裏ひよこ日記。夢女子ノート
口元を膝に掛けてあるナプキンを手に取り軽く押さえてからテーブルに肘をついて手を組みながらフレデリック大先生はこう言った。
そんなじーっと手元見られたら食事しづらいから止めてくれ。
えー、や、わかるんだけど他の人にしたら失礼極まりないし。
…なんだその境界線は。
一応人を選んでやってるん。てかそこまで見応えあるテーブルマナー駆使して食事できる人探すほうが難しいのよ?
そりゃどうも。だからってガン見すんな。
ブーッ。
せっかくの料理冷めるぞ?一番いいタイミングで運ばれてきた物をそんなのに気を取られて台無しにしてるぞ?
そりゃそうだ!
わたしはメインのお肉の一番美味しいタイミングを逃してはならないと気を取り直して口にいれた。
神ってる。サイコーにおいしかった
ぶはっ
なぜかフレデリック大先生はツボに入ったらしい。
いや、失礼。
とかなんとか大人らしく言いながらワインを飲んで
こっちをじーっとみている。
う…
だろ?食べにくいだろ?
そーですね。
ほどほどにしとこうな?わかるけど。お勉強中の身だしな?
ですです
そんな気になるならあっち帰った時に徹底して仕込んでやるから?トマスも張り切るだろうよ。
…トマスさんにもう一度お願いしてみてもらう事にする。
ひよこはエライな。
とかなんとかいろんな話をしていたらデザートのわたしのプレートが気になるみたいでチラチラみてる。
それうまい?
わたしのスフレが気になるみたいだ。
口にいれるとシュワシュワして溶ける。
軽くてほんのりオレンジの風味がして美味しいよ?
いる?
ああ。
たまにこんな感じでフレッドはわたしのデザートを一口味見する。ちょうどいい。今日はちょっとやってみたいことリストの一つをチャレンジしてみようかと勇気をだしてみた。
はい、あーん。
なにこれ恥ずい。死ぬる。女子こんな感じでやったりするの?マジで?レベルたけえ
うろたえるフレッドを見るのも激レアだ。
出した手の引っ込め時がわからない
いや、自分で。とかいい出した
引っ込みがつかないわたしはヤケクソで
ダメ押しなもう一回
はい!あーん!
マジ死ぬるもう討ち死にするんじゃないの?あたし今日討ち死にする
やり取りをみられているっぽいらしく隣のテーブルの老夫婦が楽しそうに私たちをみてる。
観念したのかフレデリック大先生は食べてくれた。
…み、ミッションコンプリート!!皆さんわたしやりました!ありがとうありがとうありがとう!
ひとりで内心ガッツポーズでヒーローインタビューに脳内で答える妄想を繰り広げていたら
フレデリック大先生からパイ屑がついていると指摘された。
さっそくの失点。どこに遠足いくつもりなん?わたしよ?
どこ?
違うそこじゃない
え?
何の前触れもなく軽く椅子から立ち上がり
テーブル越しにフレデリック大先生はわたしの顔か髪についたパイ屑とやらをとってくれた。
とってくれただけでなく、とってくれただけでは済まなかった。
今のは何のつもりだったのか?
わたしは頭が追いつかなかった。だが、隣の老夫婦には微笑ましい風景だったらしい。
何してくれてますの?
イヤだった?お前のノートに書いてたじゃん
ノート?ノート?なにそれ?
ノート。砂糖を口に無理やりザーザー突っ込まれた勢いな?
まさかのまさか。あれ見た?
なんだったけな?ときめいて爆死するかもしれないシリーズだったっけ?
…確かにあたいのノートだ。
みた?ねえ?見たの?
見たっていうか、開きっぱなしであるからもしかしてソレやってほしくてあえて開きっぱなしなのかと?あれ?勘違い?
うわっ!!なんたる失態…自分の片付けスキルのなさに己を呪い殺したくなった…
あれは…あれは…夢女子ノートなの!ネタ帳なの!
あんなこといいな、できたらいいな。あんな夢こんな夢いっぱいあるーけどー。なわたしのご機嫌な妄想するようにニヤニヤしながら書いてるだけのやつだから…うわーん。今すぐ記憶から消してー!!
お願いします。今すぐ記憶喪失になって。ノートの事は忘れるのです。神がそう言っておられます。
もうからかう気満々なネタを見つけたフレッドは
笑いをこらえながら即座に却下した。
残念なお知らせだが、あれ今すぐコンプリートできるやつ片っ端からやってやるからお前にとっちゃ悲報だな。
泣いていいか?
なんでだよ?
ね、あれどこまで見たの?
…あー、全部?
全部とな…
あのすいません、強めのアルコールありますか?
飲まなくていい。ほんとうにお前めちゃくちゃ面白いな。
とにかく。パリに帰るまで片っ端からやるからな。これでも地味に張り切ってるんだからな。
や、マジいいお題だわ。
お通夜並みなわたしと結婚式二次会並みなご機嫌なフレッドの対比がスゴイ。
そしたらウェイターさんがなにかを持ってやってきた
花束?どした?
ひよこ。
はい?
いつも一生懸命前向きで頑張りやさんなひよこに
ふぁ?
あとこれ
ジャケットの内ポケットから白い封筒
受け取ってほしい。
至極まじめにだしてきた
毎回毎回書けるかそんなの!とごねまくりながらどうにかリクエストしまくってやっとくれるクリスマスのお手紙を今回自発的に書いてわたしにくれた。
少し早いけどな?
開けていい?
もちろん。
あー、でも照れるな。開けるのちょっと待って。
フレッドはウェイターさんにコニャックを注文した。
キビキビとウェイターさんが運んできたコニャック開封オッケーの許可をもらった。
別に大した事なんて書いてない。
と言うけど
言葉は足りてなくてもいつも行動で示してくれているのは十分過ぎるくらいわかっているのだ。
お酒のせいにしてほんのり顔が赤い大先生をみる機会はなかなかない。
鼻がツーンとする。
だめだ涙腺にくる。
ひーん…。
あーあ。ほらハンカチ
…ありがと
あ、違う
席を立ち上がりこっちにきた。
お前がガシガシ拭いたらせっかく綺麗にしてきた化粧をめちゃくちゃにしかねない。まだ行くところあるのにと笑っている
あたしそんなん書いてな
追加しとけ?
ふふ