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【小説】フライングサンタ

 今朝、食制限している夫君がヨーグルトと瓶入りのいちごゼリーを食べた。
 そのいちごゼリーは夏のお中元にいただいたものを、私がこっそり自宅に持ち帰りメロンとライチーのと一緒に寝かしておいたものだった。言っておくが普段ならこういうことはしない。でもどうしてもこのイチゴゼリーが食べたかったのだ。

 それなのに夫は、よりによって、そのイチゴゼリーを食べてしまった。

「賞味期限が近かったからさぁ」

 悪びれることなくそう言うが、なぜ苺だったんだろう。ほかにメロンもライチがあるじゃないか。
 昨日までその二つに気づいていても手をつけなかったのに、今朝私が隠していたそれを立たせ食べようと目立つところにおいたものをめざとく見つけたのはなぜ。そして、断りなくお腹に片づけたのはどうして。

 私はキレた。

 今日は冬至である。冬至は一年の始まりとも言われていて、良いスタートを切るために悪口は言ってはいけないのだ。それなのに、7amにしてこちらは怒り全開である。目玉なんか普段眠そうな垂れ目の目頭までキレそうに開いている。どう見たって夫婦喧嘩勃発中。
 しかも今日も夫君は仕事である。仕事で縁起を担ぐからいい気分で送り出したいのに受け流せなかった。
 資源ごみのゴミ出しに寒空につっかけで外に出ると、一挙に頭は冷え、まぁいっか、という平和主義の我が諸手を挙げる。少し冷静になったところに、長年の結婚生活の中で産み育ててきた小鬼たちが頭を擡げる。
 あんときもそうだった。
 こんときもそうだった。
 小鬼たちはそれぞれ変わったあ貌をしていて、
 そいつらが手を繋ぎマイムマイムを踊り出す。

 ーマイマイマイマイ、マイムレセッセッ
 マイマイマイマイ、マイムレセッセッー
 
 歌に合わせて過去の映像もぐるぐる回りだす。
 瓶・缶をカゴに入れて玄関にたどり着く頃には、家を出る時より怒りははっきりと言語の形にまとまって吐き出されるのを待っている。

 どうしてだろう。他人ならさ、異議あることだけ伝わればそれでいいのに。夫君以外にはこんなに切れない。切れない自分が好きだし、苛立たせる相手を仕方ないなぁと許しちゃう。そういうのが自分だと思ってる。
 
 でも夫君は昔からこうだ。自分が一番。プレゼントだってえ欲しいものを言っておいても、買ってくるのは自分がいいと思ったもの。それも結構なねの張る物のことが多い。私はちんまりと、ドライヤーとか、レゴブロックとか、ランニング距離が測れるスウオッチとかなんだけど、スェーデンかどこかのイヤーペンダントを買ってくる。付けていくところないんだけどね。
 必要ないもの、分不相応なものをプレゼントされると、どうしてか飼い猫になったような気分になって不愉快。欲しいと言った物を忘れられるのも不愉快。自分が欲しいものは自分で買うのはもう当たり前になったけど、どうにもここが受け入れられない。
 自分が贈りたいものを贈りつづけるというのは、一方通行が過ぎるのだ。夫婦といったらほら、ツーと言ったらカー、あれこれそれどれの指示語だけで通じる仲であって、互いが背中合わせの上に足が攣るくらい爪先立ちしてるのって全然夫婦じゃあない。
 
 「じゃあクリスマスも、誕生日もプレゼントなしっていう家族はどうなの?あんたんとこはそれよりマシなんだから感謝こそすれ文句言うなんてさあ」
 クリスマスイブに居酒屋で飲んだ女友達に一蹴された。もう5年くらい前になるかな。旦那に魅力を感じなくなってきたと愚痴ってた。努力の末資格取得して就職した会社で責任者になった。女はいつも努力してるよね、と言ってた彼女、私が愚痴ってから連絡してこない。


