アウトロード ハンター(外道狩り) 第一話
あらすじ
地下城砦都市で人々が暮らす中
地上は無法地帯となり
野盗(アウトロード)が蔓延る様になった。
そんな地上の市境界線を守る市境警備隊員
猿力保は、墜落ヘリの探索に出るが、
一人荒野に置き去りにされる。
徒歩で帰還途中にヘリの生存者の女を助け
無事に城砦都市に二人で戻るが、
女が行方不明だと市長に告げられる。
次の任務で毒ガスの運搬護衛任務に出たが
野盗に毒ガスが奪われ手傷を負う保
その時10年前に別れた兄妹弟子に助けられ、
かつての恋人にも再会する。
兄弟弟子達との邂逅
助けた女の行方、奪われた毒ガスの行方
市長と市警察が暗躍する中
猿力 保は戦いの渦中に巻き込まれてゆく
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アウトロード ハンター (外道狩り)
目次
序章
(1)不幸中の禍い
(2)国発のゆくえ (その1 その2)
(3)エインヘリヤル (その1 その2)
(4)逃亡者
(5)騒ぎ乱して静けさ保つ (その1 その2)
(オマケ)AIイラストによるキャラクター設定
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序章
『OUT LOW』
西部開拓時代人々は、無法者達をそう呼んだ。
そして経済機構が破綻し地方独立制となった
先の時代。
法はおろか人の道さえ踏み外した者達を
人々は恐怖、怒り、憎悪と伴に
侮蔑を込めてこう呼んだ。
( 外 道 )
『OUT ROAD』と
そして、そんな奴らを専門に狩る連中も
同じ名で呼ばれるか
或いは単にハンターとだけ呼ばれていた。
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(1)不幸中の禍い
久しく潜ってないが、乾燥した砂埃と黄色い薄靄の中を乗り心地の悪いこの車で揺られていると保は無性に海が恋しくなった。
無数に傷の付いたフロントグラスの隅とサイドウインドウには、堆積した砂塵が固まっており
窓の外側はサンドペーパーと化し完全に視界を塞いでいた。
『窓・開かねーだろうな……』
試しにパワーウインドウのスィッチを入れてみようと手を伸ばしかけた時
ドライバーの山本軍曹から声がかかった。
「猿力そ……いえ曹長、もうすぐW(ウエスト).30との市境に着きます」
名字を呼ばれた時、保の右眉がピクリと吊り上がった事に気付いた山本が、すかさず言い直し報告してきた。
「了解。ローリーと護衛の連中に異常は無い」
保は、助手席側のコンソールに納められた地上レーダーを一瞥した後、右肩越しに振り返り、リアウインドウを透してぼやけて見える液体水素のタンクローリーと、そのサイドを固める企業の護衛装甲車4台の影を確認した。
【29 POWER SUPPLY― Co.】
車体のいたる所に社名がでかでかと書かれているのが、ここからでも見て取れる。
「曹長、この警備オブザーバー任務の時にいつも思うんですが人や電気は地下を通っているのに、なんでわざわざ上を走って行かにゃならんのですか?」
毎回のこの任務に嫌気がさした様に山本が聞いてきた。
「地下へ通せとでもいうのか?お前もW.28がどうなったか知ってるだろ?」
うんざりしながら保が応えた。
「地下都市内で起きた水素ガスパイプラインの爆発で壊滅したって言いますが、20年も前の事じゃないですか。それに内戦終結から25年も経ってるんですよ。今の技術なら安全なパイプラインを通すなんて簡単な事でしょ。せめて地下トンネルでの輸送にでもなればアウトロードの連中が襲って来る危険も無くなるのに」
山本が熱くなり語れば語る程、保は冷めてゆく。保自身同じ気持ちなのだ。
