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SFショートショート『人間なのか?』

金属アレルギーがある人以外は、脳内にAIチップを埋め込み、右目は義眼で、AIチップにつながっている。また、チップを埋め込んでいる人たちとは、スマホを使わなくても通信や話ができるらしい。だが、俺は金属アレルギーがあると偽の診断書を作成して、AIチップを埋め込んでいなかった。

多くの者たちが、AIチップを入れ終えた2029年の夏に、太陽フレアが地球の3分の1を焼き尽くした。大地は月を溶かしたような廃墟に変貌していた。
海と川は沸騰し、海洋生物たちの多くが死滅したらしい。

減少を続ける食料と水を得るために、世界各地で暴動と戦争が起きて、世界は電気さえ使えず、警察や軍隊、政府はもう機能しない無法世界になっていった。

そして2031年。俺は今日も街をうろついていた。
自販機を壊し、水分と食料を手に入れるためだ。
まだ、33歳。なにもしなくても腹が減るのだ。
食べ物は各地の食料品店を物色し、店がなければ食品工場に入り込んで食料を手に入れてきた。

うち捨てられてから、数十年もたった映画のセットのような情景をみても、俺にはなんの感情もわいてこず、ただ生きていくことだけにとらわれていた。

そして、数年前まで、夜でも騒がしかった新宿には、行き倒れた者たちが横たわり、死臭なのか、鼻をつく匂いがたちこめていた。

俺が道路のまんなかを歩いていると、どこかでみたことがあるような男が歩いてきた。
近くに寄ると、その男はアキラという、以前の会社の同僚だった。
明るくて、行動的、世話好きな男だったが、俺をみても、表情をかえなかった。
俺は懐かしさで、表情がゆるみ、人間的な感情が少しずつ甦ってきた。

「アキラ‼ 生きていたんか? どうしてたんだよ」

「やあ、柴原か。記憶にあるよ。おまえはAIチップ、埋め込んでいないんだな」

アキラはまるでふた昔まえのロボットのように、抑制のない話し方をしていた。

「ああ、金属アレルギーなんで、入れられなかったんだ。それよりもアキラ、どこへ行こうとしていたんだ?」

「ぼくたちは、いくつもある地下のシェルターに住んでいて、今日はぼくが街のようすを見回ってくる番なんだ」

「なんだって。それはいい。俺もそのシェルターに住まわせてくれよ」

アキラは、しばらく目を閉じて、ときおり頷き、誰かと通信をしているようだった。

「柴原。それは出来ない。おまえが偽の診断書を作成して、AIチップを拒否したことがすでにわかっている」

「アキラ。冷たいじゃないか。俺ひとりくらいなんとかなるだろう。グループの者たちはともかく、おまえはどう思うんだ?」

「ぼくに考えはない。すべてはAIの判断にゆだねている。我々のグループが定めた法にも抵触していない。よって、おまえの頼みを拒否しても、ぼくには責任が生じない」

「それはないだろう。おまえの気持ちはどうなんだよ。おまえの考えを訊いてんだよ」

俺は顔色ひとつかえず、冷酷なアキラの態度に腹が立ってきた。

「我々のグループを管理しているのはAIだ。ぼくには気持ちも考えもない。すべての判断をAIにゆだねている」

「アキラ‼ おまえは本物のアキラなのか、それともAIなのか? 人間なのか?」

アキラは、俺の問いかけには答えず、一瞥することもなく歩き出し、遠くへ去って行った。


俺は、20代の頃に、テレビやネットで視聴していたことのある政治家のことを思い出した。壊れたロボットのように、無味乾燥で中身のない答弁をしている政治家、いや、政治屋だった。

思えば、あの頃も、SNS、動画による虚実不明の情報に踊らされ、洗脳されたような人たちが、その政治屋を熱狂的に支持していた。その政治屋が強引に進めていた政策が、AIチップの埋め込みだったのだ。あの政治屋は、AIチップを使って国民を支配しようとしている、ネットであの政治屋を熱狂的に支持しているのは、爬虫類型の異星人が洗脳させる超音波のようなものを動画から発信しているからだ。そしていずれはやつらが地球を支配しようとしているのだという、ありえない馬鹿げた噂を聞いていた。

ふと、道路脇で、元は高級そうだったろうが、今ではすっかり汚れてしまったスーツを着たまま、死んでいる者が目に入った。
よくみると、背中を刺されて亡くなったらしい。
手は爬虫類のそれだった。顔も爬虫類だが、あの政治屋の顔によく似ていた。

(fin)


星谷光洋MUSIC Ω『instrumental 月の白い花』


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星谷光洋
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