長らく積読状態にしていた花柳章太郎さんの『きもの』(昭和16年)。やっと手に取り、一気呵成に読み終えました。花柳章太郎さんのことは『残菊物語』で知っていたのですが、新生新派の女形役者であったことは知りませんでした。本でも、舞台衣装の誂え話や、衣裳寫眞が多数紹介されています。また、着物について造詣や探究心が深く、その感性にすっかり魅了されてしまいました。ここでは、書評というより気になった箇所をメモとして抜粋し、今後の考察の参考にするつもりです。そのため、記事のほとんどが引用ではありますが、『きもの』をまだご存じない方にその魅力を伝えたく意図的にそうしています。私のような者が大それたことを言っているのは百も承知ですよ…。
『きもの』という本
花柳章太郎さんが、演劇新派や雑誌に掲載してきた、きものに関する記事を一冊にまとめたのが『きもの』です。ご自身が役に付くようになった当時より、舞台衣装に関心を持ち、その工夫における愛惜心や苦労の数々を綴っています。例えば、劇場組織の発達によって、劇全体と舞台衣裳の調和が重要となり、その難しさから衣装デザインを日本画の大家に依頼した話を取り上げられています。また、きものの歴史や変遷を丁寧に解説され、各項目ごとに、ご自身の舞台衣装姿の寫眞を参考に載せています。
装幀
名だたる日本画家達による美しい装幀です。
箱張 鏑木清方筆「瀧の白糸」衣裳デザイン
表紙、扉 苅谷鷺行筆「白鷺」衣裳デザイン、小村雪岱筆「稽古扇」長襦袢デザイン
見返し 鏑木清方筆「瀧の白糸」衣裳デザイン
三色版 伊東深水筆「日本橋」衣装デザイン
目次
序 鏑木清方
鏑木清方氏と木村荘八氏のお二人が序を書かれています。鏑木清方氏の序を抜粋し紹介します。
『きもの』で気になった項目
序章
きもの
ここで男性の着物について以下のような言及をされています。
羽織
帯
帯止のついでに指環にも触れています。私はアンティークの指環が好きで蒐集していますが、必ず自分に似合う指環を選ぶよう気をつけています。指環はあくまで手を美しく引き立てる為の脇役です。指環に限らず何においてもですが。以前、いつもお世話になっている西洋アンティーク店の店主さんから、自分に似合う指輪の見分け方をご教授いただいたことがあります。その方法は、まず指環を嵌めて、もう片方の手で指環を覆うように隠します。少し経ってから、覆っている方の手を除け、指環を嵌めている手全體を見ます。指環を嵌めたことで、手が美しく見えたら似合っているとのことです。しかし、指環だけが目立っていたら残念ながら似合っていません。花柳章太郎さんが下記のように仰るのは、似合う指環をしている御婦人が少なかったせいかもしれませんね。
諸大家による帯のデザイン
伊東深水氏筆
木村荘八氏筆 山川秀峰氏筆
小村雪岱氏筆
長襦袢
舞台衣装
明治調の復活を試みた事例。
この本で、花柳章太郎さんは「調和」を考慮した床しい美しさについて、繰り返し述べていらっしゃいます。この調和、簡単なようで難しい感覚、技術ではないでしょうか。花柳章太郎さん自身、過去二十何年の間に、きもの三千枚分の経験と苦労をしてきたと書かれています。第三者からすると、なんて経験豊富なのだろう…と印象を受けますが、ご本人は「多少は自信もあります」とおっしゃる程度なので、常に「美は調和から」という追求と向上心をお持ちの方なのだと伺えます。その中でも「きもののえらび方」については、ずっと心に留めておきたい内容です。
花柳章太郎さんの『きもの』は、これから着物について考察を進めていく上で、とても大切な一冊となりました。また、近頃は明治期の着物にも関心があり、この本を読んでから更に関心が高くなりました。追々調べていきたいです。
残菊物語
