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隠れた名作アニメ『サクラクエスト』のススメ──迷える人生にそっと寄り添う、等身大の町おこしドラマ

はじめに

2022年5月25日、『サクラクエスト』というアニメの見放題配信がdアニメストアなどで始まった。『花咲くいろは』『SHIROBAKO』『白い砂のアクアトープ』とともに、P.A.WORKSが手がけた“お仕事シリーズ”の一作に数えられる作品だ。『ソードアート・オンライン』原作イラストのabecことBUNBUNがキャラクター原案を担当したことでも話題になった記憶がある。放送は2017年、今年で5周年を迎えた。

物語の主人公・小春由乃は“普通”にコンプレックスを抱き、故郷を飛び出して憧れの東京に出てきた短大生。卒業を目前に控えながらも就職が決まらず、貯金も底をつきかけという有り様だった。

そんな彼女はちょっとした行き違いから、富山県・間野山市という田舎に作られた架空の独立国・チュパカブラ王国の国王に就任。1年間という期限付きで町おこしをやらされることになる。

由乃のもとに集まったのは、間野山市に生まれ育ち故郷をこよなく愛するしおり、役者として生きる夢を諦め帰郷してきた真希、人と違った感性を持つために幼い頃から孤立しがちで引きこもり気味な凛々子、東京での仕事に疲れてIターンしてきた意識高い系Webデザイナーの早苗。5人は力を合わせ、地域が抱えるさまざまな課題に立ち向かっていく──

僕が思うこの作品の魅力はなんといっても、等身大の悩みを抱えたこの5人が町おこし事業に四苦八苦する中で、少しずつ自分の人生に対して前向きになっていくところ。しかも決して各々の内面的な問題や間野山市の抱える課題にうわべだけ取り繕ったドラマチックな解決を与えるのではなく、現実の厳しさを踏まえつつも、フィクションとして少しだけポジティブな落としどころを提示しているところだ。

もちろん、ほかにもこの作品には沢山の魅力がある。たとえば上述のような書き方から「シリアス一辺倒なアニメなのか」と思った人には、どこかとぼけたコミカルな掛け合いも見どころのひとつだということをしっかり強調しておきたい。

またこの作品は町に暮らすさまざまな人々を描いた群像劇としても優れている。ある共同体の人間関係や暮らしをここまで丁寧かつ豊かに描いたアニメは史上類を見ないのではないかと思わされるほどだ。

この記事ではサブスク配信のスタートを機に、こういった『サクラクエスト』の魅力を、いくつかの項目に分けて紹介していく。なお未視聴者向けの記事のため、極力肝心なネタバレは避けて書いていく。

等身大のキャラとともに泣き、ともに喜ぶ物語

誰も自分を認めてくれないような気がして、落ち込んだことはないだろうか? 夢を追いながらも成果が出ず、そんな自分をより強い情熱と輝きで追い越していく誰かの背中を見て、挫折したことは? あるいは特殊な感性のせいで周囲から疎外されているように感じたり、懸命に頑張っていたあるときふとしたきっかけで何もかも虚しくなってしまったり、ずっと変わらないでいてほしいものが変わってしまうのではないかと不安を覚えたり──

多くの人が人生の途上で一度は経験する思いを、由乃をはじめとする『サクラクエスト』のキャラクターたちも抱えている。

しかも彼女たちは超能力や魔法が使えたり、誰もが羨む才能やカリスマ、万難を排する並外れた意志や勇気を持っていたりするわけではない。だからこの作品にバッタバッタと敵を薙ぎ倒し、サクサクと問題を乗り越えていく痛快な展開はひとつもない。しかしだからこそ、そんな彼女たちを応援したくなるし、それぞれが持つその人だけの魅力が、なおさら輝いて見える。

たとえば由乃は懸命に就活に励むもあえなく惨敗している。国王の仕事はもともと椿由乃という往年のアイドルにオファーされるはずだったものが行き違いで転がり込んできただけだ。肝心の町おこしだって地域住民は誰も望んでおらず、それどころか余計なお世話と言われる始末。由乃は誰にも必要とされていなかった。