「とうの昔に無害化している日の光が怖くて、未だに地下に潜ったまま暮らしてる連中が少しの危険をも冒すはずがないだろ」
吐き捨てる様に言って続けた。
「危険な事は人任せ、自分が安穏と暮らせれば、それ以外の事に関心は無いのさ」
そこで保は、再び砂塵の向こうに目をやった。
それ以降会話は途絶えた。
重苦しい車内の空気に窒息しかけていた頃、沈黙を破るようにレーダーが反応しアラームが目的地に着いたことを知らせてくれた。
「到着しました」仏頂面で山本が言う。
それに応え、事務的に保が無線で後続の車両に停止命令を伝えた。
市境といってもゲートも何も無く、崩れかけた道路脇に、無数に銃弾を受けた弾痕だらけの金属碑が砂に埋もれかけポツンと一つ立っているだけだ。
その金属碑の向こうに、隣市の市境警備隊のEーLAV(電動軽装甲車)が迎えに来ていた。
今、二人が乗っているのと同じ、武装された4WDの軍用車両だ。
手続き書類を持って保が降車すると、相手側の指揮官も一人で出てきた。
敬礼を交わし、お互いの右上腕を上下二回づつ軽く打ち合わせ、顔の前で互いの右手の平をパンッと打ち合わせた後、そのまま握手した。
古くから伝わる境警隊員同士の挨拶だ。
胸元に縫い込まれた階級章を見ると、相手の階級は少尉。保の方が格下だった。
目の前の男は森林迷彩の上にサブデュード(色落ち)させた階級ワッペンを ご丁寧に赤い糸で縫い込んでいたので厭が上にも目立つ。
「W.29市境警備隊第九部隊、Aチーム所属 主任護衛官 猿力保。階級は曹長です」
再び敬礼し、保の方が先に名乗った。
「猿力?ああ君が、あの天響印流の……おっと失礼。私はW.30市境警備隊第一部隊所属、中井衛治。階級は少尉だ」
年にして25~26、保と同じくらいだが、保の様な叩き上げの下士官と違い、士官学校出の爽やかさを周囲に放ちながら敬礼を返し、にこやかに笑って言った。
前時代のマンガなら、ここで白い歯がキラリと光っている事だろう。
『こいつモテやがるんだろうな……』
保の中にかすかな嫉妬が沸き上がる。
にこやかに挨拶を返しながらも保は、この男の事を心の中で
『爽やか野郎』と呼ぶ事にした。
「こちらが積み荷のリストと手形の資料です」
そう言って、他市への武力侵攻の意志は無いという書面手続きと、入市するドライバーと企業の護衛者の情報書類を渡した。
「ご苦労、曹長。後はこちらで引き受ける」
一連の手続きも無事に終わり、4台の護衛車両と液体水素のタンクローリーを引き連れた隣市のEーLAVが砂煙をあげ去っていった。
保はそれを見送った後、場違いなオブジェの様に残された自分の車に戻った。
「今回の任務も無事終了ですね」
引き渡しが無事に済み、気が緩んだ山本が暫く走った所で再び口を開いた。
先程の仏頂面は無くなり、いつものにやけた顔になっている。
山本の中ではもう仕事は完全に終わっている様だった。
保も似た様なものだが立場上、軽く窘めようと口を開きかけた時、
突然無線が入った。
これが保にとってケチのつきはじめだった。
「こちらアルファ2。アルファー0どうぞ」
双方向画像通信なので、どうぞなんて言う必要は無いのだがドライバーの山本に代わり、規定通りの応答で画面に答えると、そこにW.29市境警備隊指令センター管制オペレーターの瀬崎洋子伍長の顔が写っていた。
「アルファー2緊急指令です。先ほど地質学者6名を乗せたヘリが、アウトロードに撃墜されました」
伍長の顔は逼迫していた。
覚悟無しにアウターに降りた者がどうなるか、よく知っているのだ。
「場所はどこだ?」
「アルファー2の現在位置から北西に16キロの地点です。今からトレース情報を送ります。早く救出してあげて下さい……曹長」
