ショートショート『群青色の世界』
ぼくは、故郷の海の岸壁から飛び降りた。もちろん覚悟の死だった。死に際のさい、いままで生きてきた人生を走馬燈のように思い出すと、なにかの本で読んだことがあったがほんとうだったようだ。
子供の頃からいわれなきいじめをうけ、病弱で学校も休みがちで勉強も遅れ気味。大人になってもまるで女性には人気がなく、貧しくひとり孤独な人生だった。先日のことだった。四十歳の誕生日に、たまたま立ち寄った書店で殺人事件が起きた。偶然、現場にいたという目撃証言があったため、ぼくが犯人だと疑われ、警察で参考人として調べられてきた帰りだった。もうこんな人生は終わりにしようと決めたのだ。
水面に落ちた瞬間、激痛と息苦しさのショックのあと、まるで夢からさめるような感覚で目をあけた。色とりどりの花畑がぼんやりとみえてきた。これがあの世なのだろうか。
「ゲームオーバー!」
女性のかん高い声が聞こえた。
目をこらしてみると、まばゆい光に包まれている女性がみえてきた。二十歳くらいのどこかでみたことがあるような美人だった。女性の背後にみえるのは、無数の色の虹の輪が天空を乱舞している風景だった。
「ここはあの世なんでしょうか?」
「あなた、私のパートナーだったのだから、他人行儀にしなくていいのよ。まあ、いままであなたがいた世界ではないわね。ここはほんとうの、魂だけの世界。まだゲームが終わったばかりだから、落ち着いてきたらしだいに記憶が戻ってくるはずよ」
ほんとうの世界とはどういう意味だろう。ここはいわゆる霊界というところではないのだろうか。とにかく、ぼくは横たわり目をつぶると、心に幾何学模様が浮かび、ぼくの記憶を呼び起こしていった。そうなのだ。ぼくはこの世界の住人だった。肉体などはなく、いわゆる精神体だけの存在だったのだ。しかし、なにか釈然としない。
「どうやら思い出したみたいね」
かたわらにはさきほどの女性がいて微笑んでいた。髪の毛はみているあいだにも変化して、さまざまなヘアスタイルへと変化していた。顔もヘアスタイルにあわせていろいろな人の顔になっていくのだ。
「でも、顔が変化するのは思い出せないな」
「あなたがゲームをしているあいだに、顔を変化させることがブームになっているの。私たち、肉体があるわけじゃないし、世界の風景も自分たちの姿も自在に変化させられるのだから」
ぼくたちは、肉体をもって存在できる世界を創って、その体に入り込んで生活し、さまざまな体験をするというゲームをはじめたのだった。そのことを知っているとゲーム自体がつまらなくなるので、ゲームを開始する直前に、この世界での記憶を一時凍結してしまうのだ。
「で、人生ゲームは楽しめた?」
彼女が微笑みながら訊いてきた。
「う~ん、外からみているよりかなりしんどかったね。あちらの世界でも映画やドラマを楽しんでいたけど、実際に体験すると、ほんと逃げ出したくなるよ」
ぼくは改めてこの世界を眺めた。そして、ふと、ひとつの淡い疑問がわいてきた。
「あのさ。この世界も誰かが創ったんじゃないかな。もしくは誰かの夢のなかだとかさ」
「あら、気づいちゃった?」
彼女はいたずらっ子のような顔をして、すっと消え去り、世界が群青色の闇に変わった。ぼくは薄れゆく意識のなかで、息苦しさと、海水の塩辛さ冷たさを確かに感じていた。そして、この苦しみこそがまさに現実なのだと受け入れていた。
(fin)
星谷光洋の『開運ちゃんねる』より
星谷光洋MUSIC Ω『明日を信じて』