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嫁入り道具の2度目の門出

母の終活が潔くって、震えてます。

今日は、わたしよりもずっと年上の和箪笥を処分しました。

箪笥の中にあった、正絹やちりめんの着物たちは、嫁入りの時に、ご近所さんに覗かれただけ。その多くが、一度も袖を通されることなく、箪笥にしまわれていました。箪笥を処分すると決めたその日から、母は眠っていた着物をひとつ、またひとつと取り出して、思い出深そうに、糸を解いて解体していました。
(解体された布はリメイク素材になるっぽい)

嫁入り道具は、財産分与の側面もあったことでしょう。

母が嫁入りする時。母方のおじいちゃんはそれはそれは苦労して、お金をこさえて、道具を取り揃えたそうです。それこそ箪笥いっぱいに、上等の着物がいっぱい納まるくらい。

が、その財産はいったい、どれくらいの「財産」として分与できたのでしょうか。一度も着ない着物がほとんど、というのが、切なさを掻き立てます。

一方で、物言わず、どしんと構えた和箪笥やその他の嫁入り道具は、我が家に安心感を与えてくれました。目に見えない財産がそこにはあったのかもしれません。

そういえば、ちきりんさんが、「教育投資はいうほど投資になってない」と書いているのを読みました。

ぼくらが投資や次の世代に受け渡したつもりの財産で、本当に実になったものと、実にならなかったものがあるのでしょうね。

具体的に?

それが明言できたら、たぶん、そこそこのブロガーとして、名を馳せれるかも。馳せる気はありませんけども。


兎にも角にも、和箪笥パイセン、長い間、お勤めご苦労様でした。

我が家の後輩として、パイセンの2度目の門出に幸あれ!と願っています。


ごちそうさまでした。

まさかお金が振り込まれることはあるまい、と高を括っているので、サポートされたら、とりあえず「ふぁ!」って叫びます。