「了解。これよりレスキュー任務にはいる」
通信を終えGPSのモニターを見ると赤い星印が点滅している。
「曹長、届いてます」ドライバーの山本がすぐに答えた。
「何分かかる?」
「ダッシュで15~16分」山本は答えながらも、もう向かっている。
E―LAV(イーラブ)
この電動軽装甲車ならこの不整地を60㎞/h程で疾駆するのは朝飯前だ。
この車両は市境警備隊が対アウトロード専用に開発した特殊車両だ。
その装甲は、小火器程度なら楽にはね返し、
装備火器は、12.7㎜マシンガン一丁
7.62㎜ミニガン2丁、
75㎜対戦車ロケットポッド4門、
60㎜迫撃砲1門の重火力。
そして電動四輪駆動とオールテレーン ウイスパータイアで音をたてず、カタログ通りなら平地では最高速度220㎞/hを超える。
今時、化石燃料を使う車など、一部の地上用建設車両に限られており、(その為週に一度ガソリンローリーを受け入れている)一般的にはあまり見られない。
人々は地下トンネルを使って移動する為、電動車が主流となっている現代に於いて電動車両など珍しくもないが、静かに近付き高速移動しながら大量の弾幕を張れるこの車は、アウトロード達にとってかなりの脅威となっていた。
今回のコンテナ輸送が無事に終わったのもE―LAVの御加護あればこそだった。
そうこうしている間に墜落地点に近付いてきた。
コクピット内の対人レーダーに映し出された人体の生体反応が赤いドットとなって無数に浮かぶ。
死んだ甲虫に群がる蟻の様に墜落したヘリの周りに、わらわらとアウトロード達が集まっている。
ヘリは深い森の中に落ちていた。
そのおかげで保達は気付かれず、難なく近付く事が出来た。
ヘリ迄の距離は約500m。
この先は木立が邪魔してE―LAVが入って行けそうな道が無くなっていた。
「まずいな。生存者がいたとしてもこれではな……しかたがない降りていくぞ!」
「曹長、無茶ですよ」
山本が信じられないといった顔で保を見ていた。
「奴らはまだ俺達に気付いていない。だからおまえはここで車を隠して待機しろ。俺は静かに近付いて生存者の確認をする。確認が取れ次第連絡するから、おまえはここから迫撃砲を俺の指示する座標に撃ち込んでくれ。その混乱に乗じて生存者を連れてくる。もし生存者がいなければ何もせずここに戻ってくる。そして静かにここから離脱する」
山本にそう伝えると、保は食料その他を入れた装備パックを背負い、アサルトライフルと伴に刀を取り出した。
陸奥之守御津貞(むつのかみみつさだ)
刃渡り二尺三寸(69㎝)波紋は直刃で何の変哲も無い刀だが保はこの刀に絶大な信頼を置いていた。
市境警備隊は、象徴的意味もあり帯刀を義務づけられている。山本など、よせばいいのに刃渡り7尺1寸(213㎝)もある野太刀を携帯していた。
アサルトベストの左背部から左脇腹にかけて沿っているスライドレールに鞘をセットし鯉口を左肩に付いたストラップで固定した。
80年程前に現れた天才刀鍛冶、無光宗光によって開発された
『レイレスブレードキャリングシステム』
これにより日本刀は現代においても実戦的な武器となった。
ストラップにより左肩に垂直に固定された刀の鞘の下部を左手で払う事により、ストラップの固定が外れ、刀の自重とスライドレールにより鯉口が臍前に来て、即座に抜刀する事ができるのだ。
保が装備を整えている間、山本はE―LAVを茂みの中に隠しカモフラージュを終えると、コクピットに乗り込み待機した。
保が見てもなかなか効果的に隠されている。
茂みの中の山本に向かって両手を上で丸く合わせOKサインを送った後、アサルトライフルを構え、左腕に付けた総合情報端末、通称マルチセンサーを対人レーダーモードにして静かに、しかし素早く森の中に溶け込み墜落地点に近付いて行った。
