エンタメSF・SS『未来研究室』
最近は婚活というものが流行っているらしい。ぼくはといえば、さすがに四十歳を越えるとそんな気持ちも色あせていた。
かといって、ひとり暮らしをしているせいか、ときどきは人恋しくもなった。そんなある日、ぼくの好きな絵画の美術展が開かれるというので、駅前にある文化会館にやってきたのだ。なんとなく生理現象がもよおしてきたのでトイレにいこうとすると、『未来研究室』と看板がつけられているのをみつけた。好奇心旺盛なぼくは、そっとドアをあけた。
「ようこそ。どうぞなかにお入りください」
おそるおそるなかに入ると、スーツを着た、七三分けの髪型をした男性が立っていた。痩せ気味の、ぼくと同年代くらいの人にみえた。
部屋のなかには、みたこともないような機器と、数人の若い女性と男性たちがいた。いや、彼や彼女らはまったく動かない。目をあけてはいるが、まばたきひとつしないではないか。ぼくはなにか怖くなって外にでようとすると、
「ご安心ください。この人間の女性にみえるものは、リアルなアンドロイドなのです。どうぞ、さわってみてください。噛みついたりしませんから」
微笑む男をみて、アンドロイドだという彼女たちの髪の毛や手をさわってみた。
「人間とおなじ感触ですよ。ほんとにアンドロイドなのですか?」
「信じてもらえないと思って、話していませんでしたが、私は過去の世界を調査するために未来からやってきたのです」
男は微笑みながら、未来の世界をいくつかみせてくれた。空間にSF映画でみたような幾何学的な建物の映像が立体的に映しだされていた。
「これらをみても信じられないでしょうから、どうです。こちらの女性アンドロイドをレンタルしてお試ししてみませんか? 妻用として製造されていますから、食事や掃除。夜の営みまでひととおりプログラムされています。私も、あなたとアンドロイドの交流のデーターが欲しいのです」
ぼくは、恐怖心よりも好奇心が勝って、男のすすめにのることにした。
アンドロイドの名前は彩香にしてもらい、一週間一緒に過ごすことにした。この世界の知識もプログラムされているようで、ある程度の会話も可能だった。ただ、未来のことは秘密なのか、なにひとつ答えようとはしなかった。
「あなた、お風呂をわかせてあるからご飯のまえにはいっていて」
なんとなく照れくさいがうれしいものだ。
それから六日間、ほんとうの結婚生活はこうも理想的にはいかないのだろうと思いつつも、まるで夢のような日々を過ごした。
レンタル最終日の朝、いつもはぼくよりもはやく起きて朝食をつくってくれているのだが、彩香はまだ起きていない。
ぼくが朝のあいさつをすると、
「うるさいわね! まだはやいんだから、勝手に食べて仕事にいってよ!」
と、すごい剣幕で怒鳴られたのだ。機械の調子が悪いのかと思いつつも、仕事にでかけたが、その夜帰宅しても、彼女の態度は変わらなかった。怒鳴る、物は投げるわでもう一緒にいられないと思い、早々に彼女を返しにいった。
「いかがでしたか?」
微笑みながら話しかける男に、
「昨日までは快適でしたが、今日はまるで別人みたいにひどかったですよ」
ぼくは少し、イライラした口調で答えた。
「はい。それはサービスです。あまりに幸せに過ごしてしまうと、アンドロイドに恋い焦がれる人もでてきます。ですから最終日は悪妻になるプログラムになっているのですよ」
(fin)
星谷光洋MUSIC Ω『銀の指輪』VOCALOID