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幼馴染は… その5
「今日部活休み。監督ぎっくり腰だってさ」
当然のように誘えないままお昼になり、賛太となんてことない話をしながら中庭でお弁当を食べているところに現れたキャプテンから休みの報告。
いつもなら監督が休みでも顧問の先生が視てくれるけど、その顧問の先生も昨日から3日間出張で不在。
というわけで急遽のお休み。
「お前らいつも一緒だから連絡楽で助かるわ」とニヤニヤしながら言われてちょっと恥ずかしい。
なぜみんな漏れなくニヤニヤするんだろう。
部活がある日の帰り道はいつも賛太と一緒。
…あれ?
急になくなった場合は?
「監督大丈夫かなぁ」
賛太は監督のことを心配中。
気にしているのは私だけなのかな?
「やべ、もういい時間だ」
あ、ホントだ。
「5時間目、体育なんだよなぁ…昼飯後に体育とかどうかしてるよなぁ…」
賛太はお弁当箱を巾着に戻しながらぶつぶつ言っている。
体育ってことは戻ってくるの遅いから休憩時間会いに行けないな。
賛太が体育のときも私が体育のときも休憩時間に会いに行けないから、私は体育の授業が嫌いだ。
「ほら、戻ろ」
ちょっと淋しくなりながらお弁当箱を片付ける私に賛太が声をかける。
「うん」
淋しさを圧し殺しながら、できる限り笑顔で答える。
「体育、なにやるの?」
立ち上がりながら賛太に問いかける。
「えへへ。A組とサッカー!」
「A組サッカー部員いないし、超有利じゃん」
サッカーなら私の席からグラウンドが見えるから賛太を見られるかも。
そう思ったらちょっと元気が出た。
「ま、うちのクラスもボクだけだけどね」
「絶対負けないでよ」
私は言うと賛太の腕をポンと叩く。
「もちろん!」
賛太は笑顔で答えると「行こ」と私を促して歩き出した。
5時間目はグラウンドを見てるのが先生にバレないように気をつけなきゃ。
賛太を見ていられると思っただけで元気が出る単純な自分に少し呆れながら、賛太とふたり、教室へと急いだ。
─────
賛太は大活躍だった。
いつもの左サイドバックではなく、ディフェンシブハーフの位置に入っていたけど、賛太の守備力とパスの巧さが存分に発揮されて、大人気ないぐらいの圧勝だった。
でもずっと彼のプレイを見てきた私にはわかる。
賛太はかなりA組の子たちに気を使ってプレイをしていた。
それでも圧勝してしまうほど実力差があったのだ。
「あれ? 会いに行かないの?」
レイちゃんに声をかけられて我に返る。
「賛太のクラス、5時間目体育だったから」
私がつまらなさそうに言うとレイちゃんがニヤリと笑う。
「だから5時間目、ずっと外見てたのか」
バレてた。
「そんなこと──」
「あるでしょ」
ニヤニヤしながら断言されて口ごもる。
「あやめは可愛いなぁ」と言いながら頬をツンツンされる。
もちろんニヤニヤしながら。
「そういえば今日サッカー部お休みなんでしょ?」
「うん。監督がぎっくり腰だって」
頬に指を刺されたまま、私はレイちゃんを見上げる。
「で?」
「え?」
「“え?”じゃないでしょ」
レイちゃんが小さくため息を吐く。
「未だに週末デートに誘えてないあやめちゃんは“今日一緒に帰ろ”は言えたの?」
たぶんレイちゃんは言えてないのをわかって聞いている。
「はあ…世話の焼ける子だ」
レイちゃんはニヤニヤしながらため息を吐く。
表情とため息、合ってないからね?
「HR終わったらダッシュ! わかった?」
「はい…」
少し下を向く私にレイちゃんは笑いかける。
「大丈夫! デートと違って、“一緒に帰ろう”は日常でしょ?」
私はハッと顔を上げる。
確かにそうだ。
“誘う”ってことだけに意識がいって忘れていたが、一緒に帰るのはいつものことで、いつも部活終わりには当たり前に声をかけている。
まあ、“一緒に”ではなく、ただの“帰ろ”だけど。
そう思うと少し気が楽になって、賛太と帰ることができる可能性が増したことに自然と頬が緩む。
「やっぱりあやめは笑ってるほうが可愛いよ」
レイちゃんはそう言うと私の頬をツンツン突く。
よし。
6時間目とHR中に完璧に帰り支度しなきゃ。
終わったらダッシュ!
すでにこのあと使わないものたちをスクールバッグに詰め始めたやる気満々な私を、レイちゃんは楽しそうに見つめている。
この大親友がいれば、なんだってできそうな気する。
私は戦いのときに向けて、着々と準備を進めるのだった。
─────
「はい、HR終わり。帰るやつは気を付けてな。部活のやつは怪我のないように」
担任のひと言で帰りのHRが終わる。
急いで立ち上がる私のすぐ後ろに大親友の気配。
「行ってこい! あやめ!」
「うん!」
背中をバァンと叩かれたその勢いで走り出す。
「筒井! 走らない!」
まだ教壇のすぐ横にいた担任に注意されるがスピードは落とさない。
「ごめんなさい!」
言葉だけで謝ると、私は教室から飛び出した。
─────
大きく深呼吸をしてから隣の教室のドアを開ける。
賛太は……いた。
席を離れて友達と話してる。
「お邪魔しまーす」
小さく会釈をしながら賛太のもとへ。
「賛太!!」
小さく息を吐いてから意を決して彼を呼ぶ。
彼は驚いたように振り返る。
私はレイちゃんからもらった勢いが弱まる前に一気に攻勢に出る。
「一緒に帰ろ?」
そう言うとなぜか彼は少しだけ後退る。
「清宮と帰ればよくない? 筒井、仲いいでしょ、清宮と」
また苗字呼び。
少し悲しくなるが、ここで退くわけにはいかない。
「あ・や・め!」
彼はまた困った顔になる。
「…どっちでもよくない?」
「よくない!」
気持ちで負けないようにキッと賛太を睨む。
「…っ! とにかく清宮と…」
「レイちゃんは反対方向だもん!」
賛太は本当にわかってない!
