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村上春樹の短編を読む 海外文学と音楽 その6 『東京奇譚集』 プレイリスト付き

 村上春樹さんの短編小説を作中に登場する海外文学や音楽から読み解くシリーズの六回目です。今回は、『東京奇譚集』収録の作品について。

「偶然の旅人」

フランシス・プーランク
 20世紀フランスの作曲家です。主人公のピアノ調律師が最も愛好する作曲家。調律師がゲイなので、ゲイであることを隠そうとしなかった、ゲイである自分にも音楽にも誠実であろうとしたプーランクを好むとのこと。『失われた時を求めて』の注で知りましたが、英国ほどではなくても、フランスにもゲイを禁止する法律があったそうです。小説の中でも、同性愛者に対する誹謗中傷が描かれていました。特にヴィシー政権下(ナチスの傀儡政権)は、同性愛者にとって厳しい時代だったはず。
 Spotifyに、作中に出てくる『フランス組曲』『パストラル』があったので、聴いてみました。どちらも、気楽に聴ける軽快で、楽しい曲でした。


チャールズ・ディッケンズ『荒涼館』
 調律師がブックカフェで読む小説。「ディッケンズを読んでいるあいだはたいていの他のことを忘れてしまえる(中略)いつものように最初のページから、その物語にすっかり心を奪われてしまった」とあります。
 隣のテーブルの女性も『荒涼館』を読んでいたところから、物語が始まりまるのですが、この人とは何かの縁で結ばれていると思いたくなるシチュエーションですよね。私も人の読んでいる本が気になる性格なので、電車やカフェでついチェックしてしまうのですが(ほぼ不審者)、相手が自分と同じ本を読んでいたことなど一度もない、どころか私の好きな本を読んでいたことさえ、一度しかありません(池波正太郎さんの『黒白』でした)。
 『荒涼館』はディッケンズの代表作の一つ。物語としても面白いですが、民事裁判で勝訴したのに、もらえるはずのお金は全額裁判に費やされていて、無一文になってしまったという話が当時の裁判の腐敗をしのばせます。また、警官の捜査過程が描かれる警察小説としては、最古の作品だと思います。文庫本四冊と少し長いですが、ディッケンズの欠点(感傷性とご都合主義)がほとんどなく、調律師が言うように心を奪われる小説ですので、ぜひ読んでみて下さい。

 

「日々移動する腎臓のかたちをした石」

マーラーの歌曲
 主人公の小説家が短編小説を書きながら、繰り返し聴く曲です。
 私もマーラーの曲が大好きで、交響曲や歌曲を家で流しっぱなしにしていることがあるので、主人公に親しみを覚えます。
 個人的に、学生時代はクラシック音楽が苦手だったんですね。音楽の授業で聴いたベートーヴェンの交響曲やバッハの宗教曲など、なんて退屈なんだ…と思っていました。中高時代は、まわりが家でクラシックを聴くような子ばかりだったので、家庭環境の違いも強く感じましたし。中三の試験で、クラシック音楽の一部を聞いて、曲名を書くというのがあって。音楽教師が怠慢なのか、ペーパー試験はそれだけなのです(40人の音楽家の百曲ほどを覚えるという鬼のような試験でした)。試験前に聴きまくったのに、ベートーヴェンの『田園』がわからず。それを友達に話すと「あれは『田園』以外の何ものでもないやん」と笑われました。性格の良い子だったのですが、彼女にとっては覚えるまでもない曲だったのでしょう。
 大学に入ると、ピアノを習っていない女子も普通にいましたし、クラシックを聴く子の方が少数派だったので、ホッとしました。
 ところがある時、ミステリ小説に出てきたマーラーの交響曲を聴いてみたところ、これまで知っていた退屈なクラシック音楽とは全く違ったのです。ビートルズの『サージェント・ペパーズ』的な壮大な世界観を持つコンセプトアルバムを聴いた気がしました。
 村上さんの小説の話なのに、マーラーの話で熱くなってしまったのでこのへんでやめますが、私のようなポップ・ミュージック漬けだった人にこそ聴いていただきたいのが、マーラーの曲です。


『東京奇譚集』に登場する曲のプレイリスト。

 1・2曲目の『バルバドス』『スター・クロスト・ラヴァーズ』は、「偶然の旅人」で語り手(村上さん?)が思い浮かべる曲。どちらも、作中で言及されるヴァージョン。
 3曲目と4曲目が上記プーランクのピアノ曲。演奏はアンドレ・プレヴィン。プレヴィンはNHK交響楽団の名誉客演指揮者として来日回数も多かった方です。
 5曲目は調律師が聴くアルトゥール・ルービンシュタイン演奏のショパン『バラード第1番』。

 6曲目ボビー・ダーリン『ビヨンド・ザ・シー』「ハナレイ・ベイ」で主人公がリクエストされる曲。

 7〜10曲目はマーラーの歌曲集『さすらう若者の歌』
 11曲目ジェームス・テイラー『アップ・オン・ザ・ルーフ』は、「日々移動する腎臓のかたちをした石」でFM放送から流れる曲。歌詞は小説の内容と少しリンクしています。


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海人
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