紅筆伝 1-6
六
「すっごく強いって……」そんなレベルじゃないだろう。
そう言おうとしたが、呼び鈴が再度、タチバナ達を急かした。
真子は、けろり、とした表情で、「いま、出まあす」と、軽やかな声を上げて、入口の方へ走って行った。
ゆれる、二つ結びの髪の毛を眺めながら、「何者なんだ?」と、八枯れに向かって問うた。
「真子だろう、何じゃ今更知ったのか」
「そういう意味じゃない。彼女は、その、霊力が……」
「ない」
きっぱりと言って、あくびをもらした八枯れを睨みつけて、タチバナはため息をついた。
「じゃあ、何故、あんな常人ではあり得ない回復をするんだ」
「血筋じゃな」
「血筋?」
八枯れは、懐かしそうに眼を細めて、真子のうしろ姿を見つめた。
「あいつは、真子は、赤也の娘である前に、タイマの……、赤也の祖父の血を継いだ。肉体だけは人間離れしている」
「どういうことだ」
「どうもこうもない、細胞の一つ、一つが強いんじゃ。回復速度も、新しい細胞の生成も、真子にとっては朝飯前じゃ。わしら妖怪よりも、おそらく強い」
「そんな、ばかな」
「わしが、嘘をつくように見えるのか?」
八枯れは怪訝そうな表情を浮かべて、ため息をつくと、また一つあくびをした。
「そんなに驚くことでもない。赤也も知らんようじゃが。じき、気づく」
「お前な、そういう問題じゃないんだよ」
「なにがだ」
タチバナは盛大にため息をつくと、眉間に皺を寄せて、八枯れの髭を引っ張った。「赤也が知ったら?知ったらって、言うことは、まだ知らないのか?十年近くも!」
「だから、何だと言うんだ」八枯れは、煩わしそうに顔を歪めた。
「お前、本当に殺されるぞ」
「ふん」尻尾を揺らめかせて、不敵に笑う。「わしを殺せる奴はおらん」と、自信満々に言った。
「それに、貴様らよりもずっと長生きだからな。わからん。貴様らは、なぜそんなにも弱くなった?」
きら、と光る黄色の双眸に睨みつけられ、タチバナは一瞬、言葉を無くした。その時、店の入り口で、男の怒鳴り声が響いた。