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ショート残酷ホラー『口がきけない』

その日、男の身の上に天中殺と五黄殺。厄年と世紀末が同時にやってきた。 

一ヵ月ぶりに床屋にはいった男は、店内にたちこめる酒の臭いに鼻をおさえた。

(やばいな、この店は……) 

なじみの理容店が急に休みになったため、はじめての店にはいったのが運のツキ。

「いら~しゃぁ~まへ~」 

妙にまのびした、不気味な五十代くらいの女の声に、すぐにまわれ右をして帰ろうとした男だが、女から背後から抱きつかれ、そのままいやいやながら椅子にすわった。

男は優柔不断で気も弱い。勧誘されると断れない性格だ。

「ずいませんね~、昨日ぉ、ちょっと飲みすぎたものでぇ~ね」 

女はどんなセットにするかも尋ねずに、勝手に男の髪をカットしはじめた。鋭いハサミはチクチクと男の肌までも切る。そのたびに「ヒィ-」という奇声を発する男を気にすることもなく、やがて虎刈りをして満足気な女。

「ずびばせんね~」と言われるたびに、

「いえいえ大丈夫です」を連発する男。 

女が今度は顔を剃ろうとすると男はさすがに不安になった。

「あの-、すみませんが、顔は剃らなくてけっこうですから……」

「あはぁ~、あんたもあたしのことを馬鹿にしてんだぁ~、あたしの亭主みたいにさぁ~」 
泣きだしそうな女に、男は押し黙った。

「バシュッ」カミソリが男の頬を切る。

「だ、大丈夫……です」

「シュッパ!」今度は男の眉毛を切り落とす。

「だ、だ、大丈夫ですか~?」

「ザクッ!」

今度は男の耳たぶを切り落とす。

「助けて~!」 

みるまに男の顔は血だらけだ。 

そのとき、女は自分の足にじゃれつく猫に目をとられた。

「スッ!」

「あれぇ、お客さん。急に静かになったねぇ」 

女が振り向くと、男の首から大量の血が噴水のようにわき出していた。

              (了)

星谷光洋MUSIC Ω『祭』

トップ画像のクリエイターさんは『ポピット』さんです。
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星谷光洋
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