裏ひよこ日記　ショコラバナーヌ

仕事用のスーツ。悪くはないけど、決まらない。

…一着買うか。

ひよこー？服見に行きたいんだけど？

んー？いいよー。

バスルームにいるひよこから返事もらう。

洗面台を占領しているひよこと争奪戦を繰り広げ、支度を済ませて外出した。

あんなに土砂降りだったのに雨はきっぱりと上がり夕方の空が広がっていた。

イイな、これ。好きだわこの感じ

坂の上に建つひよこが借りているアパートはダラダラと長い階段が続いている。

滑りやすいから気をつけるんだぞ？

分かった。

分かったっていったはずなのにその3秒後位に階段を踏み外して転げ落ちそうになったぴよぴよをガシッと掴んで階段からズリ落ちるのを防げた。

大丈夫か？

…靴がツルッとね。
マナーもへったくれもないわね。ダサかったわ。

いや、そうじゃなくて。足元確かめながら降りてくれ。頼むから。

しっかりしてるようで所々抜けてる。

転げ落ちでもして頭でも打ったらどうすんだ

…気をつけます

ゆっくりゆっくり雨に濡れた階段を降り、駐車場に行き、車で繁華街に向かう

車どうすっかなー

こっちで乗る車？

そう。アルベルトともそういう話してんだ

そうなの？

アルはなんて？

オレとカーシェアもレンタルもイヤだ。と

ハハハッ。アルベルトらしいね。

まあ、家はとりあえず見つけたから後の細々したもの揃えないとな。

そうだね。

メイン通り沿いのブティックに何軒か見て回り、既製品だがなかなか見栄えのいいジャケットとパンツを見つけた。
試着するとすごーく似合うよ。とぴよぴよが言うので、それにした。それに合うシャツとタイをまた別の店で見つけて買い物は完了した。

