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東日本大震災を忘れない(17)-復興の助っ人

こんばんは。今日もお疲れ様です。

今日は、久しぶりに東日本大震災の話に戻します。

最初に、大震災で亡くなられた方々に対し、心より哀悼の意を表するとともに、ご冥福をお祈りします。

大震災から、間もなく9年と7か月が経過します。

当時書いていた食日記に、震災復興のことも折に触れ書かさせて頂いておりました。

六本木ヒルズの上の階に、アカデミーヒルズという、イベント会場にも使われる場所があって、2011年の6月後半、そこで在日米国商工会議所(ACCJ)がセミナーを開催しました。

タイトルは、「外資系企業は如何に日本の復興に貢献できるか」というものでした。

開催にあたって、「英語を話せる国会議員を紹介して欲しい」と依頼を受けてしまいました。

あちこち聞いたり頼んで回って、与野党含めて3人程出席にこぎつけました。

あいにく、当時野党の自○党のN議員は国対の役員会が開催され、そちらに出席するためドタキャンになってしまいました。
これは個別の党の都合ではなく、衆議院全体での調整のためですから、致し方ありません。
主催者側には、あらかじめそういう事態になることは覚悟しておいてくださいとは告げていたので、問題にはなりませんでしたが。


アカデミーヒルズには専属のシェフがおり、昼食を取りながらのセミナーでした。

のぞえも、ぜひ参加してくれと言われて。

来てみたら、最前列中央のテーブルでした。
これは、さらに国会議員のドタキャン欠席がもう一人出たとかなったら、
自分もパネルに引っ張り出される可能性があったな、とヒヤヒヤものでした。


それにしても、民主党Y議員の英語が流暢なのには本当びっくりしました。

さすが元外務省官僚。

あ、外務省で働いてても、自動的に英語が堪能になる訳ではありませんから。
ご本人の、切磋琢磨の結晶でしょう。


あいにく、画像は残っておりませんが、ステーキの様に分厚いサーモンの
ソテーが出て参りまして、これは米国人のエクゼクティブが好むだろうな、と思われました。

食後は質問タイムです。

「復興プランはいつ出来上がるのか」
「日本の企業でなくても、復興に協力できるのか」
「菅(かん)総理は、いつまで在職するのか」

等々、活発な質問が続き、それで終了時間を軽くオーバーしてしまいました。

地下鉄に飛び乗り、ダッシュで永田町に戻りました。


実は、ほとんど報道されてませんでしたが、米軍が被災地で協力したときは、米国大使館が大きく貢献してくれていました。

自衛隊は、基本実働部隊なので、有事に直接米軍に協力を求める体制になっていません。

そして外務省も各都道府県も、国内の大災害に際して、米軍との交渉を直接事前準備をしてきた訳ではありません。

物資の調達から日本各地への配備まで、すべて米大使館が国交省や経産省等と、それこそ不眠不休で調整してくれていました。
(寝なかったのは、枝野官房長官だけではありませんでした。)

大使館スタッフの皆様、本当にありがとうございましたm(_ _)m。

次は、民間レベルでの復興支援を進めたいと決意し、当時の食日記にもそう書いたのですが、結局それは果たせずじまいでした。

待っている時には、チャンスは向こうから訪れてはくれないものなのだと、しみじみ思います。
虎視眈々と、狙っているつもりではずっといたのですが。

その後アカデミーヒルズに行く度、このことを思い出します。


では、また明日。

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