イエス 川柳89句
前口上 冬の鄙より、衝動ありて大阪の地に赴く。目に見えるもの耳に聴くもの、心に触れるもの、逐一感に極まらざるものなし。全くに伊那とは逆しまの都市なり。ゆえに我ら否を忘れ、ここにイエスと肯定す。
霧を出る老人倶楽部崩壊後
地動説/天動説の孫/正午
大食すどの町角も宇宙線
風船になれ祝祭の区民たち
からあげがなかったようにバスの中
将棋前国家のような骨折す
暁暗の大正生まれ弾込めて
幻獣をめぐる手と目の物語
Kの手記ラジオめくもの置き去りに
秘密基地床そのものへ愛馬の血
厚紙の建物はさむ過去未来
飛ぶ人が砂漠の人へ笑い茸
くじけない八宝菜もない家庭
サボテンと武士のどちらに烏龍茶
芸風が変わる衛星軌道上
工場の用語で黒い抱きまくら
死はひとつ鼻孔はふたつ豚戦記
枕もと庶民の劣化ウラン弾
新校舎にもプルースト黙読部
鉄屑を赤十字社の比喩とする
ウレタンと病院船の浮く意識
ルソー画の試論はじまる畳部屋
目が痛い黄色のタオル濡れすぎて
帰納法手ばなしてから天王寺
強力なビル剃りあらん正午過ぎ
市街戦動物園に他者もなく
合鍵を忘れてしまう永い奈良
重力と漬物めいて抱き合った
優勝後ちびくろサンボ失踪す
実在のファミリーマートでの愛撫
嫂と金平糖を設計し
ここに句は存在しないBボタン
殺意もて緑茶をそそぐ冬プール
国凍りコーヒーこぼす女性像
不安感和服の幼児通り過ぐ
流血の床屋魚屋マンモス屋
柔道が終わったときのベビーカー
招霊す炭水化物摂取後に
国民がペットショップに石投げて
雨を待つ腰から上が人魚姫
どもりつつロマンポルノに助演して
超巨大ダンベルのした同人誌
木造のクルーソー家に天気雨
容疑者のために百円ショップ開き
ただ怒れ蟹が分解されてゆく
本能でみかんを潰す噺家ら
妻の家猫と麻婆豆腐だけ
ビル風の完全言語探究し
散らばった世界の涯に釈迦の影
ゲーテの死「もっと言葉」と錯語して
ぬりがらし月蝕領の崩壊後
焦点のひとつひとつに乱歩集
朝落ちる黒い清涼水の缶
化石してただ壁として時間層
美大出て他人の猫と呼吸せん
密室のカール・ルイスに似非パンク
平野部に象徴された眠るひと
半生のはんぶん訛伝都市と星
死を想え瞬時らくだを目の前に
関西のピアノを壊す水兵士
地図焼いてバベルの塔の記号なし
鉄の町言葉と物の鉄の鍋
腐りあう機械ロミオとジュリエット
夕食後分泌される歯医者の木
テレパシー東淀川高校へ
南海の無限に錆びるダイハツ車
熱病と爆破をつなぐピアノ線
隕石が偶然性のない庭へ
面積よ箱をつくっていなくとも
のりたまと洗濯屋から記憶消え
晴れた日も盗掘団が泣いた日も
模写されたアルバム内に火を盗み
チューブから時間の停まる粘りもの
空間はあったと思え嬉遊曲
茶碗蒸し以上のIT都市に降る
曇天のまだらのひもに自瀆して
人海に酸素ボンベを投げ入れた
正直に老人狩りぬ長い土手
矮星を降らせる呪具の管理票
死のなかに静止したがる昇降機
妖精の文字列浮かぶ河堀口
少年に舞台化されるビーム砲
腕十字夜がもうすぐ夜になる
獏の肉高速道路沿いに焼き
ファシズムも仏壇もない方眼紙
方眼紙やがて大福うばわれぬ
蓮根の母音を鶴と確かめる
ただの句じゃねえか脚立はただの句じゃ
地球からドリフが消えた長い午後