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山を走るということ
私は山を歩くことが好きで、それが高じて山を走るようになった。
ハイカー(登山者、野山を歩く者) であった当初は、トレイルランナーが嫌いだった。
登山道や植生を荒らす者達。
前後から煽るように走ってくる者達。
挨拶もなく追い越し、他者への配慮なくすれ違う者は、ハイカーをノロマ、邪魔だと見下しているようにも感じていた。
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ハイカーからランナーへ。
私が、山を走るようになったきっかけは、ロングトレイル (ロング・ディスタンス・ハイキング) に対する憧れからだ。
荷が軽くなれば、体と心に余裕が生まれる。
その結果、一層景色を楽しめ、より長い距離を歩くことができるようになるといった、ウルトラライト・ハイキング (以下 UL と記す) の考え方に触れたことにはじまり、ファストパッキングという活動スタイルを知り、自然の中を颯爽と駆け抜けることに魅力を感じはじめた。
【UL】
長くなれば数千キロともなる距離を移動し続ける為に、無駄な物を可能な限り取り除いて歩く為の手段。主に歩く活動スタイル。
【ファストパッキング】
日帰りから数泊の短期間において、荷を軽量化し、より速く、遠くへと移動する為の手段。主に走る活動スタイル。
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トレイルランニングをすることで得た実感。
私が住む四国の山域では、三嶺と剣山を縦走することが、ハイカーの一つの目標であったり、憧れであるように捉えられており、健脚の度合いも計られるように思う。
ハイカーとしてはじめて挑戦したのは、登山歴3年であった 2019年。
三嶺の名頃登山口より剣山の見ノ越登山口までの距離 20㎞ に対して所要時間は 12時間。
その3年半後、トレイルランニングを始めて間もない頃、石鎚山系の寒風山と瓶ヶ森のピストン 20km を経て、再度縦走に挑戦。
この時、見ノ越から名頃までのロード 10㎞ も併せた距離 30㎞ に対して 8時間で終えることが出来た。
この縦走はハイカーならば、通常、日帰りではなく一泊することで行われることも多い。
トレーニングの成果によって強く、速くなれた実感、いつか未来へのロングトレイルに対する必要な足に少しでも近づけた気がした。
速く、遠くまで行ける。トレイルランニングの基本的ともいえる魅力を大いに感じることができた経験である。
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トレイルランニングへの批判の根拠を探る。
軽装備で山を走るトレイルランニングは、そのスタイルやマナーについて、よく批判を受けるが、それに答えるかのような論文がある。
登山研修 vol.33 この論文集にある
である。
その中から、いくつかあげてみよう。
・トレイルランニングによる事故のリスクは登山と同等かやや低い程度と考えられる。
・登山もトレイルランニングも、移動する場所は変わらないので、ハザード自体は変わらない。違うのは活動者の体力やスキル、知識の状況。特に活動者の意識という点では、登山者に比べるとトレイルランナーの意識は低いことが装備の実態からも分かる。
・同じフィールドを共有する異なる活動者間のコンフリクトはトレイルランニングに始まったことではない。「走ると危ない」といった最もらしい理由が付与されているが、基本的には異なるスタイルに対する素朴な忌避感なのではないだろうか。
・登山者は、トレイルランナーだけではなく、登山者に対しても似たような不満を持つ。
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自然保護的な面からもトレイルランナーに対する風当たりは強い。その点について、特にトレイルに変化を来すレースの事前事後を観察した結果などにも触れられている。
この論文は、トレイルランナー、ハイカー共に是非読んでもらいたい。
2018年のものであるが、実状に然程変わりはないであろう。
このような根拠も示した上で、トレイルランニングの問題について論じられたものは、他には余りみられないかもしれない。
批判をするならば、できればこうした物に触れた上で行いたいものである。
根拠なき批判は、少々飛躍した言い方かもしれないが、ただの誹謗中傷ともなり得る。
事故や遭難は、活動するスタイルの違いによりリスクの高さが伴って起こるのではなく、あくまでも各自の体力や知識、判断力の欠如から、時々の環境に合わせる技術が伴わずに起こってしまうのが大半といえるのではないか。
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トレイルランナーには、ルールやマナーがないとの批判について。
ルールは作られており、リーフレット化され、その普及は積極的に行われている。
愛媛県松山市にあるショップ、T-mountain のオーナーさんが理事を務める「四国スポーツ環境リレーション」が作成したものがこちら。
広がるつながる『トレイルランニング 10ルール&マナーガイドブック』
「日本トレイルランナーズ協会」が、それを元に作ったものがある。
日本トレイルランナーズ協会が提案する《安全・ガイド》
基本的な登山と同様、ルールはある。
根本的なマナーに格別な違いもないだろう。
違いは「スピード」に対してかかってくるものであり、ハイカーに対して、トレイルランナーは、より慎重でなければならない。
足らないのは、そういったことに目と耳を向けないランナー各自のモラルと意識だ。
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石川弘樹さんという大きな存在。