読了後、すぐに残菊物語をAmazonプライムでレンタルしました。溝口健二監督は、完璧主義者で時代考証もしっかりされています。衣裳のみならず、町並みや小道具などもよく注視すると発見があって面白いです。映画の物語はさておき、花柳章太郎さんの着物や所作を注意深く観察してみました。時代背景は、人物や鉄道のことを考慮すると明治中頃でしょうか。デジタル復元版とはいえ、着物の模様がよく見えず残念です。
『きもの』に残菊物語のことも触れています。
女性のお化粧でも、白黒映画では黄色味の白粉を使用していたといった記事を読んだことがあります。衣裳でもこういった問題があったとは。ちなみに、柿色(赭色)の獄衣は明治5年の監獄則で定められ、明治14年の改正では赭色、刑事被告人や18歳以下の受刑者は浅葱色と定められていたようです。
舞台
不断着
財布を腰に戻す仕草。履物は、男堂島でしょうか。明治の普通履きの下駄は、たいてい表つきで、差歯は少なかったそうです。どうでも良い事ではありますが、この場面は花柳さんが仰る「ラブシーン…」。どうも初々しくて顔がニヤけてしまいます。
不断着の着方 長着→帯→足袋→羽織→襟巻
舞台後の着替え場面。着方に関心があったので繰り返し再生して観ました。腰紐がとても細く、端が房になっています。戦前は、腰で締めるのが一般的だったようなので、締めやすい細紐が使われていたのでしょうか。長襦袢の項では、長襦袢には細紐を使用した方が良いと書かれています。
腰に巻き付け、中央で結んで処理していました。
帯は貝の口でしょうか。
着終わった後に座って足袋を履く。長着がはだけて襦袢が見えています。
羽裏。どんな模様なのか検討が付きませんが、小槌のようなものが見えます。ぱっと羽織って紐を結んでいました。
外に出てから襟巻きを巻く。物にもよるでしょうが、前から後ろに回し、前で結んでいます。ちなみに右側に見える女性はお徳さん。
浴衣
この浴衣をどこで着ていたのか分かりませんでした…。それにしても洒落た浴衣です。
ドサ回りで着ていた、紅葉に蝙蝠?雁?模様の浴衣。紅葉が絞りのようなのですが、染めなのかどうか映像では分かりませんでした。
外套
インバネス、二重廻し、トンビと様々な名称で呼ばれていますが、正しい名称や定義などは曖昧なようです。二重廻しは和服用、インバネスは洋装用で丈の短いものをさすといった説もありますが、これも定かではありません。ただ、関東では、和服用の二重外套を二重廻しと呼ぶのが一般的です。明治初期頃は、釣鐘、蝙蝠と呼ばれたマントのような外套が広く用いられていました。明治中期の『衣服と流行』には、日本の外套として、鳶型外套、角袖外套が紹介されています。まだこの頃は洋装でも二重廻しが着用されていた為、日本の外套として紹介されていたのでしょう。1920年代になると、襟に毛皮が付いた二重廻しが登場します。菊之助が被っている耳覆いつきの帽子は、鹿打ち帽というそうです。
菊之助が着ている二重廻しの襟に、毛皮がついていることが気になります。
ちなみに、右側にいる女性は髪に花飾りを付けています。当時、髪に花飾りをつける事はハイカラなことでした。ただ、20歳くらいまでの若い娘に限ります。
久々に溝口作品を観ましたが、鑑賞後の満足感は相変わらず高いです。それにしても花柳章太郎さん、本当に素敵でした。着物の男性をみて、洒落ているというのは、こういう方のことを言うものだな〜と感じ入りました。着姿も自然で、一つもいやらしさがない。戦前でも洋装の男性が増えてから、着物を上手に着こなせる方は少なくなっていたようです。現代では、ここまで装える方なんて本当にいらっしゃらないのではないかと思えてなりません。
これだけでは物足りず、歌行燈を続けて観ました。この映画でも、花柳章太郎さんの観察をやめられません。それに、私は能楽が好きなので、山田五十鈴さんが海士の仕舞を披露する場面は印象的でした。ちなみに時代考証は木村荘八氏が担当されています。