 ずれてんのかなぁ、私。

 朝一番、なんならパジャマのままの時間が一番体が動く。ついさっきまで電気毛布のぬくい布団で温まっていたから頭は小春日和と勘違いする。パジャマにフリース羽織って資源ごみ出した。内張なしのクロックスのつま先が玄関を開ける頃にはキンとする。
 一歩入っただけで温まった空気が頬を掠める。

 そんなこんな。
 ま、いっか。

 プレゼントのこととか、友達の忠告とか、よその夫婦の不仲のこととか
 それはま、今回は差っ引くことにした。
 どうせ言ったって、伝わらないからね。
 あれは天性に違いない。 自分の軌道に相手を乗せる天性。
 そして私は丸め込まれない天才。天才とは、絶対に言ってやらない。
 でも今日は、今朝は、まあ冬至だしね。

 差っ引いた思いの丈をぶつけて、
 イチゴはなくてもライチがあるからいいやと頭を切り替えることができて、
 出かける時には行ってらっしゃいと手を振ってあげたから
 冬至の朝として、まぁまぁだったんじゃない。
 えらいぞ、私。

 だけど、である。

 仕舞いが悪かった。

 夫君はお詫びの印として、ケーキを買ってきた。
 それもワインひと瓶と一緒に。ワインは私の大好物である。

 「お詫びはいらないからね、と言っていたけどさー、
 でもひょっとしたらイチゴケーキでも買ってくるかと思って、
 ご飯食べないで待ってたのよー」

 今朝の剣幕はイカばかりか。自分では計り知ることもできず、すっぽりと抜け落ちた状態。マイナスとプラスのギャップで穴埋めするかのような上機嫌で出迎えた。
 投げたボールがちゃんと帰ってきた感じ。サイコー。
 キャッチボールが成立した感触にニンマリ。そうそう、こうじゃなくっちゃと、大人気なく喜んだ。

 内心も何も、見るからに嬉しそうだったに違いない。ニンマリしながら箱を開けるとなんとケーキは二つ、入っているじゃないか。
 入っているじゃないですか。
 同じものが二つ。
 つまり夫君は自分の分まで買ってきた。

 一体どういうこと?

 だって
 詫びというのはね、ごめんなさいだから、
 私だけを甘やかす行為によって、
 イーブンにするための謝罪行為でしょう?

 ねぇ?違います?

 全くわかっていない。
 わかっていないどころか、不徳を致しておきながらご自分のお口を甘やかすケーキをお買い上げとは。
 どこまでご自分主体であらせられるのかぁぁぁぁ

 スィートホームスィートに入れまいと、
 朝の寒空の下に置いてきたあれやこれやが
 音もなく私の内側で沸々、耳元でザワザワ。
 脳裏に悔しかったそんなこんなが光を抱いて回り出す。

「プレゼントもない夫婦はどうすんのよ」

 幼稚園教諭の友人の言葉が蘇る。

 寝巻き姿で看護師に支えられていたの去年の夫君が蘇る。
 脳梗塞で倒れ一度は赤ん坊に還った彼。

 喧嘩できるのはありがたいこと。
 昔の記憶と比べられるのはありがたいこと。
 それを基準に文句が言えるのもありがたいこと。

 悲しい思いはたくさんしてきたよ。
 わがままって言われたって、私は私の相方が欲しいもの。
 ふつうなら、仕事仲間なら、友達にも、親友にも、ご近所さんにも、絶対言わない赤裸々で慎みのない内心のゴタゴタをぶつける相手は一人だけだもの。嫌だと言っても逃さない。ちゃんと聞いてもらう。いらないっていう高価なネックレスだってちゃんと捨てずに持ってるんだから、それくらい言わせてもらう。

 そうやって私たちは、
限界知能じゃないのと言うと、
あんたは二重人格だと言い返す。

それで、
ADHDなら仕方ないわねというと、
サイコには言われたくないと切り返す。

ケンカのネタが絶えない仲良し夫婦。
ありがたく頂いた命に感謝して、毎日、相手の心の言葉刻んでいる。

フライングサンタ。
ちょっと早く来たサンタ。
冬至は開き直ったサンタを、早めに連れてきてくれたみたい。

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