トレイルランニングに興味を持ち始めた頃、石川弘樹さんというパイオニアの存在を知った。
日本トレイルランナーズ協会の副会長も務める石川さんは、環境保護や被災地支援なども積極的に行っており、トレイルランナーとしてだけではなく、自然に関わる者の鏡といっても過言ではない方だ。
ちょうどその頃のタイミングで「Patagonia 〜共生のために走る〜 Run to フィルムツアー」という催しがあり、四国では T-mountain さんが招致することにより松山市でも行われ、実際に石川さんにお会いすることができた。
〜共生のために走る Run to balance〜
また、岡山県の蒜山で行われたトレイルレースに参加した時、ゲストランナーであった石川さんとお話しながら、少しながらも一緒に走れた機会は貴重な思い出だ。
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ブログへの掲載にはご本人より承諾済み。
私が特に、日本のトレイルランニングの世界において、最も石川さんを尊敬する理由は、トレイルランニングを単なる競技としての目線だけではなく、自然に恩恵を受けた上で楽しめるアウトドア・アクティビティの一つとして伝えているからだ。
異なるスタイルで活動する他者を尊重し、自然と共に共存する為のメッセージを常に放っている。
また、トレイルランニングはレースだけではなく、ファストパッキングで自然の中を旅することの素晴らしさなども伝えられていたりと、純然たる競技者ではないそのスタンスに、とても感銘を受けている。
トレイルランニング = レースではないのだ。
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トレイルランニングに対する楽しみ方が膨らむ、
とてもいい本だ。
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少し話がそれたが、その石川さんをはじめ、日本トレイルランニング界のレジェンドと言われる、鏑木毅さんにしかり、山で走るために必要なマナーやルールは、雑誌やインターネット、様々な場で発信されている。
それでも自分本位でマナーを守らず、ハイカーや自然の中でのアクティビティを楽しむ方々に不快感を与えているランナーがいる現状には、とても悲しい気持ちになる。
守らなければ、トレイルランニングにはマナーやルールがないと言われても当然である。
ランナー以外にも、トレイルランニングに好意や興味を持ってもらう為には、真摯ある態度と行動が不可欠である。
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トレイルランニング禁止。
私の住む高知市には、幾つかの山が連なった南嶺と呼ばれる山がある。
遠くまで足を運べない時は、半ば仕方なく歩いていたこともあるが、トレイルランニングを始めてからというもの、自宅から走っていくことも可能な距離にあり、太平洋を望む気持ちのいい景色や、他の名だたる山に負けないほど綺麗なご来光を見せてくれる南嶺には、感謝の気持ちがより大きくなったように思う。
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暖かい時期は太陽がより東側から登るため
木々に遮られ、太陽が出る瞬間は見れない。
老若男女、子供連れから高齢の方まで、幅広い層が訪れる高知市民の憩いの場、南嶺。
ここでも、トレイルランニングは禁止したらどうかといった声が出ていると聞く。
歩いてる時にした不快な思い。
走っている今も不快な思いをすることがある。
すれ違いは登り優先という基本的なマナー。
登りの方が先に止まる気配があっても、私は止まり「どうぞお先に」と声をかけ、それでも譲ってくれるなら甘えるようにしている。
私が登りの時、下ってくるランナーが止まりもせず、駆け抜けていくことが度々ある。
中には、明らかにトレイルランナーではないランナーもいるが、登りながら止まらない相手に対して挨拶をするこちらに対し、無言で駆け抜けていくトレイルランナーもいる。
同じ方向に向かっているランナーが、ハイカーが前から登って来ていても、お構いなく駆けていく様子をみた時は、追いついた際に丁重にマナーについて諭させていただいたことがある。
ランナーといえども、トレイルランナーもいれば、マラソンシーズンに向けて思い立ったように山に入ってくるランナーもいる。
マナーについて諭させていただいた方は後者であり、仕方がない点もあるが、前者についてはとても残念な思いだ。
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最後に。
マナーを守らず、不快な思いを他者に与えているのはトレイルランナーに限らない。
ハイカーにもそういった人はいるが、マナーが悪いから登山禁止とは中々ならないだろう。
( 山の所有者が、山菜を取られるなど、山を荒らされることを理由に立ち入り禁止の看板を立てることもあり、一概にそうとも言えないが )
そのように考えてみれば、トレイルランナーはより慎重かつ繊細でありたい。
山を走れなくなるだけではなく、それ以前に、身体的に人を傷つける恐れもあるのだから。
登山が好き。走ることが好き。
山を走るのは、山が、自然が好きだからだ。
自然の中で遊ばせてもらっている気持ちを持ち、皆で自然と共存していく為に必要なこと。
アクティビティの違いで分断せず、同じフィールドで皆が気持ち良く過ごせる為に。
同じ姿勢、目線で、思いやりを持って元気に挨拶をすることから始めよう。
近い将来、オリンピック競技になるかもしれないトレイルランニング。
「トレイルランナーって気持ちのいい人が多いね!」と言われる未来でありますように。
長文にもかかわらず、最後まで目を通して下さりありがとうございました。
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