![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/123428761/rectangle_large_type_2_2aa2c6ea1b879216b1d92906be07daed.png?width=1200)
紅筆伝 1-7
七
「おい、ふざけるなよ。こんな店で何が解決するんだ」
男は見知らぬ顔であった。
なぜ、知っていると思ったのか。タチバナはどこかで見たことがあるように思った。
おそらく、昔の客か何かだろう。忘れている。これもよくあることだ。
そう思い、怒りを顕わにしている男に向かって、静かに近づいてゆく。
「その子から離れろ」
「なんだと?」言われて、足元を見ると、眉間に皺を寄せて、震えている真子が、黙って立ちすくんでいた。
生まれてこの方、人に怒鳴られたことのない真子だ。
おそらく怯えてしまったのだろう、可哀相に。そう思い、タチバナが真子に近づくと、真子は満面の笑みで、タチバナの元へ駆け寄って行った。
「ねえ、みかんちゃん!すてきよ、お客様が来たわ。しかも、赤鬼よ。わたし、初めて、人間以外のものを見れたのね。うれしい!」
そうはしゃぐ真子の様子に、怒り心頭し、顔を赤くしていた男は、口を大きく開けて、驚いた表情に変わる。
真子の様子に、タチバナは一気に、気が抜けた。真子の頭をなでながら、何事も無かったかのように微笑んだ。
「真子。きみ、失礼を言ってはいけないよ。あれは一応人間だからね」
「お前の方が失礼だろう」そう続けたのは、八枯れだった。
奥の畳の間から出てきた黒猫は、小さくあくびをしながら、のそのそと歩いている。「おい、そこの男、何の用じゃ。外の看板の文字が読めなかったのか。ここは閉店しているぞ」
「失礼だね。私は事実を言っているだけじゃないか」
「猫がしゃべっている……、」
「八枯れ、字が読めるのね!」
それぞれが、好き勝手に言葉を発しているため、もはや、そこは混沌と化していた。
それをいさめようと、ため息をついて話し出したのは、やはり八枯れだった。
「おい、いい加減にしてくれ。わしらも暇な訳じゃない。貴様も、この店の噂を聞いて、近づいてきた一人なんだろう?だったら、慣れろ。わめくな。用件を言え。猫はしゃべっても、それほどおかしな状況じゃない」
「きみ、まるでチェシャ猫のような無茶を言うね」
「そもそも、貴様の客じゃないのか。早くどうにかしろ」
茶々を入れてきたタチバナに、八枯れは、心底イラつきながら、睨みつけた。ああ、そうだったね。そう言って、タチバナは、だらり、と垂れた長い髪を後ろ手に結びなおす。
「きみさ、どこから来たの」
「なんで、そんなこと……」
「だってさ、きみ、すごいよ」
「なにがだ……、」男は、勢いを無くして、タチバナの無表情を見つめ、絞り出すように声を出した。それを何でもないことのように眺めながら、タチバナは囁くようにつぶやいた。
「死臭が」
いいなと思ったら応援しよう!
![当麻 あい](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/120058445/profile_d4adc6796e171bf7d964ebfde79e9342.jpeg?width=600&crop=1:1,smart)