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【厩菓子】チョコ・カスタードパン 

 今週はこれまでつくったレシピのアレンジです。以前のシフォンケーキ同様、甘い系のパン生地とカスタードはもう何度もトライしていたので、私でもアレンジできそうで、夏でも食べられそうなのを。スタッフが13人、そのうち必ず厩舎菓子に手を伸ばしてくれるのは3名程度。美味しそうならこれが8名ぐらいに増えます。それから、最近暑いのでお弁当を持っていかない夫のために少し多め。8個から10個つくれば充分です。

 黒糖饅頭みたいにみえますが、クリームパンです。チョコレートパンのなかにカスタードクリームをいれました。生地にアーモンドとカシューナッツを練り込んでいます。パンは甘さ控えめクリームのミルクの香りがして、アイスコーヒーにあいます。

 今はJR沿線の住宅地にすんでおりますが、10年ほど前までは霞ヶ浦のすぐ近く、美浦のトレーニングセンターに住んでいました。言ってみれば『社宅』、トレセンでは厩舎に付随した宿舎なので舎宅と書くのでしょうか。そもそもお馬のお仕事は、動物と寝食を共にするのが基本ですから日本中どこへいっても馬の専門職といえば厩舎の住居スペースに住むのが基本です。結婚したての頃これが結構新鮮でした。乗馬をしていたので、山梨の乗馬クラブに入り浸り休業日にもお邪魔してしまった前科があるため、裏の様子は多少知っていたつもりでしたが競馬の世界でレベチに面白いのが、働く人たち。夏の出張というと長期北海道に住むことになります。乗り役さんは、ウィークリーマンションを借りて一家で出張してくる家族もあるそう。うちは、本当に一回だけ。結婚したての夏に二週間ほど、厩舎に住まわせてもらいました。
 今もトレセンの中に残っていますが、従来型の厩舎は昭和の文化住宅的な二階建てが敷地の両サイドに建っていて、その間をハーモニカみたいに馬房が並んでいます。両サイドの片側が住宅で、もう片方は厩務員さんたちの詰所と飼料室、大中おおなかとよばれるみんなが集まる部屋があります。出張先ではそれが一つになり、住居と仕事関係の場所が共同になるのです。
 夏の間仕事は朝4時ごろには始まり調教が終わるのがおそくても9時ごろ、それからが食事の時間です。昔の厩務員さんたちはご想像通りお酒飲みが多くて、そして意外にもグルメな料理好きが多いのです。私が夫について行った時は、50代の凄みのきいたOさんと一緒でした。あんまり階下に降りてくるなと夫が言うので、厩舎のそとで蹄の音がしている間にこそっとご飯を研ぎます。厩舎で物音がして派手に水の流れる音がすると、馬を洗っているのだとわかるので、あともう少しです。一回の出張で一人が一頭から二頭世話するので時間を計算してバッティングしないよう食事の支度をして二階へ引き上げます。そうなんです、水場は一箇所、冷蔵庫もそこにしかないんです。
 あるとき、慌てた私はしゃけの切り身を一つのこしたスーパーのパックを台所に置いてきたことがありました。今考えると、新婚でうわついた私がよくもついていったと思いますが、Oさんは嫌な顔せず、でも踏み込むことなく、拒絶もせず、でした。私はそもそもコミュニケーション力こそ自分の長所だと思っていたので、話をしようとしたのですがなんだかうわついているのを見透かされたのか、丁寧な言葉使いをされるだけで踏み込んだ話はできませんでした。
 そもそも踏み込んだ話なんか、ねえ。でも、そうやってこれまで生きてきたもんですから。父について靴づくりの職人さんの工房を回ったり、板前さんと仲良くなったり、職が人となりを表すような仕事をしている人たちが大好きです。そういう仕事に自分を委ねながら、同じように仕事に没頭している人と世界観を共有したら面白いと思うのです。
 今なら、Oさんの戸惑いがわかります。嫌味を言ったり毛嫌いされなかっただけでもよかった。そうそう、しゃけの話です。しゃけは、そのあと探したのですが、見つかりませんでした。Oさんに捨てられたのかしらとか、食べちゃった?とかちょっと不信感をもってしまったのです。ああ、やっぱり出張について来なければよかった、なんて思ったりもしました。
 厩舎には小さなお風呂もあったきがしますが、地方の競馬場に併設された厩舎地区には、大きな温泉センターのようなお風呂場あります。札幌競馬場にもそれがあって、毎晩かよいました。厩舎地区はアスファルトやセメントが敷かれていません。ふわふわの土、ダートと呼んだ方が想像しやすいかもしれません。それが、昭和的住宅の足元から道まで全てですから、まるで映画の撮影セットみたいでした。夕立の後なんか、サンダルに泥がつくのを気にしながら共同のお風呂へ行きました。女湯には大きくて浅いお風呂があって、小さな子を連れてきていたお腹の大きなお母さんによく会いました。あのころの私とはちがって、おおらかで子供が泣いてもニコニコ。出張についてくるのが一番好きと言っていました。ダンナと四六時中一緒だし、お休みは函館に足を伸ばしてお寿司をたべるの、狭いお風呂よりみんなで入るからお風呂がレクリエーションになる、ってツヤツヤ肌で笑っていました。毎年、この時期を楽しみしている常連家族さん。お母さんたちにはお母さんたち同士のつながりがあって、いろいろ教えあってる感じが面白いと思いました。お父さんたちは競争しているけど、あの夏の札幌のお風呂でいろんなことをお母さんたちに教わった気がします。

 結局その出張中にいった郊外の温泉が、新婚旅行になりました。昔から職人や関係者以外お断りの特別な世界への興味がつきませんから、冒険みたいでワクワクしました。夫には申し訳ないけれど、厩舎の人や限られた瞬間にだけ会える気を許したお母さんたちは、彼よりも魅力的でした。
 けれどもそんな時間も、急激な歯痛によって美浦へ帰らざるを得なくなりました。そのとき私も子供がお腹にいたのです。明日立つという前の晩、厩舎の二階の居室へ上がる階段の途中に、北海道の冷酒としゃけとばが置かれていました。Oさんからでした。
 「かみさんに、のませてやれって」夫が複雑な顔で言いました。彼は飲めないんです。しゃけとばは、北海道のが一番美味しいって、そのとき初めて知りました。といっても、それ自体知らなかったのですから。

 夏になると30年ちかく前の、あの札幌を思い出します。
 武勇伝を持っている人がいっぱいいる世界です。
 クリームパン売り切れるといいな。

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