広く情報を集めることを「研究者(開発者)の嗜み」と考えましょう。
4-3-2. 還流条件の見直し
高沸点反応基質への変更、モル比変更、高圧条件への変更、等。ラボスケールでの連続フロー合成(特にCSTR)については実施例が少ないので、実験を通じて最適化するほかありません。
4-3-3. 固体(粘稠液体を含む)の移送方法の検討
固体触媒(例:Pd/C)を使う反応や高分子合成においても、ラボスケールでの連続フロー合成の実施例があります。ただし、PFRであれCSTRであれ、スムーズに流す(フロー化する)工夫、それも、他の諸条件(例:収率、滞留時間、コスト)ともバランスさせた工夫が必要です。
5. 備考
今回紹介した実施例(実験操作)は、あくまでも酢酸ベンジル合成での一例であり、この操作法以外に、新たな操作法が数多く開発されていくことを願っています。それによって、研究者(開発者)一人一人の安心安全に繋がるとともに、連続フロー合成による幅広い化合物の創造に貢献したいと考えています。
今回は、次の引用文を掲げ、絞めとします。
8・3 連続生産の実現化に向けて
連続化に用いられる反応装置は、管型反応器を用いたプラグフロー反応器(plug flow reactor: PFR)とバッチ反応器をつなげた連続槽型反応器(continuous stirred tank reactor: CSTR)の2種に大別できる。この2種の反応器があれば、ほぼすべてのバッチ反応を連続化できるといってよい。(中略)連続生産における最大の障害となる閉塞という視点で反応を大別すると、均一反応にはPFRが適しており、反応中に固形物が生成する、あるいは反応開始時から固体を含む系(スラリー系)にはCSTRが適している。(後略)
「有機合成のためのフロー化学」東京化学同人 ISBN: 9784807909926 211ページより抜粋