どす黒い煙と伴にオイルやゴム色んな物の焼ける臭いが、保の元まで漂ってくる
『この中にたぶん人の焼ける臭いも入っているのだろう……』
その臭いといっしょにアウトロード共の嬌声が聞こえる。
音を立てない様に匍匐前進しながら近付き、茂みの中から様子を窺った。
内戦時人々は、地下へと潜って行った為、皮肉な事に地上の自然はこの25年間で、かなりの勢いで回復し森や林として残った所では木々が生い茂っている。ヘリはそんな木々を押し倒し、その周囲だけポッカリと穴が空いていた。
幸いセフティーが働き、ヘリは爆発せずにまだ形を留めていたが無数に穴が空いた機体は炎に包まれていた。
機体後方のノズルから上に向かって、轟音と伴に炎が吹き出ている。
AES(アンチ エクスプロージョン システム)だ。
特殊装甲で燃料タンクを作り、機体に火災が発生した場合、ラプチュアーディスク(破裂板)が作動し、タンクの内圧を一定に保ちながら燃料の液体水素をジャイロノズルで上方へ放出し爆発を防ぐのだ。
ガラスの無くなったコックピットには、マガジンが破裂し溶けかかったSMG(サブマシンガン)を持った黒焦げの死体が炎に揺られていた。
おそらく銃撃を受け、墜落した機体に立てこもり反撃しようとした所に焼夷手榴弾でも投げ込まれたのだろう。
マルチセンサーで 生存者の生体反応を調べたが反応が表れない。
周りは、武装したアウトロード達でひしめいている。
ざっと三十名はいるだろうか、さまざまな野戦服を着た男達の中に平服を着た男も混じっている。中にはスリーピースを着て銃を持っている男もいた。
だが、どれも同じくらい薄汚れている。
そんな連中がヘリから奪った機材を取り合ったり、まだヘリを銃撃したりしていた。
アウトロードの群としては比較的大規模だといえる。
絶望的だが微弱な生体反応が無いか?
生存者を捜す為、保は右手に移動した。
そこで見たのは更に胸の悪くなる様な光景だった
銃撃で顔半分吹っ飛んだ女の死体を犯している男がいた。
その隣ではククリ刀を持った男が、銃弾を受けて死んだ男の死体をおもしろ半分に切り刻んでいた。
死姦している男がククリ刀を持った男に怒鳴っていた。
「なんで女を撃ちやがった。俺の楽しみが半減しただろうが」
怒鳴られた男は自分が遊んでいた男の死体の首を刎ねた後、嗤いながら答えた。
「バカ野郎! テメーが犯りやすくしてやったんじゃねーか。生きてりゃテメーの粗チンなんざ、噛みちぎられてるぜ!」
「はは、ちげーねーや!」
死姦している男が答えると、ククリ刀を持った男がふいに真顔になって言った。
「中に出すんじゃねーぞ。その女も後で喰うんだからな」
その周りでゲラゲラと他のアウトロード共が笑っている。
中には女も混じっていた。
保は怒りにまかせ、今すぐにでも切り込んでこの連中全員を殺してやりたい衝動に駆られたが、なんとか自制して連中から遠ざかった。
『俺は市境警備隊員だ。ハンターじゃない』
境警隊員としての自覚が保を押さえた。
生き証人がいなくなった以上、こちらから攻撃を仕掛ける事はできない。
今の市長に替わって布かれた条例で定められている。
【交戦条例13条第1項:アウトロードとの交戦に於いて、正当な理由(防衛、救出等)なくして、当方から交戦してはならない。
尚、救出任務に於いては、必ず被救出者を証人として出廷させる事】
下手に仕掛けて失敗したら城砦都市そのものが襲われかねない。
それを恐れての条例だ。
まったく砦の中の自分達さえ安全ならそれでいい
そんな考え方がアウトロードを生み出したのに、何も学んでいないという事だ。
『いっそ城壁が無くなれば、少しはまともな世界に戻るかもしれない』
そんな考えを振り払い、保は静かに茂みを離れオープン回線を使って指令センターと待機している山本に連絡した。
