並んで楽しむ大晦日 第2章の3

 最近、家族や知人に東京へ行ったら買ってくるよう頼まれるものがある。ギャレットポップコーンである。アメリカシカゴ発祥のポップコーンで、日本には原宿表参道にある。原宿では相当の人が並んで話題となったが、東京駅の八重洲地下にもある。そこで、東京のお土産にと懇願されるのだ。
 ある日曜日の朝、京都に帰る前に店を覗いてみようと、八重洲地下の店に行ってみると、店の前には数人が並んでいるのみであった。「なんだ。簡単に買えるではないか」と、列に並ぼうとすると、店のスタッフが、「最後尾は向こうにあります」と、列尾を指示した。その列は大きく3段階に分かれていた。そして、なんと3つ目に至っては、店からかなり離れた広いスペースに列を何重にも折りたたむようにロープが敷かれていて、そこに多くの人が並んでいたのである。「やっぱり、こんなに人がいたのだ」と辟易した。最後尾にスタッフがいたので、「どれくらい並ぶのか」と聞くと、「70分くらいです」と言う。「まあ、帰りが1時間ほど遅くなるだけだから並んでみるか」と、ひとまず並んでみた。
 並んでいる人を見ていると、意外にも年齢層は幅広い。20代の女性や男性、30から40代のOLや主婦、サラリーマン男性、シニア世代の女性である。そして、1人で並んでいる人が圧倒的に多い。通常、土産物を買う列は2人組の方が多いが、ここではほとんど1人なのである。何をしているかというと、全員がスマホに見入っている。何とも奇矯な光景である。まあ、通勤列車を思えば通常の光景であろうが、横を通る人たちが見ると滑稽なのである。綺麗に整列した30人以上もの一軍団が皆、黙々とスマホに見入っている。列の構成要素は、男性、女性で幅広い年齢層であっても、見かけは皆同じなのである。
 ほとんど1人だと思っていたが、何のことはない。彼らが並び役だということに2段目の集団に入って気づいた。2、3人の友達や家族、中には5から6人のグループもいる。2段目の集団に入ると、待つ時間は20分ほどになるので、そこで集合するようである。それまでは、それぞれが役割分担をしているのか、別の店で買い物をするなどの用を済ましている。仲間が来ると会話が生まれ、抑揚ある言葉が聞かれる。「◯◯店でも並んでいたわよ」とか、「△△店では今日は少ないみたい」などの店情報が飛びかう。デパ地下でもよく聞かれる言葉である。
 しかし、店のスタッフは自らのルールを作っているようで、途中で入った人にはメニューを渡さない。メニューを渡すとは、店のカウンターでスムーズに会計を済ませるために、事前にメニューを手渡し、その後注文を別スタッフが聞くのである。注文個数は、1人あたりの限度があり、大量には注文できない。相当人気で販売個数が滅茶多いがゆえになせる技であろう。となると、1人並んでいて、6人分買えるかというと、それだけ1人あたりの数が少なくなるのである。「え?1パックしか買えないじゃない」と、いった悲鳴が若い女性から聞かれる。黙々とスマホに見入っていた集団が、様々な表情や声を生み出すようになるとは、何とも面白いものだ。
 中年男性が結構多かった。その中で、何人かは並び役だったようで、家族の合流となっていた。それでも、多くの男性の姿はいつになっても変わらない。スマホに見入る姿勢は当初からひたすら続き、カウンターの前に立っても表情を変えず、静かに会計を済ませていく。家族に買っていくのか?会社へのお土産なのか?
 70分もの時間並び、期待の物品を取得できた時の喜びは誰にもあろう。ポップコーンを手に携え、店のカウンターから離れていく際の表情には、安堵と嬉しさがにじみでている。仲間同志には皆、笑顔があり、嬉しさの言葉も出る。シニア世代の1人の女性も皆、笑顔を見せ、その場を離れる。自分の3人前の男性は違った。30代ぐらいであろうか。彼は、最初からスマホに夢中であったようで、表情は変わらない。希望の品を手にした際にも全く変わらない。会計をそそくさと済ませ、足早にその場を立ち去った。1袋のポップコーンを手にした彼は、誰のために買ったのであろう。家族のためか、彼女のためか、自分のためか。でも、彼はひたすらスマホに見入っていた。スマホゲームである。となると、70分などたいしたことではないかもしれない。ゲームに夢中になることによって、待つという意識は低下する。それでゲームをしながらポップコーンを手にして帰っただけなのかもしれない。
 列に並ぶ人々の人間模様は面白い。特に、並ぶ時間が長いと、人々のいろいろな心理変化が見えてくる。

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