姫瓔珞(ひめようらく)
姫小百合は、夢を見ます。
薔薇色の霧と、金平糖を集めた夢を。
それに、ユニコーンの角の中に貯めた水と、霜の花を混ぜ合わせて、桃色のアイスクリヰムにするのです。
その、甘い氷菓子を、小さい舌で舐めとって、蕩ける夢へと、また堕ちるのです。
ジャスミンの香りが漂い、茨の蔓が茂る窓辺に、頬杖をつきながら、姫小百合は、思いました。
「この世の、美しいもの、綺麗なもの、素敵なもの全てを煮詰めて、甘露ドロップにしたものを、舐めたいワ」と。
「それだったら、ドロップ達が逃げ出さないように、特別な瓶と、それを飾るリボンを用意しなくちゃね」
もし、私が捕まっても、牢獄を、白鳥の羽や花びらや星屑で、綺麗に飾り付けてくれたら、そこから出ていく気が失せるもの。
それから、毎朝、朝露を集めたもので、顔を洗えたら、言うことは無いワ。
それに応えるように、そよ風が吹き、ジャスミンと薔薇の匂いを掻き混ぜて、姫小百合の鼻の奥へと、届かせてくれたのでした。
姫小百合は、白百合や黒百合のお姉様達のような、真っ赤な、または真っ黒なハイヒールを履いてみたかったのです。
けれども、姫小百合の、掌に乗るほど、幼く小さい足には、ハイヒールなど履けませんでした。
泣いている、姫小百合の膝に、おまじないのかかった絆創膏を貼りながら、黄百合のお姉様は、
「大きくならったら、もっと素敵なお靴を、たくさん履けるようになるわよ」と言いました。
もし、薔薇の花びらに滴る露を、とる妖精さんがいるのなら……。
姫小百合は、お得意の空想をし始めました。
きっと、それはとてもいいシロップになるのだワ。
蜂蜜より甘く、大人が飲んでるお酒みたいにいい気分になれるものだワ。
そこに、長い毛の飼い猫のシャムールが通りがかりました。
「あなたも、そのシロップを飲めば、いつものがらがら声が、金糸雀が鳴くみたいな声になれるのよ」
そう言いながら、姫小百合はシャムールを抱き上げました。
シャムールは、抱っこされるのを嫌がるように、身を捩りました。
姫小百合は、前に風邪をひいた時に、ばあやが作ってくれていた、林檎を砂糖と蜂蜜に漬けていたものをくれたのを思い出しました。
その甘さは、喉にじーんと染み渡り、泪が出るくらい有難いものでした。
シャムールは、姫小百合の腕からすり抜けて、気まぐれにどこかへ姿を消してしまいました。
姫小百合は、白百合のお姉様達の真似をして、おしろい花の種で遊んでいました。
けれども、花の種で出来た白粉は、売り物の化粧品のように綺麗に、お顔を彩れません。
それどころか、姫小百合の赤ん坊のように柔い肌に、不自然に白い跡が着いてしまいました。
「もう、やんなっちゃうワ」
姫小百合は、お誕生日の贈り物で貰ったお気に入りのリボンがついた手鏡で、自分の顔を見て、文句を言いました。
その様子を見て、白い孔雀鳩が笑いました。
ぽっぽっぽ、姫小百合、小麦袋の中に、顔を突っ込んだみたいだこと、ぽっぽっぽ
「なによ!」
姫小百合は、その孔雀鳩に向かって、手鏡を投げつけようとしました。
けれど、この大事な品でそんな事して、壊れてしまっては大変です。
なにか投げつけられると勘違いした孔雀鳩は、さっさと飛び去っていきました。
姫小百合を小馬鹿にするような歌を残して……。
ぽっぽっぽ、姫小百合、小麦袋の中に、顔突っ込んで、真っ白け、ぽっぽっぽ、
くしゃみが止まらず、お姉様達に泣きついて、みんなに笑われ、今度がお顔が真っ赤か、ぽっぽっぽ、
どれだけ白粉叩いても、アタシの白さにゃかなわない、ぽっぽっぽ、
姫小百合は、孔雀鳩が飛んで行った空の彼方を、いつまでも睨みつけていました。
孔雀鳩のお歌のようにならないように、変になったお顔を、お庭の噴水を手に汲んで、きれいさっぱり洗い流して、姫小百合は家に入りました。
姫小百合が、お庭を散策していると、フランボワーズのばあやが、レース編みをしているところを、見つけました。
黙って椅子に座りながら、ひょいひょいと糸を編み込んでいくばあやの手元を、姫小百合も黙って見続けます。
その様子は、工場で不思議な形の部品達が、よく見かけるものに組み立てられていく様子を見ている時のように、なんだかずっと見ていたくなるものでした。
「凄い、まるで一日で巣を張ってしまう、蜘蛛の職人さんみたいだわ」
姫小百合の褒め言葉を聞いて、フランボワーズのばあやは、ただにこやかな顔になりながら、黙ってレースをどんどん編んで行きました。
それは、姫小百合の部屋の新しいテーブルクロスになる予定のものでした。
姫小百合は、そんな事も知らずに、興味津々な瞳で、ばあやの手元を見つめていました。
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