この間街歩きして見つけた雰囲気の良かったカフェに入る。雨が上がったので早くも満席に近かった。

ひよこ、何飲む？

わたし？チャイがあったらそれにしたいな。
フレッドは？ショコラショー？

あー、今日オレはモカにする。

へー。珍しい

あ、これたべてみたいけど全部はいらないの
はんぶんこしない？

どれ？

これ！ショコラ・バナーヌ

いいな。そうしよう。

え、待って。チャイとショコラバナーヌて微妙じゃない？わたしもモカにする。

いいんじゃない？

ざわざわとする店内で取り止めのない会話をする。

クリスマスなんだけど帰ってくる？

もちろんよ。そのつもりだけど。今年もあっちに帰るんだよね？

その予定だけど？

お土産何にしようかなー

！！

考えてみたら1年も経っている。
いろいろありすぎて時が経つのが異常に早かった

1年か

1年て早いねー

いや、その1年じゃない

え、他になんかあった？

やべーぞこのぴよぴよ頭だと忘れているかも知れない。あり得る

…お前今年は手紙よこせとか言わないのな

へ？

もう必要なくなった感じ？

くれるの？

聞いただけだよ

もらえるなら欲しいに決まってるじゃーん！

ショコラバナーヌをもぐもぐしながらひよこが答える

え、なに、もしかしてわたしが頭が悪いから忘れているかも知れないとか思ったり？

…うまいなこれ。

忘れるわけないでしょっ！失礼しちゃうわ

ああ、そう

で、今年は？

フレッド欲しいの？

オレ？

ぴよぴよは？

くれるならくださいっ！！てか、クリスマスとは言わず365日24時間年中無休で受付してます！

ぶはっ

なによう

いや

別にながーい文章のお手紙くださいてわけじゃないのよ？短くてもいいの。
チャットとかでやり取りも大好きよ？

でもね、便箋選んで、ペンどれにしようかなーって、インク何色にする？て考えて、便箋やカードに自筆で書くってなんかその行為尊くない？

へえ

文章の長短は問わないんだな？

ひよことシェアしてるケーキの皿を自分の方に手繰り寄せケーキをフォークで切り分けて口に運びながらからかってみる。

めちゃめちゃ短くていいんだな？

う…

ながーい文章がお好みならヴィクトリアンスタイルで書いてやっても良いんだぞ？　　

今なら1行、2行で収まる言葉をダラダラ長たらしくもったいぶって核心にちっとも行き着かないアレで寄越すとおっしゃるのね？

お前、辛辣だな笑
当時はあれが主流だ。

だってほんとうに何がいいたいかさっぱりわからないんだもの。煙に巻きすぎなのよ。
たしかに綺麗よ。言葉選びも言い回しも洒落てる。でも結論なんなん？てならない？

まあ、確かにな。

そんな話から始まり、ヴィクトリア時代の話になっていき、歴史や文化の話になっていった。ぴよぴよは確かにアルベルトが言うように話の引き出しが多かった。あまり彼女とそんな話をしたことがなかったので新鮮だった。

あ、やべ。そろそろスーパー行かないと。

あ、ほんとだ。

スーパーに寄ると目を見張るような高級食材というのはあまりなくてどうしようかなと頭を悩ませていた。

今日わたしがごちそう振る舞ってあげようか？

なに？今日ぴよぴよが作ってくれるの？

うん。なにがいい？

中華でも構わない？

わたしが作れるものなら。

なら、シュウマイか春巻きか、そういうの

シュウマイ？春巻き？皮はあるかな？

春巻きの皮は…ないな。

ライスペーパーならおうちにあるよ？

できるの？

まあ、大丈夫っしょ。

それにエビチャーハンがいいんでしょ？

よくご存知で。

んー、後は蒸し鶏と香草のサラダにしよう。
スープは中華風たまごスープにしよ。

どう？この献立？

いや素晴らしい。

ビール買わなくていいの？

あ！それ！

フレッド嬉しそうだね

そりゃまあ

フルコースパーティーの予定は大幅に変わったが楽しければなんだっていい。

たくさんの食材を抱えてまたアパートに向かう坂道を歩く。

景色はいいんだけどな、荷物がある日はキツイな

アパートに帰り着くとさっそくひよこが夕飯の準備を始めた。

こっちはこっちで中華のメニューに合うテーブルコーディネートをどうしようかとアレコレ考えている

あ、うっかりしてた。ひよこちょっと出てくる。すぐ戻るから。

気をつけてね

閉まるギリギリの花屋に間に合う。テーブルコーディネートに花は絶対欠かせない。中華だから蘭にした。後は小さなブーケ。
キャンドルまでは間に合わなかったがひよこのハンドメイドキャンドルが確かまだたくさんアパートにあったはず…

花といくつかの雑貨を腕に抱えままアパートの下から見上げると部屋に灯りがついていてキッチンの所の小窓が開いていて多分絶対ひよこが作っているはずの夕飯の香りがしている。

とてもいい香りと光景でいろいろを思い出した。

死んで、生きて、それでよかったんだ。

オレが死なないと彼女は生まれてこれなくて、
生まれてきたからまたこんな形で会えた。
そうじゃないと今こうして一緒にいるなんてなかったんだ。わかってたけどわかってなかった？いや違うな一段上がったんだ。

すげーな。これ。なんだこれ。こみ上げてくる
絶対守んなきゃ。守り通さなきゃ。

ただいま！

あっ！おかえり！できたよ！どこいってきたの？

花！

わ、え？蘭？

今回はオリエンタルというか、シノワズリというか、そんな感じにしようかと。

えー、楽しみ！早く飾ろう？

待って待って着替えるから準備して！
シノワズリシノワズリ！オリエンタルな感じね

パタパタとスリッパを鳴らして着替えに行った。

こっそりと出来上がった料理をみてみる

やっぱアパートの下から漂う美味しい匂いの正体はウチだな。

はー、百点満点だな。待ち遠しいな。食べるのが。

わたしも特にはないのよ…強いていうなら
ヨハン先生のレッスンについていける賢さとか？語学力とか？

去年はボンキュッボンと女子力だったな笑

今もなお願い続けてるわよ？あんなの一生願い続けるもんでしょ？

ハハハハ

ひよこと喋るのがほんとうに楽しい
顔を合わせて喋る。それが当たり前の生活だったのに。今はちょっとお預けな特別な期間