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ハッピーエンド

友人も恋人もどんな繋がりも、何かの形を成し遂げなくても「あった」だけで価値があるのだと思う。
たとえ、今は連絡を取っていなくても、別れてしまったとしても。
そう思いたい。

恋愛は殊にそうだと思うが、付き合うこと、結婚することがゴールになる。それ以外だと失敗のような。
あんな奴別れて正解だった、以外にもゴールテープを切らないさまざまな形の関係性があるのではないか。
成し遂げたものだけが価値があるわけじゃない。


「ラ・ラ・ランド」の最後に寂しさを抱く人は多い。
私はあれはあれでよかったと思っている。
恋も仕事も両方を手に入れることなんてできないとか、そんなのではない。

あの2人は、お互いの人生にとって必要でかけがえの無い存在になりえたというだけで十分じゃないか。
結果として何かになる関係だけが正解じゃなくて、人生において大事な時間があった、それだけで十分価値がある。
もしかしたらあったかもしれない別の未来を思うのは切ない。だけど、あったかもしれない幸せがたくさんある人生は、たくさん分岐があった人生は、いいものかもしれない。

ラ・ラ・ランドのエンディングについて、監督のインタビューを訳したサイトより、以下引用させてもらう。

CNNのインタビューにチャゼル監督からの答えがありました。チャゼル監督は次のように語っています。

「今までに作られたラブストーリーの傑作とされる映画の多くが“そして二人は幸せに暮らしましたとさ”で終わっていないのには理由があると思うんだ。

愛について語るとき、愛自体が主人公の二人よりも大きな存在でなければいけないと僕は思う。二人が一緒にいるいないには関係なく、愛はまるで3番目の登場人物のようにそこあり続けるんだ。現実とは全く別の次元でね。主人公の二人の関係が終わってしまったとしても、愛はそこに永遠に存在するということ。僕はそれが美しいと思う。」

"『ラ・ラ・ランド』のエンディングに関してデイミアン・チャザル監督が語る". Pepper’s Attic


私は、ラ・ラ・ランドをハッピーエンドだって言い切りたい。自分の好きを全て、肯定したい。

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