【2分で読める】 寄付した時、お礼を言うべきはお金を出した人。という話(木戸)
*博報堂時代の『心・技・体』…心㉚
皆さん、おはようございます!久々の投稿です。
HDAの木戸です。自分の経験を話して、心技体の3つに分けてエピソードを紹介してきましたが、『心』のエピソードも30回になりました。
先日、兵庫県内の高校教諭の「人権」教育担当の先生方に、自分のNPOの活動などを例に自分の人生観を話をさせてもらう機会がありました。
NPOの活動は、特にやりがい搾取になりがちです。
過剰な、「しなきゃいけない」がスタンダードになって、サポートする側とサポートを受ける側のバランスが崩れていると感じます。
NPO、福祉の活動の現場で、その違和感を感じます。結果的に、無理がたたって、長続きがしません。
ただ、仕事も何もかも、同じこと。等価交換。
そう思います。
こちらは、実際に、使用した資料のスライドです。人生のあらゆるシーンで、等価交換が基本だと痛感しています。
この種の話をするとき、いつも思い出す話、例に挙げる話があります。
スペインかどこかの逸話で、僕自身も、車イスになってから出会いました。
あるビジネスマンが、ホームレスの前に置いてる空き缶にお金を募金しました。
ホームレスが何も礼を言わないので、ビジネスマンは、
「なぜ、寄付をしてやったのに、礼を言わないんだ。」と詰め寄ります。
それに対して、ホームレスはこう切り返します。
「お前が礼を言うべきだろ、寄付したことで、お前が気持ちよくなったんだから」
いがみ合って生きましょう。と言いたいわけではありません。苦笑
サポートする側に、礼を言え!と言いたいわけでもありません。苦笑
結局は、こういう等価交換が成り立ってるので、『過剰な思い遣り』は不要です。
そんな風に、我々の活動に参加してくださった皆さんは、スタッフやボランティアに参加することで、「よし、明日からも頑張ろう!」と思って帰っていってくれます。
一緒にチャレンジし、目の前の壁を乗り越えることで、お互いが気持ちよく、前向きに生きる糧になっていると信じます。
最後に。
基本的には、上記のような考え方ではいますが、法人の代表、プロジェクトの主宰者としての僕の責任は、”単なるやりがい搾取”にならないよう、参加してくれたスタッフ、ボランティアの皆さんに、人件費をお支払いできる事業力を育てていくことだ。と理解しています。
このnoteでは、★色んな働き方、生き方があるということをシェアして、結果的に、多くの人が目の前の仕事に忙殺されるだけの人生ではなく、自分の意志で取捨選択した人生やキャリアを歩める世の中になることを願って書こうと思います。僕にとっては、博報堂時代のサラリーマン人生も、その後のフリーの木戸俊介としての経験も、どちらも欠かすことはできません。両方あるから、今の木戸俊介がいると思っています。そういう意味では、特に、今後の将来に対する期待と不安が入り混じる同世代、★29歳~35歳の企業マンに向けて話すつもりで書けたら良いなと思っています。