「アルファー2-01より、アルファー0及びアルファー2-02へ。羊は全て狼に喰われた。繰り返す、羊は全て狼に喰われた。これより離脱、帰還する」
「アルファー0了解」
マルチセンサーのモニターに写った、瀬崎洋子の顔は暗かった。
「すまない伍長、俺が着いた時には……」
その時だった。
500m程後方で 12.7㎜の轟音が響きだした。
「山本!」保はモニターに向かって怒鳴った。
「曹長、奴等に見つかりました!現在交戦中」
急発進して撃ちまくっているせいか、モニターの中で山本の頭が踊っている様にシェイクされている。 こうなれば一気に攻撃あるのみ。
ヘリの周りにいた連中が山本の方に向かう前に始末をつけなくてはならない。
保はバックパックから取り出したクレイモア(指向性地雷)を予想される連中の進行方向にセットして、安全な岩陰に隠れた。
その数秒後、奴等が走り込んできた。
先頭は先程ククリ刀で死体を切り刻んでいた男だった。
そのすぐ後ろには死姦していた男もいる。
『この二人がリーダー格に間違いない』
都合のいいことに先頭集団は十数名で固まっていた。
その先頭集団全員がクレイモアの射程に入った瞬間、保はクレイモアのリモートスイッチを押した。
爆発音と伴に無数の鋼鉄球散弾が彼等の躰を引き裂いた。
その後の静寂と伴に、辺りを包んだ高性能装薬の煙が消えていった。
見事、先頭集団全員を始末出来た。
目でデッドカウントをとる……十七名。
約半数だ。
「何だ今の音は?」残りが追いついて来た。
ざわめきながら、草木を掻き分け近付いてくる。
保はプローン(伏射姿勢)になり、アサルトライフルのセレクターをセミオートにした。
LANS:ランス{ライトリコイル・アサルトライフル・(K)ノックダウン・システム}
口径7.62㎜ヘビーバレル仕様低反動タイプ。
その昔FALと呼ばれたアサルトライフルの発展型だ。
内戦初期に携帯式レーザーガン等の光弾兵器も導入されたが、高温のエネルギーを射出するという特性上、出血を伴わず撃たれた相手から逆襲される事態が多く起こった。
その為に小火器としての光弾兵器の発展は終わり、結局未だに鋼弾兵器(つまり鉛弾)が主力となっていた。
とはいえ、最近では口径4.45㎜の小口径超高速弾が主流となっている。
重いし銃も弾も旧式だったが、この銃の打撃力とタフな作動性に、保は絶大な信頼を置いていた。
左肩に提げられた陸奥守御津貞の次に。
残りの連中が近付いて来た。
距離約80m。
リーダーを失い、その誰もが怯えていた。
追う側だと嵩に掛かって強気になるが、ひとたび追われる側に立たされると非常に脆い、文字通り戦々恐々として十一人の武装した連中が固まって周囲を見回しながら歩いている。
まったくの素人だった。
『なんてこった、クソッ!女子供も混じってやがる』
サイトを覗き息を整える。
奴等が重なるのを待つ。サイトを通し、後ろ4人が一直線に並んだ。
ゆっくりとトリガーを絞る。
銃声と伴に放たれた7.62㎜の弾頭は、高速回転しながら4人の男の胸板を貫き、僅かに軌道を変えて何処かへ消えた。
『ワンショット フォーキル』
小口径高速弾では、なかなかこうはいかない。
「何だ?一体どうなってるんだ!」
「太一が殺られた!」
「4人も死んでる」
残った連中は保を見つける事も出来ず、恐慌をきたしバラバラに見当違いの方向を闇雲に撃ちまくっている。
今度は3人重なったところで、再びトリガーに指を掛けゆっくりと引き絞った。
『ビンゴ』折れ合うように3人が倒れた。
「ヒーッ!」
「もう、厭だー」
残りは4人、女3人と10代前の男の子が1人。
保は意識的にターゲットから外していた。
4人はすでに弾を撃ち尽くしている。
