本当の自分との隔たり
初めに…
最初のマイナス方面からお話をすることで一見すると直ぐに解決したい事態だったり、悲しい出来事と思える状況下でも、経験やその後に意味があることを伝えたくて書いています。
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今回は両親の実家、島根に帰ってからのことをお伝えいたします。
先に帰った私は、自分の課題に向き合わなくて済み、肩をなで下ろしていました。
早速、祖母の紹介からお見合いがスタートしました。
案の定、すぐには見つかりません。
三人目の方に強く言ってしまったことがありました。
なかなか煮え切らない人だったからです。
どの人も自分の利益のために選んでいたり、自分から出会いを求めることが出来なかったり、そもそも結婚に興味がなかったり、今考えるとひどい有様でした。
でも、身内の言う事は「婿取りだから、お前は条件がそもそも悪い」
ということでした。そこには「少々のことは目を潰れ」とうい暗黙の了解がありました。又、私もその考えが染みついていて、ここでも思い込みを発揮していました。
「私はそんなに魅力的ではない。」と
最終的に5人目に、この人なら生活面で無理なく過ごせそうだと思い、今の主人と一緒になりました。
私が決めた理由は、両親と別暮らしができること。
ごく普通の価値観を持っていて、他人への受け答えもそこそこ出来ること。
3人兄弟の真ん中でそつなくこなすだろう。という思い込みでした。
実際に暮らしは悪くなく、一緒に物事を決めるなど頼りになる、と思っていました。
当たり前だけれど、完璧な人などおらず主人には一つ欠点がありました。
「自分の意見を持たない」とうことです。
良く言えば、誰にでも合わせられる。
最初は良かったのですが、子どもをつくる時、子育てをしていく時にだんだん頼りないと思うようになりました。
ここまで書いて気づいたことがあります。
私の失敗は
①自分を犠牲にして思い込めば何とかなると思っていたこと。
②自分が欲しいもの、どう生きていきたいか?分かっていないことでした。
そして、実は真逆の性格、特徴を持っていたこと。
自由奔放で不思議なことが大好き、とりあえずやってみてから考える。
恋愛もバイタリティーのある人が好きでした。
全て思い込みで封じ込めていました。自分の気持ちくらい、封じ込めると高をくくっていました。
今思うとそのように過ごして来たからこそ、1番大切なことに気づきました。
「自分の意見を最も大切にし、自分を喜ばせることが誰にとっても最重要課題であり、最初に取り組むことだ」と
次回に書きます母とのことでそれが如実に現れています。
最後まで読んで下さりありがとうございます。
次回もよろしくお願い致します。