TVアニメ『サクラクエスト』より、由乃。©2017サクラクエスト製作委員会

物語の序盤、由乃のやることなすことがことごとく空回りする様子はコミカルに描かれてこそいるものの、ふと彼女の立場に立って見てみれば胸が痛くなるほどだ。それでもエピソードが進んでいくと、人とぶつかり、ときに厳しいことを言われて凹みながらも進もうとするひたむきさや、誰かの気持ちを受け止めて寄り添える優しさなど、由乃には由乃なりの魅力があることがわかる(序盤でいえば第7話「煉獄の館」で顕著に描かれる)。

それは現実を劇的に変える力ではないが、周囲の人を励まし、少しだけ前向きにする力だ。そしてこの物語を最後まで走り抜けてみると、それはこの作品そのものが持つ力であることがわかる。『サクラクエスト』のキャラクターははるか先を行くのではなく、隣で一緒に歩んでくれる存在だ。それゆえに共感しやすいし、自分も物語の世界の一員になったような気持ちで一緒に一喜一憂できるのである。

心地よく弾む掛け合いの妙

特定のキャラ個人の悩み、町おこしの課題、ちょっとした小ネタなどに関する複数のエピソードを並行して描くこのアニメは、とにかく1話ごとの密度が濃い。そのぶんキャラ同士の会話が多い印象があり、逆に言えば会話がつまらないと飽きられてしまう作りなのだが、『サクラクエスト』の掛け合いは抜群に魅力的だ。

といっても現代日本を舞台にした等身大のキャラクターたちの地味なドラマだから、外連味のある芝居がかったセリフはほとんどない。どちらかといえばリアルなセリフの弾むような応酬や、鼻につかない程度の軽妙なユーモアが持ち味である。

たとえば間野山でとある映画の撮影が行われるにあたり、由乃たちが東奔西走する序盤のエピソード。無事に撮影のサポート業務が終わったあと、由乃たち5人がささやかな打ち上げをする場面がある。そのくだりを引用しよう。

由乃「みなさん、お疲れ様でしたー! 乾杯!」
4人「乾杯!」
由乃「(缶ビールを一口飲んで)ぷはぁ! 本当に色々あったけど、みんなのおかげで無事にロケも終了! ビールがおいしい!」
早苗「にしても、みんなそっけないくらいさっさと帰っちゃったわね」
真希「打ち上げくらいやるのかと思ってた。よっぽど低予算だったんだな」
しおり「でも、こうやって信頼を積み重ねていけば、きっと町も活気づくんじゃないかな!」
凛々子「ようこそゾンビの町へ(※筆者注──このエピソードで撮影された映画にはゾンビが登場する)」
しおり「え…(若干引いている)」
早苗「真希、最後かっこよかったよ」
真希「(照れながら)そう? ありがと。一応応援してくれる人も…いたりするし」
しおり「やっぱり地元っていいでしょ?」
真希「うん。昔の自分に元気もらった」
しおり「ふふーん。弱っている人ウェルカーム! 間野山はそういう町なの」
早苗「どういう町よ!」
しおり「みんなどんどん逃げてくればいいのに」
真希「こらこら」
凛々子「じゃあ私も逃げる」
しおり「(凛々子によりかかりながら)ダメダメ! りりちゃんは残ってなきゃダメ!」
早苗「(笑)。国王も何か言ってやってよ…って寝てるし!」
真希「(笑)。ビールくらい置きなさいよ(と言いながらビール缶を掴む。が、由乃の手が離れない)…うおー! なんだこの握力取れないんだけど!」
凛々子「死後硬直」
早苗「おいおい殺すな」
真希「死後12時間ってところね」
早苗「おでん探偵出番…(※筆者注──場面がフェードアウトするためセリフも途中で聞こえなくなる。なおおでん探偵とは真希が脇役で出演したことのあるドラマに出てくる主人公で、真希はおでん探偵役ではないのにも関わらず、『サクラクエスト』劇中でおでん探偵と呼ばれることがある。この適当きわまりないあだ名の付け方にも絶妙なリアリティがある)」

TVアニメ『サクラクエスト』第7話「煉獄の館」より。©2017サクラクエスト製作委員会

上記の抜粋からもわかるように、『サクラクエスト』の掛け合いは『あの花』の岡田麿里や『Just Because!』の鴨志田一の脚本でも楽しめるような、アニメチックでありながらも同時に生っぽいテイストが特徴だ。聞いた単語からの連想につられた脱線、互いのセリフを無視して新しい話題を始めてしまうことからくる流れの切断、限りなく自然に近いボケとツッコミなどを織り交ぜることで、絶妙に無意味でリアルな手触りの会話を演出している。

