ショートショート『ラストオーダー』
病院で、不治の病名を告げられた。
目のまえが真っ暗闇となり、しばらく意識がどこかへ飛んでしまったように感じられた。
「Sさん、大丈夫ですか?」
私を担当する四十歳くらいの医師が、心配そうに、私の顔をのぞきこむようにしていた。
ストレスやなんやらで、けっこう心身を痛めつけていたから、自業自得ということだなと、自分で自分を納得させるしかなかった。本当はすぐにも入院しなければならなかったのだが、どうせ、娑婆には二度ともどれないだろう。ならば、もういちど俗世間にひたってみたいと思い、口実をつけて病院をでて、ぶらりと電車に乗りこんだのだ。
きたこともない駅で降り、みしらぬ町を歩いた。いつしか、夕暮れとなり、おなかもへった。病院食の日々がつづくのだからと、ちょっとシャレたレストランに入った。胃腸もかなり悪いのだが、食べることには支障がない。レストランの店名は、『ラストオ―ダ―』とある。まさしく今の私にふさわしい。
入口をはいると、白衣の身なりをしたウェイトレスが、私を入院患者のような服装に着替えさせた。店内は真っ白に統一されていた。
「これが当店のきまりでございます。また、メニュ―はこちらで決めさせていただきます」
私は変な店もあるものだと、いぶかしく思いながらも席についた。
最初にウェイトレスが運んできたものは、透明な液体の入った飲み物だった。それはやや甘い味がした。
私は、少し落ち着いてきて、店のまわりをみわたした。どこかで会ったことのあるような人たちが何人かお客として来ているし、家族、親類たちによく似た人たちもいた。しかし、他人の空似だろう。私を知っているのならば、話しかけてくるにちがいない。
彼らの姿をみていると、ひとつひとつ思い出がつぎからつぎへと浮かんできて、ぽろりと涙がこぼれて落ちた。
今度は担当の医師によく似たシェフと、ウェイトレスがさまざまな料理を運んできて、ひとつひとつの料理についてコメントをはじめた。
「まずは、エスカルゴです。インスタントみたいに急がずに、のんびりと、グツグツと煮込んだような生き方をしてほしいという思いをこめて調理いたしました。また、野菜や果実、肉や魚も当店なりにバランスよく料理いたしました。どうも、お客様は、アンバランスに無理ばかりしておられたようですね」
私はただ黙っていた。シェフの目をみると、皮肉や冗談で言っているのではない、真摯な思いが感じられたからだ。しかしながら、人の心を見透かすようなシェフに驚いた。
「店を人生にたとえるならば、いままでの料理長のだしたものは、塩辛い料理ばかりだったのでしょう?」
こんなところで人生を語るなんてとは思ったが、誰かに自分の思いを話したい気分だった。
「そうですね、シェフ。レストランを人生にたとえるならばそうかもしれません。でも、ときには甘いケ-キを食べ、焼肉を食べて、豊かな気持ちで過ごした日々もありましたよ。まあ、ここ数年は苦いものばかり食卓にならんでいたかもしれませんが……」
「あなたの愛する人のことだけは、消化しきれていないようですね」
「そう、彼女ともう一度逢えるまでは絶対に死ねません」
そう答えるなり、突然目のまえが真っ白になり、場面が変化した。どうやら、私はベッドで寝ているらしい。家族の顔もみえる。
「先生のまえで意識がなくなって、緊急手術になったが、無事に成功したぞ」と、父が安堵したような顔で、私に話しかけていた。
(了)
詩「ラストオーダー」を物語にしたもの。同時につくったものです。
トップ画像はタイトル【ヴァイオリン】終わりにしよう
クリエイター『Tome館長』さんの作品です。ありがとうございます。
Tome館長さんの作品にふれられたことが、noteを始めたことでとてもうれしい出来事です。すでに紙の書籍、電子書籍を作成してきましたが、いつかTome館長さんと相談し、Tome館長さんの作品を表紙や本文のなかになるべく多く入れさせていただいて、世にだすことが来年に向けての目標です。
私のオリジナルソングで弾き語りの動画です。
「僕が君を見送るよ」聴いてください。
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