カチカチとトリガーを引く音が聞こえる様な気がする。
ガタガタと震えながら女の1人がマガジンポーチに手をかけ、予備マガジンを取り出し震えながらマガジンチェンジしようとしていたが、うまくゆかず予備マガジンを落とした
先程の条例には続きがある。
【交戦条例13条第2項(追記):不測の事態により交戦状態となれば、敵を完全に殲滅する事。火器使用制限無し。必ず対象を全て排除する事】
臆病者は最強だ。そして残忍だ。
怖がるあまり徹底的に相手を叩く。
それも必要以上に……。
自分がやられるのが怖いから。
『だがな、あいにく俺は無力になった女子供を殺せる武器など持っていない』
心の中で条例を制定した市長に対し毒づいた。
「武器を捨てて、ここから早く立ち去れ!そうすれば命は助ける」
保の声に反応し、4人はビクッと凍りついた。
『頼む早く消えてくれ。撃ちたくないんだ……』
逆に追いつめられた気分だった。
「もう一度言う。武器を捨てて、ここから早く立ち去れ!そうすれば命は助ける」
4人は弾かれた様に、そして汚い物でも握っていた様な手つきで銃を投げ捨て、4人顔を見合わせると一直線に来た方向へ走って逃げた。
『助かった……』
保は正直そう思った。
アウトロードといえ無力な女子供は殺せない。
先程の怒りとは矛盾する何かが強く保の中にあった。それをやれば、自分自身が外道(アウトロード)に成り下がる。
武人としての自負心が、常に保を動かしていた。
こちらはこれで片付いた。
マルチセンサーの対人レーダーで生体反応を調べてみても、逃げて行く4人以外、周囲500mに反応は無い。
後は山本の方だ。もう一度センサーを見る。
後方にEーLAVを示す緑色の三角マークが表示されていない。
「山本、こっちは片付いた。そっちはどうなった?」
モニターは砂の嵐状態、雑音と伴に途切れ途切れながら山本からの連絡が入る。
「・・曹・だめ・ブ・ーキ・撃たれ・障・減速・不能・」
聞き取りにくい。
「どうした!何があった?」
森の中を走りながら左腕に向かって聞き返す。
「曹長・・撃・れ減速不能・・ブレーキ・・・減速不能……」
『減速不能だ?』
森を走り抜けた保が見た物は、猛スピードで遠ざかって行くEーLAVだった。
「山本、山本!」
返ってくるのは、雑音だけだ。
『なんてこった!』
保は、ドツボに両足を突っ込んだ気がした。
直ちに閉鎖直通回線で本部に連絡を取った。
「アルファー2-01よりアルファー0へ。アルファー2-02、えーいめんどくさい、クローズ回線だから暗号無しでゆく。山本が乗ったEーLAVが減速できずに走り去った衛星でトレースしてくれ」
瀬崎伍長がLCD画面に写る。
「了解。現在 山本軍曹は80~90km/hrで移動中。現在位置は正門より32kmの所です」
「そっちから停止信号を送れないか?」
EーLAVには衛星指令により遠隔である程度、簡単な遠隔操作ができる様になっていた。ドライバーが死んでも帰ってこれる様に、そして行動不能時には自爆信号も送れる。
この車がアウトロード共の手に渡らない様にだ
「先程の通信内容を聞いた時点で、こちらから停止信号を送っているのですが効果がありません」
「打つ手無しか……、すまないが瀬崎伍長、山本と俺にピックアップチームを回してくれないか?」
屈辱的だがそれしかなかった。
「了解しました。気を付けてください曹長」
伍長は心配顔で言った。
保と同様、彼女の両親もその昔侵入してきたアウトロードに殺されているのだ。
「ここで隠れて待っているから早めに頼む」
「はい。直ぐに要請します」
心配そうな彼女の顔を見た後、通信を切った。
『しかし山本は、何と交戦していたんだ?対人レーダーには全く反応が無い……』
敵地ともいえるアウターで保は完全に孤立した。
