梨民物語 第一話
欲望が生んだ歪な空間、眠らない街 “暗黒街"
その片隅で...
路地裏に一台のパトカーが待機している。後部座席にはメガネをかけた天然パーマの男。天パはパソコンをじっと見つめている。彼はドローンの使い手だった。そしてパソコンでドローンに付けたカメラからの映像を確認していた。運転席には20代後半のイケメン男。助手席にはデブでちょび髭を生やした50代くらいの男。
2人の視線の先は、路地裏から見える大通り。
突如、トランシーバーで連絡が入る
「加藤を第3区画で確認! A地点到達まで1分!」
運転席に座っているイケメンがゆっくりとトランシーバーを取り応える。「了解」
梨民物語第1話 〜捕らわれる〜
暗黒街の大通りは、街を東と西へ二分している。そこを数万台以上のバイクがいっぱいに広がって爆音をたてながら暴走していた。この暴走族は"衛門“と呼ばれ、暗黒街で随一の人数とナワバリを誇っていた。皆同じ型のバイクに乗り、同じような真っ黒いヘルメットと服を着て、誰も素顔を晒していなかった。微妙な体型の違い以外に彼らを見分けることはできなかった。
その集団のトップを走っているのは"加藤純一"
唯一ヘルメットをしていない彼は衛門の統率者であり暴走族の首魁とみなされていた。加藤は大きなバイクを3台横に並べ、真ん中のバイクに腰をおろし両脇のバイクにはそれぞれの足を乗っけてふんぞり返りながら運転している。
後続から一台のバイクが飛び出してきて加藤と横並びになり何か喋った。が、エンジン音で聞こえない。もう一度大声でそいつは言った。
「加藤さん!! 前から何かがものすごいスピードで近づいています! 敵かもしれません!!!!!」
加藤はちらと横を向いて、伝えた衛門にニヤッと笑いかけた後、すぐにまっすぐ前を向いた。
来るなら来い、俺がぶっ飛ばす。 その顔はそう語っていた。
伝えた1人の衛門は、こちらも笑い返して後続へ戻っていく。 戦いが近づいていることをひしひしと感じ、武者振るいをしながら...
路地裏のパトカー内では、飛ばしているドローンカメラによってこの一部始終を見ていた。天パ男がそのカメラの映像を前の座席の2人にも見せる。
「加藤は逃げないようだな」デブが言った。
「向かってくる衛門の敵は誰なんですか?私には知らされていないのですが」天パが2人に聞く
「お前が旅団と契約したんだろう。奴らは誰をよこした?」助手席のデブは運転席に座ったイケメンに問いかけた
彼ら3人は悪化の一途を辿る暗黒街の治安維持を任された、"POLICE“と呼ばれる自治警察だった。所属員は数百人程度。彼らの活動資金は平和を望む暗黒街の住民によって賄われている。運転席のイケメンの名前は"リュウ"と言った。リュウは数年前にポリスに加入した後異例の出世を遂げていた。
今度のPOLICEの計画は、暗黒街で最大の勢力を誇る"衛門"を壊滅させること。そのために、まずはリーダー格の加藤純一の逮捕を目論んでいた。
「俺は加藤を凌駕する実力の持ち主をよこせ、と言っただけです」デブの問いかけにリュウはそう答えた。
数百人程度のPOLICEでは、最大10万人を超えると言われる衛門を抑えることは不可能である。そのため、奇襲で加藤のみを逮捕し、さらに"旅団“と呼ばれる別組織に応援を頼むことで作戦を成功させようとしていた。旅団は違法組織であり、本来POLICEと敵対勢力であるが、両者の利害が一致した今回は秘密裏に同盟を結んでいた。
天パはドローンを衛門の一群からずーっと前方に飛ばした。向かってくる旅団を確認しようとしたのだ。
数キロ進んだ先、凄まじい勢いで向かってくる"それ"をカメラは捉えた。いや、捉えたというよりは、"それ"が進んだ後、あまりの速さによってアスファルトの道路がボコボコと凹んだら割れたりする様子を捉えた。
"それ"自体はあまりの速さにカメラで捉えることは出来なかった。
「そんな...このカメラでも捉えることができないほど速いなんて...」天パの嘆きを聞いたデブは、嬉しそうな顔をして言った。
「目に見えないほど速いやつは旅団には1人しかいないな、車やバイクの次元じゃない、そいつはいつも走ってくるんだ」
リュウも応える 「旅団は大物をよこしてきたみたいですね」
先頭をバイクで走る加藤は、間近に迫った"それ"を目視することができた。"それ"の顔を見て、加藤はなぜか、いにしえの神話を想起した。
"それ"は高田健志だった。
つづく