その“リアルな手触り”を受け手に感じさせるという点においては、キャストの功績も忘れてはならない。このアニメはとにかくしおり役の上田麗奈、真希役の安済知佳をはじめ生っぽい演技に優れた声優がキャスティングされており、シリアスな箇所であれコミカルな箇所であれ、「うまいなぁ」とすら思わず自然に聞かされてしまう。個人的には門田丑松役の斧アツシ、織部千登勢役の伊沢磨紀、エリカ役の黒沢ともよが参加するシーンにも注目してほしい。エリカなど最初は「憎たらしいやつだな」と思うかもしれないが、演技を聞いているうちだんだんクセになってくるはずだ。

TVアニメ『サクラクエスト』より、エリカ。©2017サクラクエスト製作委員会

作品世界にぴたっとハマる(K)NoW_NAMEの楽曲

『サクラクエスト』では主題歌・劇中BGMなどの音楽プロデュースを『灰と幻想のグリムガル』制作時に立ち上げられた(K)NoW_NAMEが担当している。僕自身に音楽の素養がないため彼らの作る楽曲のよさをうまく伝えきれないのが悔しいのだが、とにかくBGMはコミカルなシーンにもシリアスなシーンにもぴたりとハマっているし、全4曲の主題歌もいい。

とくに好きなのは2クール目のED『Baby’s breath』。どこかノスタルジックなイントロのあとに、Aikoを彷彿とさせる女性ボーカルが優しいメロディの歌を紡ぎ出す。「落ち込んで喜んで繰り返して/忙しく心が揺れるの/思わず弱音を吐いちゃうこともあったり」という歌詞はそのまま町おこしや自分たちの人生の悩みに右往左往する由乃たちを歌っているようであり、現実に生きる人々の日々の屈託を代弁するようでもある。

サビは夕暮れどきを連想させる少し泣かせる旋律で、「any day 選んだ/道が少し遠回りでも」「any day/ゆっくり 歩いていけたら Day by Day」という歌詞は「焦らなくてもいい」というメッセージを伝えてくる。肩の力が抜けるとともに、背中をそっと押されるような気持ちになれる曲だ。YouTubeのTOHO animationチャンネルでは贅沢なことにすべてのOP・EDのノンクレ映像が公開されているので、こちらも確認されたい。

おわりに──どこかにありそうな世界を描き出すこと

この記事を書いてみて改めて気づいたが、自分が『サクラクエスト』を好きな最大の理由は、「富山県間野山市や、そこに住まう人々は確かにこの世界のどこかに存在している」という気にさせられるからなのかもしれない。その説得力は上でも述べた共感しやすいキャラクター造形や、リアルな会話劇がもたらしているものだろう。また老若男女さまざまな立場のキャラクターの営みが豊かに描かれていることや、P.A.WORKSの美麗で細かい映像の力にも起因するのだと思う。

同じお仕事シリーズのなかでもヒットした『花咲くいろは』『P.A.WORKS』に比べると、どう贔屓目に見たとしても『サクラクエスト』は地味なきらいがある。一目でパッと注目を集める外連味や話題性には欠けるのだ。しかしちゃんと素直な気持ちで見てくれれば、必ず心の深いところに響く良作だと思っている。配信を機に、ぜひとも『サクラクエスト』の世界に触れてみてほしい。

最後に一部エピソードの脚本を執筆した入江信吾による解説記事のリンクを載せておこう。入江さんの担当エピソードについてのみではあるが、初稿や貴重な裏話が掲載されている大変充実した読み物なので、実際に作品を視聴してみて気に入ったという方はぜひ副読本にしてほしい。なお本人談では、番組の公式見解ではない点のみ了承してほしいとのことなので、その旨を書き留めておく。


公式リンク

■公式サイトなど

■公式Twitter

■コミカライズ

「サクラクエスト」(原作:Alexandre S.D.Celibidach,漫画:古日向いろは

「サクラクエスト外伝 織部凛々子の業務日報」(原作:Alexandre S.D.Celibidach,漫画:まっくすめろん)

「サクラクエストアンソロジーコミック」(原作:Alexandre S.D.Celibidach,漫画:アンソロジー

■ビフォーストーリー

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