茂みの中に身を隠し、最悪の事態を想定し装備を再確認しだした。
弾は高性能弾が予備20連マガジン一本と銃の中に18発、計38発。
通常弾が30連マガジン1本で30発。
この中の高性能弾は支給品では無く、保が知り合いのスナイパーから特別にロードされた物を一発千円で買っていた。
銃と刀が混在するこの時代、鎧や抗弾ベストを着込んだ連中も多く、車両に対しての攻撃も考え、保は徹甲弾に近い弾頭をセットしてもらっていた。
だからスコープ無しでも精密射撃ができるし、自然と一発で数人倒す様な撃ち方になっていた。
通常弾はEーLAVのミニガン用。
これはフルオート射撃に使用する。
今時分、わざわざこんな弾やライフルを使う物好きはいない為、こんな苦労が付いて回る。
『だが生死を賭ける以上、自分が納得のゆく武器を使いたい』と言うのが保の持論だった。
とはいえ、EーLAVの火力に頼り切っていたツケが廻ってきていた。
弾数に不安が残る。
残りの武器は左肩の御津貞のみだった。
アサルトベストには先程のマガジン以外に三徳ナイフ、マルチセンサー用予備バッテリー、パッシブIRゴーグル、小型ライトとその予備電池、20m巻きロープ、スカーフとバンダナ、ライター、ファーストエイドキット、0.75L水筒、それに筆記用具だ。
バックパックにはテーブルナイフセットにメスキット、大型の金属カップ、3.0Lの金属水筒、そしてビニール袋と固形燃料。
食料はパックベーコン、ドライビーンズ、乾パン、ティーパック、数種類の香辛料だけだった。
後はオールウエザースパッツ、予備Tシャツ、予備の皮手袋、ポンチョ、携帯ブランケット
これで全てだった。
装備の確認が終わり30分程たった頃、マルチセンサーが振動し無線着信を知らせた。
「山本と俺のピックアップの目処はついた?」
保は画面に映った瀬崎伍長に明るく言った。
「猿力さん・・ごめんなさい……」
画面の彼女は以前、飲みに行った帰り保が部屋に誘った時とまったく同じセリフを言った。
その時の悲しい思い出と伴に保の脳裏に厭な先の展開が見えてきた。
「どういうこと?」
保が聞くと、彼女は言いにくそうに続けた。
「たった今、山本軍曹が帰還したのですが、正門に入ってすぐにゲートセンサーに衝突し山本軍曹が脱出直後にEーLAVが爆発炎上して、正門が使用不能となり、地上からの救援は難しくなりました」
『なんてこった……』悪い時の勘はよく当たる。
「山本は無事なのか?」
「ええ軍曹は軽傷で、今、手当を受けています。それともう一つ。爆発にうちの部隊のヘリ2機も巻き込まれ、現在すぐに救援に出せる航空機もありません。市警察のヘリなら出せるかもしれませんが、どうします?」
彼女は恐る恐る保の顔を窺った。
「市警のヘリなどクソッ喰らえだ!」
市境警備隊と市警察とは水と油、文字通り犬猿の仲だ。彼女もそれをよく知っている。
それを踏まえての疑問符だった。
「OK、これより徒歩にて帰還する明日の朝ゲートで会おうと相棒に伝えてくれ」
『本当に逢いたいのは洋子ちゃん、君なんだ……と言いたいんだが、一度振られた相手に何度も言い寄る程、俺は強い男じゃ無い』
保は心の中で自嘲気味に呟いた。
しかし、そんな事など顔に出さず最後にニッコリ笑って交信を終了した。
やせ我慢でもいい、本当の男は極限状態でも、歯をくいしばって嗤うものだと、死んだ父親に教えられていた。
現在15時17分ゲート迄の距離48km。
直に日が暮れる。
保はゲート近くの廃墟で野宿する事になった。
第二話 https://note.com/1911archangel/n/n0e4d8a57b4f0
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