「せっかく部活休みだし…ほら…ボクにだって行きたいとことかあるんだよ」
むっ…誰と行くの?
友達と?
もしかして女の子?
その瞬間、レイちゃんに全力で叩かれた背中がピリッと痛む。
こんなときでも大親友は背中を押してくれるみたい。
「一緒に行っちゃダメ?」
一瞬息を呑んだ彼がゆっくり視線を外す。
「…ダメでは…ないけど…」
賛太の言葉に感情の爆発が抑えられない。
「やったっ!」
声に出た。
それどころか嬉しさで自然と飛び跳ねている自分に驚く。
周りがざわついているが今の私にはまったく気にならない。
そんなことより賛太の気が変わる前に早く教室を出たい!
「早く行こ?」
私の頭の上辺りで目を右往左往させている賛太に1歩近づいて声をかける。
彼はビックリしたように目を見開いて大きく後退る。
「どうしたの?」
「わかった、わかったから、ちょっと待ってて」
賛太は慌てたように自分の机に向かっていく。
「はーい。廊下で待ってるね」
賛太の背中にそう声をかけると「お邪魔しましたー」と挨拶をしながらドアに向かう。
その途中、和ちゃんがなぜかこちらに親指を立てているのが目に入り、私もなぜか全力でサムズアップを返してから教室を出た。
賛太を待っている間、そわそわが鎮まらない。
待ち切れない。
待ち切れなくてドアを少し開けて顔を覗かせると、偶然賛太と目が合った。
「これから毎日足の小指ぶつけちまえ!」
「なんの罰ゲームだよ! じゃあまた明日!」
賛太は友達と挨拶をしてからこちらに向かってくる。
「行こ」
賛太に言われてそわそわがうきうきに変わる。
「はーい」
爆上がりのテンションを悟られないように極力いつも通りに答えて彼の隣に並ぶ。
「どこ行くの?」
並んで歩きながら、そういえば行き先を知らないことに気づいて彼に問いかける。
私の質問に彼の眉がピクリと動いてすぐ困った顔になる。
あ、頭掻いた。
幼馴染の私にはわかる。
賛太がなにかを誤魔化そうとするときによくする仕草だ。
たぶん彼に行きたいところなんてない。
でも言い出したのは賛太だ。
どこか絞り出すはず。
私にとっては行き先はどこでも一緒だ。
賛太と一緒に行くことに意味がある。
「…本屋、だよ」
「そうなんだ。私も行きたかったからちょうどよかった」
無理矢理絞り出した行き先が、私が大好きな本屋さんなのが少し嬉しい。
「筒井、読書好きだもんな」
また苗字呼び。
嬉しくて上がりかけた気分が一気に急降下する。
賛太と一緒に帰れる、そして一緒に本屋さんに行ける。
それで少し気分が上がっていた分、この一撃のダメージは大きい。
気づいたときには足を止めていた。
それに気づいた彼が数歩先で振り返る。
「“あやめ”だもん」
私は言葉を絞り出す。
「でも“筒井”でもあるでしょ」
その声に少しだけ顔を上げて賛太を見る。
やっぱり困った顔してる。
でもこれだけは譲れない。
「賛太には“あやめ”って呼んでほしいんだもん」
言い終わってグッと唇を噛むと涙がこみ上げる。
それぐらい私には譲れないこと。
「はあ…」
彼のため息が聞こえる。
しつこ過ぎて嫌われちゃったかもしれない。
そう思うとさらに涙が溢れる。
聞き慣れた足音が近づいてくる。
彼の存在を確かめようと視線を上げると目の前に賛太の姿。
彼の顔を見上げる。
「うっ…」
賛太は小さく声を上げると少しだけ微笑む。
私の大好きな笑顔。
「ほら行こ、“あやめ”」
たったこれだけのことが嬉し過ぎて、私の気分は一気に上がる。
嬉しい!
「うんっ!」
先に歩き出した賛太を早足で追いかける。
横に並ぶとさらに嬉しさが溢れる。
「賛太と本屋さん行くの久しぶりだから楽しみ!」
賛太はちらっとこちらを見ると正面に顔を戻す。
「その…あれだ…ふたりのときは…“あやめ”って呼ぶようにするから」
そういうと人差し指で鼻の頭を搔く。
賛太が照れ隠しによくやる癖だ。
「でも、ほら…みんなの前では…恥ずかしいから…勘弁して」
本当はみんなの前でこそ呼んでほしい。
私は特別だってみんなに見せつけたい。
でも今日のところは大きな前進。
欲をかいちゃいけない。
「今回はそれで許してあげる!」
私は賛太に向かってそう言うと、上がった気分のままお気に入りの鼻歌を歌う。
大親友が叩いた背中はまだ少し痛い。
たぶん綺麗なもみじがついてそうな気がする。
レイちゃんはその辺の力加減ができないんだよなぁ。
でも今はその痛みが私の背中を押してくれている。
今日なら誘えるかな。
週末デート。
大親友の後押しと、幼馴染からの名前呼びを手に入れた今の私はきっと無敵。
そんな気がして、さらにうきうきが加速していた。
……続く